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『東京オリンピック(1964年)』 壮大なお祭りと貧しさと

公開日: : 映画:タ行

コロナ禍拡大の中、2020東京オリンピックが始まってしまった。自分としては、オリンピック自体や日本のメダル獲得がどうとかいうより、普通に感染拡大の動向の方が気になる。

4年に一度の世界的なスポーツの祭典。今回は東京での開催。平時であれば日本中が大盛り上がりになっていた。普段あまりスポーツを観ない自分であっても、オリンピックの会閉会式は毎回楽しみ。どうのこうの言いながら感動してしまっている。

今回の東京オリンピックは、招致の段階から醜聞続き。開催ギリギリまでスタッフの降板劇が繰り広げられている。すっかりシラけてしまったので、今回の開会式は観なくてもいいかな〜と思っていた。でも若干このドタバタでどんな開会式になたのかも気になる。見たいようでやっぱり観たくない……。そんな悶絶を繰り返しているうちに、家人がオリンピック開会式をテレビで観ていた。つられて自分も鑑賞。さまざまな思いの中、開会式は進行していった。

正直言って今回の開会式は物足りなかった。まあ予想通りでもある。仕方がない。前回のリオ・オリンピック閉会式の中で、次回予告の東京パートのパフォーマンスがカッコよかったので尚のこと残念。

この不完全燃焼な想いを昇華せんがため、過去のオリンピック開閉会式をYouTubeで探しまくった。92年のバルセロナ・オリンピックの坂本龍一さんが音楽監督をした回まで見直してしまった。それでもノット・イナフ。

市川崑監督の1964年東京オリンピックの記録映画『東京オリンピック』も観てしまった。NHK大河ドラマ『いだてん』の中でも、この記録映画からの抜粋映像が使用されていた。ドラマの中では市川崑監督役を三谷幸喜さんが演じていた。当時の記録映画担当監督も、降板代役の繰り返し。候補監督には黒澤明監督の名前もあがっていたのが面白い。

この記録映画『東京オリンピック』は、ものすごい映像美で撮影されている。撮影に宮川一夫さんの名前も連ねているので合点がいく。スポーツの記録映画とは思えない芸術的な手法の作品なので、果たして当時の観客は理解できたのかどうか訝しい。Wikipediaを見れば、当時の政治家がイチャモンをつけていたらしい。やはり頭の硬い老人は、いつの世も新しいものの妨げとなる。

この映画がもし凡庸なスポーツ記録映画にとどまっていたら、50年以上たった現代ではとても鑑賞に耐え得なかったことだろう。3時間という上映時間はクレージーだけど、芸術映画として観れば、スポーツ観戦とは違った趣が生まれてくる。

平均台の選手の二の腕。競歩の選手の尻ばかり強調された構図。どれもこれも楽しい。ちょっと意地悪な視点もいい。

市川崑監督の演出は、とにかく人に注目している。観客の表情や選手の筋肉の動き、シルエット。現代のテレビ的な御涙頂戴の苦労話演出などカケラもない。ドライでクール。そこがカッコいいのだが、きっと件の政治家は、それがお好みでなかったのだろう。

この映画の中でも唯一ドラマ的な部分がある。アフリカの小国・チャドからやってきた選手にスポットを当てている。チャドは、この東京オリンピックが初めての参加。その選手はひとりで極東の国へやってきて、閉会式を待たずに帰国していく。貧しい小国が、やっとのことで世界的なスポーツの大会に参加する。ついこの間までの日本が同じなのは、ドラマ『いだてん』でも描かれていた。

2020年の東京オリンピックでも、亡命したいと言う選手が何人か現れた。このコロナ禍の危険な中、選手となって来日して来たのには、貧困や内紛から逃れるための命懸けの行動。経済的平和的安穏をこの極東の国に見ていたのかと思うとやるせない。彼らには日本がユートピアに見えていたのだろうか。

経済が大きく動く場所の影には、貧しさと闘う人の姿が紙一重に存在している。大きなイベントは、金持ち同士の間で行われる道楽みたいなもの。そこに弱者が加わると、単純に搾取されるだけ。コロナ感染拡大の真っ只中で、オリンピックに執着して強行していく姿は象徴的。

現在、この2020東京オリンピックの記録映画は、河瀬直美監督が担当しているらしい。どんな視点で河瀬監督が、この東京オリンピックという状況を捉えていくか、とても興味深い。

オリンピックを迎えたあと、その国の状況が大きく変化するのを、いままでの歴史が示している。果たして今回の東京オリンピックを経て、今後日本がどうなっていくのか。大河の一滴としては、時代の流れを静観するしか手立てはない。とりあえず選挙には行こう。まずはオリンピック観戦より、コロナ感染に注意を注ぐばかりだ。

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