『三体(Netflix)』 神様はいるの?
Netflix版の『三体』をやっと観た。このドラマが放送開始されたころ、かなり話題になっていたし、それ以降もSNSではときどきこの作品の話題で盛り上がっていた。それほど面白いのかと、かなりハードルを上げて挑まなければならなくなってしまった。原作の長編小説三部作をじっくりドラマ化するとのことで、かなりゆっくりで思わせぶりな演出。それはそれでのんびりこちらも付き合っていこうと覚悟を決めた。
ドラマは中国文化大革命時代から始まる。毛沢東に扇動された学生運動の場面。共産主義のもと、多くの知識人が弾圧を受けた。ドラマの冒頭は1960年代の学生運動の組織・紅衛兵の公開裁判の場面から始まる。紅衛兵は、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラスト・エンペラー』の中でも、最後の方でちょっとだけ登場した。日本人の自分には、中国の近代史はあまりピンとこない。このドラマ『三体』で、初めてこの文化大革命のありさまを劇作で観ることとなる。かなりショッキングな場面。
毛沢東の指示で盛り上がった中国の文化大革命。日本を始め、世界中の学生運動に影響を与えた。日本でも過激なテロ行為や、警察との対立に発展していった。自分の推しである坂本龍一さんのデビューアルバム『千のナイフ』のタイトル曲のイントロには、毛沢東の詩が朗読されている。自分も学校では毛沢東のことは「中国建国の父」と教わった。毛沢東は良い政治家だという印象があったが、この『三体』の冒頭場面を観ると、そんな印象は一気に覆される。もう毛沢東がわからなくなってしまった。
グッドタイミングでNHKの『映像の世紀バタフライエフェクト』という番組で、毛沢東を扱っていた。毛沢東の秘書だったという人の手記をメインに番組をまとめていた。なんでもその手記は、オックスフォード大学に寄贈されており、現在中国政府がそれを返還してくれと要望しているとのこと。生前にその秘書の人が毛沢東について語る。彼はいい政治を7割、悪政を3割行ったと語る。毛沢東の政治生命の前半7割は、文字通りの「中国建国の父」だった。ただ晩年の3割は、その名声にあやかった独裁政治を行った。
中国国内だけでなく、世界中の若者が毛沢東の思想に心酔して革命を起こしたのだから、相当のカリスマ性があったのだろう。大革命時代の1960年代は、さすがに自分もまだ生まれていない。近代とはいえ、これほど当時の空気感がわからないというのも不思議。そもそも日本での学生運動とはいったいなんだったのだろうか。あれだけ大規模な抗議活動があったにも関わらず、あの頃と現代とでは政治がまったく変わっていない。熱情に任せた革命はあったけれど、その後みんな選挙には行かなかったのではないだろうか。結局、学生運動のイメージは、思想よりも暴力的な印象しか近代史には残らなかった。
中国大革命時代をここまで赤裸々に描いたNetflixの『三体』。中国本国では大丈夫だったのかしら。調べてみると、やはりきな臭い波紋はあったようだ。それは当然だと思う。他国のことであれ、『三体』の冒頭の場面を観て、いろいろこちらも考えさせられてしまう。隣国の近代史なのに、あまりに知らなすぎる。そのことがショックだった。そういった意味で、中国人作家が、SFエンターテイメント作品で世界に自国の黒歴史を伝えていく勇気には感心してしまう。
『三体』の原作小説は、中国出身の劉慈欣(りゅうじきん)によって書かれている。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品『メッセージ』の原作『あなたの人生の物語』を書いたテッド・チャンは台湾系アメリカ人。アジア人のSF作家というと、そちらがすぐに浮かんでくる。テッド・チャンの小説のオリジナルは英語で書かれているが、『三体』は完全に中国語で書かれている。SF小説というと、白人文化で英語で書かれているものと固定概念があったので、中国人作家による中国語のSFというのはとても新鮮。
原作は中国が舞台で、登場人物もみな中国人。今回のNetflixのドラマは、冒頭こそ中国で始まるが、舞台はイギリスに変更されてある。これには賛否あるかもしれないが、自分はこの方が観やすかった。世界を股にかけた展開の方が、作品のスケールが広がるし、地球人対異星人という感じがしていい。登場人物はみな天才的な学者ばかり。イギリスが舞台でも、中国人やアメリカ人も登場する。アメリカの国連までロケ地に使われているので、なんだか『三体』のストーリーは、実際にあった出来事をもとにつくられているかのような錯覚に陥る。映像も、毎回観たことのないような、センセーショナルなものをみせつけられて驚くばかり。それもこれもビッグバジェットで作品を製作できるNetflixの底力の強さを感じずにはいられない。エンターテイメントはこれくらいスケールが大きい方が夢がある。
作中の天才学者たちの会話で、違和感を感じる場面がある。彼らは神は存在すると、サラッと言っている。いないはずはないと、当たり前のように語っている。むしろ神の存在を否定することの方が不自然だと。
クリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』では5時限の世界が映像で描かれていた。奇跡やポルターガイストと言われていた現象も、科学的に解明してしまうかのようだった。こうなるといずれ科学は、神の存在もつきとめてしまうだろうと感じた。『三体』を観ていると、むしろ科学はすでに神の存在を解明できているのではないかと思わされる。とても不思議な感覚。
神様と言ってしまうと、迷える人々の悩みを聞いてくれて、願いごとを叶えてくれるような存在をイメージしてしまう。科学の示す神は、擬人化されたようなものではないようだ。人類の知恵を遥かに凌ぐなんらかの存在。そうなると神様の存在感が急にリアルになる。
とにかく、神様は個人的な願いは叶えてくれなさそうだ。そう割り切って捉えると、孤独になるよりも俄然生きやすさの方が感じられてくる。自分の人生でも、困ったときの神頼みで、願いが叶ったためしはない。その他力本願的な考えを捨てるだけでもラクになる。逆に、人事を尽くして天命を待てばいい。
科学が進歩して、宇宙人も神様もいないというのならロマンがない。自分が子どものころの数十年前では、科学で解明されないものは存在しないものだと言われていた。でも実際は、まだ科学で解明できていない事柄なら尚のこと否定してはならないとなる。わからないものは否定しない。それこそ知性。『三体』の学者たちは、神の存在を肯定した。これはとても意義深いこと。
Netflixのドラマ版は、これから数シーズンにわたって展開していきそう。この先どうなるかを知りたければ、原作を読めばいい。さて原作を読むか、映像化を待つか、かなり悩ましい。自分はそもそもSFが好きなので、『三体』が特別な作品とはまだ思えていない。これだけ話題になる理由もあまりピンときていない。だからと言って、つまらないということではない。映像化では中国版のドラマもあるし、今後チャン・イーモウ監督によって映画化されるとも、アニメ化されるとも言われている。完全なるメディアミックス。あちこちで映像化されるのも、原作の叩き売りみたいで節操がない。これも中国の商売のやり方なのかも。さて、とりあえずはNetflixの『三体』のセカンドシーズンを楽しみに待ちましょうか。
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