『藤子・F・不二雄ミュージアム』 仕事の奴隷になること
先日、『藤子・F・不二雄ミュージアム』へ子どもたちと一緒に行った。子どもの誕生日記念の我が家のイベント。ミュージアムに行った日の前日にあたる9月23日は、偶然にも藤子・F・不二雄さんの命日。なにか縁を感じてしまう。藤子・F・不二雄さんは62歳で亡くなられている。平均寿命が延びている日本では、まだまだの若さ。残念と思えてならない。
自分が『藤子・F・不二雄ミュージアム』へ行ったのはこれで二回目。以前行ったのはオープンしたてのころ。藤子・Fさんの代表作『ドラえもん』の誕生日の設定である9月3日がオープンの日。今年は5周年とのこと。時の経つのははやい。上の子はまだ幼稚園にも行ってなかったのに、今では小学生。下の子はお腹の中にいた。身重の妻と3人で行ったのが、今回は家族4人連れ。あの日も雨だったが、今回も雨。ミュージアムの周りの緑からは、マイナスイオンが溢れていた。
今回強く感じたのは、海外からのお客さんが多くなったこと。いま、あらゆる日本の産業が弱まっているなか、観光業だけは元気なのだとあらためて実感した。
ミュージアムの中には、藤子・F・不二雄さんの原画や、作品のオブジェがたくさんあり、リアルタイムで作品に触れた大人はもちろん、『ドラえもん』以外はよくわからない子どもたちにも楽しめる工夫がされている。ウチの子たちも、初めて出会う『オバケのQ太郎』や『チンプイ』に、ひと目で心を奪われていた。藤子・Fさんの作品の魅力は、ストーリーの奥深さたけではなく、可愛らしいキャラクターの存在も大きい。
ミュージアム内でかかっていたビデオで、藤子・Fさんが、ファンの子どもに質問されている場面があった。「先生はドラえもんに夢を叶えてもらうなら、どんな道具が欲しいですか?」「そうだな〜、マンガのアイディアがどんどん浮かぶ道具が欲しいかな?それと絵がスラスラ描ける道具かな?」って、仕事のことばかりかいっ⁉︎
藤子・Fさんは、本当に仕事にのめり込んで、太く短い人生を送ったのだろう。いちファンとしては、もっと長生きして、たくさんの作品をみせて欲しかったけど、これだけハードに作品づくりに携わっていたことを目の当たりにすると、命をへずって創作されているのがわかる。実際、藤子・Fさんは、机に向いペンを握ったまま亡くなっている。
自分も仕事で、様々な職人さんと知り合うことがある。彼らの仕事に対するプライドや、華麗な手さばきを見ているとゾクゾクさせられる。「日本の技術は最高だ。他の国では絶対にマネできない。同じ道具でも、日本人は世界でいちばん上手に使いこなせる。日本製品は必ず選ばれる」職人さんたちは語る。
実際に海外で作られた同じ製品をみると、明らかに雑なつくりなのがわかる。比べたら一目瞭然。長く使うものなら日本製の方がいいに決まってる。日本人は良い製品に慣れている。海外の作り手から言わせれば、「最低限問題がないんだからいいんじゃないの?」って当然のように言う。良品が当たり前の日本人からすると、なんだか腑に落ちない。
このメイド・イン・ジャパンの良品たちは、職人さんたちが365日24時間、仕事のことばかり考えて、人生のすべてを捧げてきたことの成果。海外の雑なつくりの製品と、できの良い日本製品。同じ値段なら、良品を選ぶけど、もしパフォーマンスに見合う値段をそのまま請求されたら、二流三流品でも構わないのでは?と、自分が選ぶ立場ならシビアに考えてしまう。
日本の職人さんやバイヤーたちが、精度にこだわり続けて、国内製品に対してどんどん厳しい目になっていく。内容よりもカタチ重視。相手の重箱つつく目ばかり肥えていく。実はこの視点は海外の人からみたら、どーでもいいところ。ここまでマニアックな視点は、エンドユーザーにはあまり伝わらない。お客さんがわからないところを突き詰めるサービスってなに? 日本人は国内で、自分たちの首を絞めあい、苦しくなっていく。これでは海外のニーズにはなかなか目がいかない。
職人さんが誇らしげに語る、日本製品の素晴らしさの影にある犠牲。高度成長期ならまだしも、それなりの代価がもらえない現代では、残念だけど時代錯誤。後継者もなかなかつかない。彼らが人生で犠牲にしたものの代償はいかに? 成功の美談は語られることはあっても、失ったものが語られることはほとんどない。
今の日本映画のヒットチャートではアニメ作品が連立している。ただこれも国内完結型のマーケット。作品のテーマも、人生の忘れ物や、己の非力に対する言い訳めいたものなので、日本人独特のもの。開いていくのではなく、閉じていく作風。これは海外進出には向いてない。海外でも客層はマニア向け。
「こんなことになるなら、もっとはやいうちに辞めてたな」なんて、アニメやマンガの世界のベテランがボヤいていたりする。
そもそも歴史の浅いアニメやマンガは、他の業界から流れてきた作家で誕生している。新しい表現をしたくて集まってきた連中だ。絵もかけて物語が書けるという、天才的な能力を要求された。日本マンガの黎明期、藤子・Fさんがいたトキワ荘のメンバーも、マンガだからとなめられないよう、切磋琢磨し合っていたのがわかる。
いつしかこのジャンルは、あるカタチに定着した。アニメやマンガを目指す者は、アニメやマンガしか興味がない者ばかりとなった。その業界でガラパゴスするのは当然の流れ。楽屋落ちのいちげんさんお断りのジャンルになった。
奇しくも海外では、藤子・Fさんたちの作家的スピリットを継承した作品が続々と生まれている。アメリカのディズニーから始まったアニメは、日本を経由して、やはりアメリカに帰って行ったようだ。
仕事の奴隷になった人生、仕事の奴隷にならないと生きていけない日本社会。棺桶に片足突っ込んだとき、果たして自分はどう思うのか? イメージしながら生きていくことも大事だと常々考えている。
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