『海よりもまだ深く』足元からすり抜けていく大事なもの
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最終更新日:2020/03/01
映画:ア行
ずっと気になっていた是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』。覚えずらいタイトルはテレサ・テンの歌の歌詞からの引用。是枝作品は歌謡曲からタイトルがつくことが多い。でも英題の『After the storm』の方がしっくりくる。タイトルが覚えずらいから「あの阿部ちゃん(阿部寛さん)の映画」と呼んでしまう。
この映画は国内よりも海外の方が評判が良かったらしい。小品な作品だし、地味な内容。派手なところがないのがこの映画の魅力だけど、宣伝は難しそう。
自分が海外の作品に触れるのは、異文化に興味があるからだ。それは海外の人だって同じだろう。海を隔てた日本という国の市井の人々の生活に触れるのは、そこで生活するのが一番だけど、映画で知るのも手っ取り早い。そして文化や国が違えども、人というものは大して変わらないと確認できる。もちろん、作品を間違えたら大変だが。
映画は実際の建物を使ったロケセット。生活感のある映像。部屋はその人を語る。実生活に近い映像は、日本人には親しみがありすぎて別にありがたくもないが、海外の人から見ればきっと新鮮に映るはず。
阿部ちゃんの日本人離れの長身も、作品のコメディ要素として生きてくる。主人公・良多のどこかアウェイな雰囲気を醸し出している。
良多は、かつて文学賞を獲ったことのある人。小説家という職業は厄介なもの。本を書いて食っていけるなら良いが、そうでない場合の方がほとんど。本が売れない世の中で、生活できるほどの稼ぎが得られる人がどれほどいるのだろう。自称小説家など、クリエイターには「自称」と、世間になかなか認められにくい職業が多い。
子どもの頃「大人になったら何になりたい?」という素朴な質問をよく聞かれる。パイロットやスポーツ選手、最近ではYouTuberなんてのもあがってくる。「公務員になりたい」と、現実的すぎる将来感は現代ならでは。
夢を抱いて、そこへ向かおうと努力すること大事なことだ。でもいつしかその夢にすがって、方向転換できなくなってしまうと、おかしなことになっていく。夢ばかり見て、今ある現実が見えなくなってしまうこともある。
良多は、大きな夢ばかり見て、現実の足元を見ようとしない。そのせいで足元がぐらついて、大事なものを失い始めている。そんな足元が見れないダメな良多の姿に、痛いほど共感してしまう自分がいる。
人生とは思う通りにいかない。バカみたいな大志を抱いて大空に手を広げていたら、その進む過程で小さな夢がいつのまにか叶っていたりすることもある。でも大きな理想にばかり夢中になって、足元が見えなくなると、その獲得した小さな夢にも感謝できなくなってしまう。
樹木希林さん演じる、良多のお母さんのセリフがいちいち響く。良多は亡き父親に似ているらしく、母もずいぶんその夫に困らされたらしい。ふと「なんで男の人は、今あるところから幸せを見つけようとしないのかねぇ」と息子につぶやく。痛い、痛いよ。
自分もこのブログを始めたきっかけは、あわよくば何かのチャンスが舞い込んでこないものかと思っていたわけで。だけど実際のところ、メールが届いても荒らしのようなものだったりして、精神的に疲れてしまう。それにもし見知らぬ人から、突然仕事の依頼が来ても怖すぎる。いつしかこのブログも完全な趣味となってしまった。文章を書くのはストレス解消にもなるし。
さて良多のお母さんの言葉の一つ一つは、もしかしたら是枝監督のご母堂のお言葉なのかもしれない。是枝監督が無名時代に、お母さんからこんなことを言われ続けていたのではないかと想像してしまう。
今でこそ是枝監督は、世界的に有名な監督になったけれど、世の中には「自称クリエイター」は数え切れないほどいる。そのクリエイターたちが、どれだけ自身の現実と向き合えるか? 夢を抱いて不幸になるのでは本末転倒だ。
メーテルリンクの『青い鳥」ではないけれど、本当の幸せは「ここではないどこか」ではなく、「今いる場所」の足元に静かに鎮座しているものなのだろう。その幸せを見つけられるかが、生きるセンスなのかもしれない。
映画は台風接近している数日間の出来事を描いている。自分は実際に台風の日に外出できなくてこの映画を観た。なんとなく現実と映画がごちゃ混ぜになってしまった。
『海よりもまだ深く』は、自分にとってちょっと厳しいお説教を受けたような映画だった。映画を通して現実逃避もいいけれど、たまには自分の人生と対峙するきっかけになる映画もいいものだ。映画鑑賞のスタイルはいろいろある。
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