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『インサイド・ヘッド2』 感情にとらわれて

公開日: : アニメ, 映画:ア行, 配信

ディズニー・ピクサーの『インサイド・ヘッド2』がアメリカの劇場でヒットしているとニュースは、公開時に日本にも届いていた。映画が劇場公開されても、すぐに配信されてしまう流れはディズニーが最初に始めた。自分はいつしかディズニー作品は、映画館で観なくてもすぐ配信されるので、追いかけなくてもいいかなと思うようになっていた。きっとほとんどの人が同じように思っていただろう。ましてや日本では洋画に客が来ない流れができている。『インサイド・ヘッド2』もアニメとはいえ洋画には変わりない。日本での話題性はまるきり期待せずにいた。それでも予想に反して、この映画は日本でも好評だった。

この冬、我が家もディズニープラスに再入会した。『インサイド・ヘッド2』は上映時間が100分に満たないので、サクッと観れそう。続編なので、作品の設定も理解している。気軽にこの映画を観ることができた。あんまり期待値のハードルを上げていなかったのが良かった。

前作から9年経っての続編。その間にいろいろなことがあった。世界的にはコロナ禍があり、ピクサーでは同社のリーダー的存在のジョン・ラセターが、セクハラ問題で追放されている。日本では『インサイド・ヘッド』の主人公・ヨロコビ役の竹内結子さんが亡くなられている。なんだかいいニュースがひとつもない。

続編製作まで9年かかっていても、作品の設定は前作からの2年後。『インサイド・ヘッド』のタイトル通り、この映画は頭の中にある感情のせめぎ合いの話。感情それぞれをキャラクターにして擬人化している。前回ではその感情たちが、心の中にある象徴的なスポットに入り込んで冒険するものだった。今回はこの感情たちのホストであるライリーが、中学高校と進学していく中で、思春期をむかえていくところが重要となってくる。子どもから大人へ向かう段階で、ライリーを取り巻く世界が複雑化していく。本人の変化だけではなく、当事者の周辺環境も目まぐるしく変わっていく。これらに対応していくために、感情もさらに複雑化していかなければならなくなる。自分もあのころを思い出すだすだけで嫌な気分になる。まさに灰色の10代。

そもそも「思春期」という言葉が自分は好きになれない。10代半ばから後半にかけての不安定な時期を示す言葉であるが、なんとも乱暴で品がない感じがする。この時期は、心と体がどんどん変化していって、単純にホルモンバランスがおかしい。自分自身でもどうなっているのか把握できていないのに、「思春期」と言う言葉でざっくりカテゴライズされてしまっては、対処のしようもなくなってしまう。

「思春期」と言っても、人それぞれ症状はいろいろある。ひとくくりにできるものではない。これは上から管理しやすくするための、決めつけのようにも思えてしまう。すべて思春期のせいにしてしまうマインドには、子どものころの気持ちを忘れてしまった、つまらない大人の心情が垣間見れる。これでは若い子が反抗期になるのも当たり前。人には十人十色の個性がある。思春期に縛ることなく、広い目で個性を見つめていくことの方が、誰もがなにかと生きやすい。それこそ多様性の心なのではないだろうか。

かつてはディズニー作品のローカライズされた外国語版の声優は、厳しいオーディションのもと選ばれているものだった。オリジナルの声優のイメージを崩さないように、細心の配慮のもとのキャスティングだった。20年くらい前から、ディズニー作品の声優キャスティングにタレントが起用されるようになっていった。正直演技ができない人も、話題性重視で配役されていった。エンドロールも日本国内版では、J-popに差し替えられている。自分は子どもが生まれる前までは、たとえアニメ作品でもオリジナル音声で映画を観ていた。シネコンが増えてきて、オリジナル音声の字幕版での上映が著しく減っていった。もう日本語吹替版一択しかない。

海外作品を選ぶ客層は、日本に居ながらにして他国の文化に触れたいから観るという人も少なくないだろう。むしろ日本の文化ではないものを求めている傾向の客層。だから日本のタレントには基本的には興味がない。でも仮に日本のタレントがキャスティングされていても、その作品に違和感なく溶け込んでいたならなんの問題もない。

今回の続編では新キャラクターがたくさん増えている。そのキャラクターたちの声のほとんどは人気のあるベテラン声優さんたちばかり。有名な声優さんたちの声ではあるけれど、そのキャラクターに合う芝居をしているのでとても聞きやすい。吹替版でも安心して映画に集中できる。そういえば昨年亡くなられた田中敦子さんが、お母さんの役で出演している。

新キャラの主役格・シンパイを演じている多部未華子さんには驚いた。ほとんどがプロの声優の中で、実写作品の役者さんが配役されている。声だけの演技に特化した声優さんと、顔を出して全身で芝居をする俳優とでは演技のスタイルが基本的に違う。日本の吹替版でのタレント起用は、作中でバラバラな演技が集まってしまう雑なキャスティングが耳につく。多部未華子さんのシンパイは、まったく本人の顔が浮かんでこない。これは吹替の声優としては大成功なのだけれど、話題づくりで配役した製作側からしてみたら意図とは違ってくる。なんとも微妙。ホントに観客としては、単純に映画がおもしろければ、誰が演じてもどうでもいい。

近年のディズニー作品では、オリジナルの声優さんと吹替版のタレントさんが似ても似つかない声だったりもする。キャスティングの話題性ばかりのなんとも誠意のない乱暴な仕事。もうアニメのキャラクターがどんな性格なのかわからなくなってしまう。シンパイのオリジナルの声優さんの声が心配になって、音声チャンネルを変えてみる。今回はオリジナルの役者さんと多部未華子さんの声に違和感はなかった。良かった。

映画はヨロコビとシンパイの対立がメインとなっていく。ホストのライリーの中では、感情のせめぎ合いが起こっていることとなる。シンパイの心配が増大して、自分の思い通りにならないことを強引に押し通そうする。周りの人の考えもコントロールできないかと模索し始める。自分だけが良ければそれでいいと。

アニメの主人公が利己的な道を選んでいくのは、社会通念上では許されないこと。でも不思議。映画を観ていて、シンパイの心配に支配されたライリーが、道を踏み外していく人生を選んでも、それはそれでアリなのではないかと思えてくる。実際、前回からの主人公であるヨロコビはウザい存在でもある。ただ明るいというパーソナリティは、相手を許してくれない暴力的なポジティブさだったりもする。ヨロコビは、相反するカナシミがあってこそ存在のバランスが成立する。現実にヨロコビに配役されていた俳優さんが自死されたという印象も強い。無理に明るくすることの危機感。だからヨロコビが必ずしも正しい選択肢とは思えない。それにいまメディアでもてはやされている人物のほとんどが、利己的で倫理観の欠落している人ばかりのようにも感じている。

クライマックスでハッとする。この映画は子どもも観るディズニーのアニメ作品なのだ。ライリーの感情たちは、ときに対立しても向かう方向は同じ。大好きなライリーを守ること。ひとつの感情に執われると人は道を踏み外す。すべてを自分の思い通りにしようとする政治に走る。自分の野望のためなら、他人を蹴落とすことなど当たり前。自分の進路の邪魔をするものはすべて敵。それは認知の歪みでもある。ライリーはそんな不道徳な道を選んではならない。派閥に分かれた感情たちが、共闘していく姿には心を動かせられる。最近、倫理観が壊れたアニメばかり観ていたので、かえって新鮮に思えてきた。

人は迷っているからこそおもしろい。ライリーはベストを尽くした。もうそうなったら、他者が決める自分の評価などどうだっていい。まさに、人事を尽くして天命を待つ。腹を括る覚悟。どんな結果が待っていようとも、自分ができることはすべてやった。結果がどうであれ、下されたものを受け入れる。そのときが来たら、そのときはそのときの自分がちゃんと考えて行動するはず。未来の自分を信じよう。

自分で無理矢理に道を切り拓いていくことばかりが武勇伝としてもてはやされている現代。はたしてそこに真の幸せはあるのだろうか。前へ進むばかりが道ではない。ときには流れに任せていくのも大事なこと。生きることは、自分の意思を貫くときと傍観するときとの使い分け。その緩急を選ぶセンスで、人生はいかようにもなる。映画を観ていていろいろ考えてしまった。

 

 

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