*

『はじまりのうた』 音楽は人生の潤滑油

公開日: : 最終更新日:2021/11/21 映画:ハ行, 音楽

この『はじまりのうた』は、自分の周りでも評判が良く、とても気になっていた。当初は「どうせオシャレ女子向けの映画でしょ」と、なんとなく自分とは関係のない映画だと思っていた。メインビジュアルも、アイルランド映画の名作音楽映画『ONCE ダブリンの街角で』にそっくり。ハリウッド豪華キャストにしたパクリ映画かと。でも『はじまりのうた』の監督は『ONCE~』と同じジョン・カーニーと後で知り、そりゃあ似ているのは当然だ、むしろ世界配給になってもブレていないのだからエライ!

『ONCE ダブリンの街角で』は、以前親しい友人が勧めてくれた映画。まったく前知識がないまま観た。「映画に神様が宿る」というと眉唾っぽくなるが、良い制作現場には相乗効果が働いて、そのクリエーターが本来持ってる能力よりももっと優れたものが生まれたりする。まるで神様が力を貸してくれるみたいに。そういった魔法が作用してると感じる映画だった。この『はじまりのうた』もきっと同じ力が働いている。それは映画の神様か、音楽の神様かわからないけど、そんなものを呼び寄せてしまうジョン・カーニー監督の力は、才能といっていい。

映画では、かつては有名だったがすっかりしょぼくれた音楽プロデューサーが、傷ついた女性シンガーの歌を聴くところから始まる。誰にも相手にされない彼女の歌が、ダメダメプロデューサーの心に響く。それはお互い人生のどん底にいたからこその共鳴。この映画の原題は『Begin Again』、邦題の『はじまりのうた』と、どちらもなかなか良いタイトル。

登場人物たちの人生を狂わせたのは、富や名声。好きで音楽を始め、才能故に評価されたが、いつの間にかビジネス中心で創作せざるを得なくなる。パッとしない音楽青年が、一曲のヒットで突然豪邸暮らしのスターになる怖さ。

劇中では象徴的に『Lost Stars』という曲が使われている。良い曲だなと思っていたら、マルーン5のアダム・レヴィーンじゃない! しかも本人が出演してる!! マルーン5の曲めちゃめちゃ良いけど、ルックスがね〜っていつも思ってた。(ファンの方スイマセン)でもそれを逆手にとって演じている。本編中ではさまざまなアレンジでかかるこの曲、商業的に計算されたってバージョンがホントにヒドくて、逆に巧さを感じてしまった。

アダム・レヴィーンは本人が本物のスターだし、キーラ・ナイトレイや、『アベンジャーズ』でハルクを演ってるマーク・ラファロもみんなスター。そのスターたちが迷い、それぞれの道を選んでく。役と演者のもつ雰囲気が醸し出す効果。

演奏場面がどれも楽しくて幸せなので、永遠に聴いていたくなるほど。音楽によって複雑な時系列の構成の物語もすんなり観れるし、ねじれた人間関係もスルリとほどけていく。なんとも気持ちが良い。

彼らが欲しかったのは、富や名声ではなく、エキサイティングな気持ち。人間、日々の生活のため、仕事はしなければならない。エキサイティングとまでは言わなくとも、楽しい要素が仕事には必要。バレエ教室の演奏を生業にしてるピアノマンが、誘われて即決で仕事を辞めてしまう場面がある。チャンスを待ってくすぶってるクリエイターのいかに多いことか。「仕事に誇りを持て」なんて精神論はどーでもいい。スタジオを借りるお金がなければ、街なかでゲリラ録音すればいい。街の喧騒も楽曲の一部。できない理由を探すより、できることから始めよう!

偶然集まった人や環境の長所をつかんで、自分のものとして取り込んでいく。そうなると偶然はもう必然になる。きっとこの映画もそうして作られていったのだろう。

エンターテイメントはショウビジネス。経済が絡んでくるのは当然だし、儲からなければ生活も次回作もできない。作り手は芸術家であるが、商売人ではないことのジレンマ。

エンタメとの適切な付き合い方の好例を、この映画が示してくれている。

関連記事

no image

『ファイト・クラブ』とミニマリスト

最近はやりのミニマリスト。自分の持ちものはできる限り最小限にして、部屋も殺風景。でも数少ない持ちもの

記事を読む

no image

『坂本龍一×東京新聞』目先の利益を優先しない工夫

  「二つの意見があったら、 人は信じたい方を選ぶ」 これは本書の中で坂本龍

記事を読む

no image

『ハクソー・リッジ』英雄とPTSD

メル・ギブソン監督の第二次世界大戦の沖縄戦を舞台にした映画『ハクソー・リッジ』。国内外の政治の話題が

記事を読む

no image

『プリズナーズ』他人の不幸は蜜の味

なんだかスゴイ映画だったゾ! 昨年『ブレードランナー2049』を発表したカナダ出身のドゥニ・ヴ

記事を読む

『バケモノの子』 意味は自分でみつけろ!

細田守監督のアニメ映画『バケモノの子』。意外だったのは上映館と上映回数の多さ。スタジオジブリ

記事を読む

『鑑定士と顔のない依頼人』 人生の忘れものは少ない方がいい

映画音楽家で有名なエンニオ・モリコーネが、先日引退表明した。御歳89歳。セルジオ・レオーネや

記事を読む

『バーフバリ』 エンタメは国力の証

SNSで話題になっている『バーフバリ』。映画を観たら風邪が治ったとまで言われてる。この映画を

記事を読む

『夢の涯てまでも』 だらり近未来世界旅

ヴィム・ヴェンダース監督の90年代始めの作品『夢の涯てまでも』が、アマプラにあがっていた。し

記事を読む

『リリイ・シュシュのすべて』 きれいな地獄

川崎の中学生殺害事件で、 真っ先に連想したのがこの映画、 岩井俊二監督の2001年作品

記事を読む

no image

『あの頃ペニー・レインと』実は女性の方がおっかけにハマりやすい

  名匠キャメロン・クロウ監督の『あの頃ペニー・レインと』。この映画は監督自身が15

記事を読む

『侍タイムスリッパー』 日本映画の未来はいずこへ

昨年2024年の夏、自分のSNSは映画『侍タイムスリッパー』の

『ホットスポット』 特殊能力、だから何?

2025年1月、自分のSNSがテレビドラマ『ホットスポット』で

『チ。 ー地球の運動についてー』 夢に殉ずる夢をみる

マンガの『チ。』の存在を知ったのは、電車の吊り広告だった。『チ

『ブータン 山の教室』 世界一幸せな国から、ここではないどこかへ

世の中が殺伐としている。映画やアニメなどの創作作品も、エキセン

『関心領域』 怪物たちの宴、見ない聞かない絶対言わない

昨年のアカデミー賞の外国語映画部門で、国際長編映画優秀賞を獲っ

→もっと見る

PAGE TOP ↑