『ハクソー・リッジ』英雄とPTSD
公開日:
:
最終更新日:2019/06/11
映画:ハ行
メル・ギブソン監督の第二次世界大戦の沖縄戦を舞台にした映画『ハクソー・リッジ』。国内外の政治の話題が、どんどんキナ臭くなっていく中、暴力描写で有名なメル・ギブソン監督作というのもあって、ちょっとエンターテイメントとしては安易に楽しめないのではと感じていた。観たいような観たくないような映画。ひと足早く本作を鑑賞した友人から、「あとあじは悪くなかった」と聞き、「やっぱり観よう!」と心は決まった。
前評判では、スティーブン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』とよく比較されていた。『ハクソー・リッジ』は一人の青年が、英雄になるまでの半生を描いている。『プライベート・ライアン』は、戦場の疑似体験がテーマだと思うので、趣きはちょっと違う。『ハクソー・リッジ』の戦場の残虐描写は、主人公デズモンドの信仰心というか信念と対象させるため、ひとつの要素として機能している。
映画はとても丁寧にわかりやすく、デズモンドの人柄や人生観を描いている。メル・ギブソン監督といえば、プライベートでは暴力沙汰のニュースでお騒がせだが、この観客を意識した順序立てた落ち着きのある演出は、とても暴力的な人の描くものとは思えない。
ヒューゴ・ウィービング演じるデズモンドの父親が興味深い。前の戦争に出征した後遺症でPTSDに苦しんでいる。良い父親良い夫でありたいが、心に背負った病によって、家族に手を上げてしまう。己の矛盾に苦しむ。この父親は、こと暴力以外については、至極真っ当な人。正しい意見を持っているのもまた皮肉。ヒューゴ・ウィービングの父親こそが、メル・ギブソンそのものなのではないだろうか。
本作は沖縄戦が舞台にも関わらず、宣伝ではそのことにまったく触れていない。以前アンジェリーナ・ジョリー監督作の『アンブロークン』という、やはり第二次世界大戦中アメリカと日本が戦う姿を描いた映画では、事前に日本のネットで「反日映画だ!」と炎上してしまい、日本公開が危ぶまれたことがあった。その二の舞を心配してのことらしい。
『ハクソー・リッジ』での日本人は、モンスターにしかみえない。当時、日本の大本営からは、交戦状態になって生きて帰ってはいけない、一億総玉砕命令がくだっていた。アメリカ兵からしてみれば、命をいとわず突進してくる日本兵はモンスターにしかみえなかっただろう。歴史はどの側面から見るかによって印象は変わってくる。この日本人が観ても、同じ人間にみえてこない日本人描写は、これはこれでいいのかもしれない。しかし映画全体がリアリズムの追及なのに、マンガチックになって浮いてしまった蛇足の場面があったのも否めない。でもメルギブさん、どうしても異文化描写、やりたかったんだろうね。
デズモンドを演じるアンドリュー・ガーフィールドは、社会派の作品によく出てる。すっかりスパイダーマン俳優の肩書きは払拭した。そういえば最近作の『沈黙 サイレンス』も日本が舞台。しかも映画のテーマは同じく「信仰と暴力」だ。
日本は信仰が根付かない国。どうしても物質主義の利己的な目先の考えになってしまう。カネ中心だと、人は何をするかわからない。モンスターが心をなくした存在をいうなら、それもまたそうかもしれない。
先日、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの妻で、元キャスターの小林麻央さんが亡くなられ、日本中が悲しんだ。真央さんの病床でのブログはイギリスのBBCでも評価されていた。ブログは癌との闘病日記でもあるが、内容はポジティブな言葉で綴られ、自分の幼い子どもや夫へ対する思いやりの言葉に満ちているらしい。真央さんが夫海老蔵さんに最期に残した言葉も「愛している」だった。いままでの日本人が口にするのが苦手だった大事な言葉。
いま日本では、利己的な儲け主義の話ばかり。その流れに真っ向から逆行する「愛」という言葉。日本人の多くが真央さんの死から何かを学んだ。やっぱり人間らしい生き方は、誰かのために生きること。他のために生きてこそ、自分が生かされていく。「信仰心」とは「慈愛心」に近いものなのかもしれない。それなら信仰心のない日本人にも理解できる。自分のことばかりに執われていてはダメなんだと。
デズモンドは、人助けをすることに喜びを見いだし、戦争という命を奪う場所で、命を救う衛生兵を志願する。一目惚れしたガールフレンドには、すぐ夢中になる一途さ。一度こうだと決めたら、雑音がまったく入らないタイプの人。それゆえの危うさもある。
信念を貫くのも、執着に縛られるのも、頑なさは似ている。だが信念というのは、根底がブレていなければ、行動がまったく別のことをすることもある。銃に触れないと誓ったデズモンドが、それを覆す瞬間は小気味いい。
映画は美談でまとめあげられていく。実際のデズモンド・ドスのインタビューが流れる。アンドリュー・ガーフィールドを彷彿させる細身の老人。でもやはり心の病を背負っているのが感じ取れる。あれだけ恐ろしい体験をして、なにもないわけがない。
英雄とは孤独で悲しいもの。それでも英雄に憧れるメル・ギブソンの熱い情熱をひしひし感じる。
関連記事
-
-
『ビバリーヒルズ・コップ』映画が商品になるとき
今年は娘が小学校にあがり、初めての運動会を迎えた。自分は以前少しだけ小中高の学校
-
-
『パターソン』 言いたいことは伝わらない?
ジム・ジャームッシュ監督の最新作『パターソン』。ニュージャージー州のパターソンに住むパターソ
-
-
『鉄道員』健さんなら身勝手な男でも許せちゃう?
高倉健さんが亡くなりました。 また一人、昭和の代表の役者さんが逝ってしまいまし
-
-
『バンカー・パレス・ホテル』 ホントは似てる?日仏文化
ダメよ~、ダメダメ。 日本エレキテル連合という 女性二人の芸人さんがいます。 白塗
-
-
『花束みたいな恋をした』 恋愛映画と思っていたら社会派だった件
菅田将暉さんと有村架純さん主演の恋愛映画『花束みたいな恋をした』。普段なら自分は絶対観ないよ
-
-
『裸足の季節』あなたのためという罠
トルコの女流監督デニズ・ガムゼ・エルギュヴェンが撮ったガーリームービー。一見した
-
-
『ペンタゴン・ペーパーズ』ガス抜きと発達障害
スティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ』。ベトナム戦争は失策だったスクープ
-
-
『ブラック・クランズマン』明るい政治発言
アメリカではBlack Lives Matter運動が盛んになっている。警官による黒人男性に
-
-
『否定と肯定』感情を煽るものはヤバい
製作にイギリスのBBCもクレジットされている英米合作映画『否定と肯定』。原題は『Denial
-
-
『日の名残り』 自分で考えない生き方
『日の名残り』の著者カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。最近、この映画版の話をしてい
- PREV
- 『ロッキー』ここぞという瞬間はそう度々訪れない
- NEXT
- 『幸せへのキセキ』過去と対峙し未来へ生きる