『ピーターラビット』男の野心とその罠

かねてよりうちの子どもたちがずっと観たがっていた実写版映画『ピーターラビット』をやっと観た。原作の生まれたイギリスで話題になっているのは聞いていた。本国イギリスでは、ピーターラビットは国民的なキャラクターなのだと、そのフィーバーぶりであらためて実感した。
日本でのピータラビットのイメージといえば、ちょっとオシャレなキャラクターといったところ。イギリスでは実写映画化を「待ってました!」と言わんばかりの盛り上がりように、日本人の自分としてはちょっと引いてしまうくらい。でもドラえもんのCG版映画が公開されたときは、子どもよりも大人が大騒ぎしていたので、これに似たようなものなのだろう。
そんなピータラビットの実写映画版。ハズすわけにはいかないプレッシャーが製作陣にあたのだろう、ファミリー向けとは思えないくらいの情報量で見せつけてくる。ストーリーの大筋はシンプルだけど、小ネタが要所要所に効いている。笑いのセンスはコテコテで、気取ったイギリス人のイメージとはほど遠く泥臭い。息つく暇なく映画は進んでいく。
映画の『ピータラビット』、我が家では家族みんなでゲラゲラ笑いながら楽しんだ。でも待って、ピーターラビットってこんな作品だったっけ? ポターが描いた原作のイメージと、ちょっと違う。
映画は人生の厳しさを描いている。生き死にがかかったサバイバル攻防戦だ。かわいい絵柄に残酷な世界観を描きこむのは、かつてのCG動物映画『ベイブ』を彷彿とさせる。うさぎのピーターと敵役の人間トーマスは、どちらも人間(?)が未熟でできていないのが特徴。
ピーターは野心家で、自分は英雄になる身だと思い込んでいる。トーマスは大手おもちゃ屋の昇進を狙ういけ好かないヤツ。どちらも欠点ばかり。この両者が争うのは納得がいく。彼らの間には、原作者のポターをイメージしたビアという女性をめぐって、三角関係のカタチになっていく。
シンプルだけど、複雑な人間の心理を絡ませているところがいい。この絡み合った愛憎劇が、どのようにしてほどけていくのか、観客はワクワクしながら見ているのだが、なんだか大人の男性からすると、胸が苦しくなる。
多くの男性が虚栄や野心で身を滅ぼす。それらが破滅の切符なのだと、理屈ではわかっていても、やっぱりその誘惑に乗ってしまう。名声を得たい、巨万の富を手に入れたい。身の丈にあった人生を送ることが、一番幸せなはずなのに、ヘンに夢をみてしまう。もしかしたら俺もできるんじゃないかと。
ピーターもトーマスも、うぬぼれの自信家だ。それゆえに過ちをおかしてしまう。幸せになりたいがために抱いた野心は、かえって大切な人を傷つけてしまう。なんとも深いところに映画は進んでいく。単なるかわいいだけの映画じゃないぞ。
なんでもこの映画の続編が早々に準備しているらしい。いままでのピーターラビットのイメージこそは覆したけど、この映画とても面白い。難しい心理を描いているのに、小さな子どもにも理解できる楽しさがある。果たして続編は、またまたどんな世知辛い人間模様を描いてくれるのだろうか。
自分を含めた世の男性諸君は、人生教訓として身を引き締められるようなエンターテイメント作品だろう。このかわいらしい体裁を繕った動物CG映画。もしかしたら大人の男性こそが、観るべき映画なのかもしれない。
関連記事
-
-
『私をくいとめて』 繊細さんの人間関係
綿矢りささんの小説『私をくいとめて』は以前に読んでいた。この作品が大九明子監督によって映画化
-
-
『不適切にもほどがある!』 断罪しちゃダメですか?
クドカンこと宮藤官九郎さん脚本によるドラマ『不適切にもほどがある!』が、放送開始とともに大き
-
-
『猿の惑星: 創世記』淘汰されるべきは人間
『猿の惑星:創世記』。 もうじき日本でも本作の続編にあたる 『猿の惑星:新世
-
-
『デッドプール2』 おバカな振りした反骨精神
映画の続編は大抵つまらなくなってしまうもの。ヒット作でまた儲けたい企業の商魂が先に立つ。同じ
-
-
『ハクソー・リッジ』英雄とPTSD
メル・ギブソン監督の第二次世界大戦の沖縄戦を舞台にした映画『ハクソー・リッジ』。国内外の政治の話題が
-
-
『母と暮せば』Requiem to NAGASAKI
残り少ない2015年は、戦後70年の節目の年。山田洋次監督はどうしても本年中にこ
-
-
『坂本龍一×東京新聞』目先の利益を優先しない工夫
「二つの意見があったら、 人は信じたい方を選ぶ」 これは本書の中で坂本龍
-
-
『デザイナー渋井直人の休日』カワイイおじさんという生き方
テレビドラマ『デザイナー渋井直人の休日』が面白い。自分と同業のグラフィックデザイナーの50代
-
-
『虹色のトロツキー』男社会だと戦が始まる
アニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGINE』を観た後、作者安彦良和氏の作品
-
-
『死ぬってどういうことですか?』 寂聴さんとホリエモンの対談 水と油と思いきや
尊敬する瀬戸内寂聴さんと、 自分はちょっとニガテな ホリエモンこと堀江貴文さんの対談集
