『ホットスポット』 特殊能力、だから何?
2025年1月、自分のSNSがテレビドラマ『ホットスポット』で沸いていた。自分は最近ではほとんど日本のテレビドラマを観なくなっている。『ホットスポット』は、バカリズムさんが脚本を担当しているとのこと。お笑い芸人のバカリズムさんは自分も好き。とくに『トツギーノ』という紙芝居のネタがいい。女性の人生を描きながら、結局最後はトツギーノと、結婚式の場面で終わっていく。バカリズムさんの怒ったような言い方のおもしろさと、シュールなネタでなんとなく笑ってしまうが、やがてやるせなくなってくる。どんなに活躍しても、女性の人生の行き着く先は、すべてトツギーノで終わっていく。
以前からバカリズムさんの脚本しているドラマはおもしろいとは聞いていた。それがSNSだけならまだしも、実生活での知り合いたちもよく話題にしていたので、信ぴょう性が高い。いつかは観たいバカリズムと思っていた。
自分は話題になった作品も、出来る限り制作順に観ていくタイプ。最新作の『ホットスポット』が面白いなら、その前の作品から順を追って観ていくのが作法。そう決め込んでしまうと、腰がどんどん重くなっていく。どこから何を観たらいいのかすら、皆目検討もつかない。もう、思い立ったが吉日。不本意ではあるが、この最新作『ホットスポット』から観てみよう。なんでもSFだとか。自分はSFは大好き。はやく観てみたい。
幸いNetflixに『ホットスポット』はあがっていた。作品のヒットは、どこのサブスクで展開するかで結果が大きく変わる。自分の周りでも、Netflixは観ているという人はかなり多い。Netflixはオリジナル作品が多いのが最大の魅力。潤沢な製作費で作品がつくられているのもとても嬉しい。
お金をかければおもしろい作品ができるとは思わないが、貧しいだけではそもそも作品もつくれない。おもしろいアイデアとそれを実現させるための資金。スタッフキャストが貧乏で、日々の暮らしが心配になっていたら、良い作品などつくれるはずはない。日本の作品がずっとつまらなかったのは、貧しいからにほかならない。日本では、「好きなことをやって仕事にしているのだから、給料なんて安くても充実してるでしょ」というやりがい搾取、業界の搾取気質が今まであった。Netflixで制作される作品は、日本の作品も国内では考えられないくらいの製作費がかけられている。こんな日本作品が観たかったとしみじみ感じてしまう。いい時代になったものだ。『ホットスポット』は日テレ制作のドラマだが、Netflixでほぼ独占で配信している。きっと資金面でも、海外出資が動いているのだろう。
ぱっと見で、とにかく映像がキレイ。それもそのはず、この『ホットスポット』は、35ミリフィルムで制作されている。鮮やかな発色と、粒子がザラついた画面。なんとも豪華な映像。そもそもデジタル主流時代に、フィルムで連続ドラマをつくるなんて、手間暇かかりすぎ。フィルム撮影はお金がかかる。もしかしたら撮影はデジタルで、フィルムライクに仕上げているだけなのか。いやいや、これは昔懐かしのフィルム撮影だろう。
そもそも昔から日本のドラマは、35ミリフィルムで作品などつくるはずはなかった。35ミリフィルムはとにかくお金がかかる。昔のフィルムのドラマは、ほとんど16ミリフィルムで制作されている。16ミリフィルムなら安価に撮影できる。時代劇などは、フィルムのザラついた画面の方が、現実味が薄れて世界観に入り込みやすい。ただ、時代劇でフィルムが使われるいちばんの理由は、役者のカツラの分かれ目がわかりづらくさせるためだとか。やはりとても貧乏くさい。
1話1時間弱の10話構成のドラマで、35ミリフィルムで撮るなど、これまでの文化にケチくさい日本ではあり得なかったこと。海外のドラマは、テレビで放送する前提の作品でも、デジタル化以前は映画用の35ミリフィルムで制作されていた。あわよくば世界配給や劇場公開も視野に入れていたのだろう。良い作品をその時代の最良の状態で制作する。もうその時点でつくり手からの愛を感じる。ヒットしようがしまいが、最善の環境と努力は惜しまない。貧しいながらも工夫でなんとかしろというのは日本だけ。そうなると『ホットスポット』は、かなり革新的な作品でもある。
ドラマが始まると、富士山が綺麗に映し出される。もう海外の観客のハートをガッチリ掴みそうな映像。客層も世界標準を狙っているのだろうか。このドラマの舞台となる街では、どこへ行っても富士山が見えている。デカすぎる富士山はちょっと怖い。これは現代人にも残る、遺伝子レベルでの自然への畏怖なのだろうか。富士の麓でSFが展開していく。それも予想しなかった角度から。
配信されたばかりの『ホットスポット』第一話を観たあと、あまりのおもしろさに呆然としてしまった。ドラマが始まって5分もしないうちに、会話のおもしろさにのめり込んだ。これは家族にも勧めなくてはならない。早速、家族に『ホットスポット』を観だ方がいいと伝える。これは家長命令だと、旧時代的な老害ぶりを行使する。もちろん誰も相手にしてくれない。仕方がないからリビングで『ホットスポット』を観始める。そうしたら、やっと家族も興味を示し出す。「これ、どんな話?」と聞かれたので、迷わず「SF」と答えた。それだけで鼻で笑われた。でも、ドラマ『ホットスポット』のこの紹介に嘘はない。
バカリズムさんの脚本は、男性が書いたとは思えないほど、リアルな女性が描かれている。とかく男性が書く女性は、男にとって都合のいい女ばかりが登場する。今までの日本作品が、あまりに男目線の女性像しかなかったのに辟易していた。バカリズムさんが女性を主人公にする理由はなんとなくわかる。男が集まれば、常に誰が上で誰が下かの話ばかりになってしまう。女性の人間関係は、上下関係では成り立たない。あくまで並列で、共同体を築くことが大前提。その共同体でマウントを取ろうとするならば、その人は一瞬にして孤立してしまう。女性がつくる社会が「共同体」なら、男が築くホモソーシャルは、利害関係が主となる「協同体」となる。作中に男に媚びない女性がたくさん出てくるだけで新鮮な感覚。それくらい日本のメディア作品は、男尊女卑の傾向に縛られている。
女の人が大好きな雑談は、癒し効果の高いコミュニケーション。男のメンタルが壊れやすいのは、雑談があまり得意ではないところにある。上下関係でできている社会では、なかなか本音で話ができない。愚痴でもぽろっと言おうものなら、足元をすくわれてしまう。利害関係がある社会では、仲良くしているようでいても、心を開くことはなかなか難しい。社会人になったら友だちができづらいのは、自分が冷めた大人になってしまったからだけではなさそうだ。本音で語り合いやすいようにできていない、表ヅラを大事とされる社会システムの問題。
『ホットスポット』は、ホテルの職場での女性同士の雑談から始まる。その雑談がくだらなくて楽しい。でもこれはただの雑談ではない。このドラマののちの展開を示唆する前振り。ダラダラ雑談やコントが繰り返されているようでいて、ちゃんとストーリーが展開していく。なんだか夢のようなエンターテイメント。日常の描写の中に、非日常がどんどん侵食していく。
しかもこのドラマの登場人物たちが、ほとんど中年なのがいい。ドラマといえば若者ばかりが活躍してしまいがち。まるで世界には若者しか存在しないかのよう。とくに中年女性が主人公の話は、なんと少ないことか。ドラマや映画を観るメイン層は、女性なのにも関わらずに。このドラマの登場人物の女性比率の高さも笑えてくる。越後屋とお代官様にあたる悪役すら女性。男だろうが女だろうが、いい人もいれば悪いヤツもいる。
数少ない男性登場人物である、角田晃広さん演じる高橋さんが最高におもしろい。高橋さんはある秘密を抱えて生きている。それが露呈することをとてつもなく恐れている。その困っている姿がめちゃくちゃおもしろい。このドラマは角田さんの演技あってこそ。『ホットスポット』は、高橋さんに会いたくて観るようなもの。その高橋さんが人格者ではないところがまたいい。どこにでもいそうな普通のおじさん。偏屈でケチ、セコい嘘もときどきつく。秘密があるから、ちょっと世の中に背を向けている。ニーチェ哲学で言うなら、ニヒリズムやルサンチマンが当てはまりそう。そんなちょっとめんどくさいおじさんが、特殊能力が使えるという秘密がバレてしまうところからドラマが始まる。
高橋さんは自分と同年代。なんだか実在しそうに思えてしまうので、「さん」付けで呼んでしまう。ガンプラづくりが趣味というのも親近感が湧く。しかもこのドラマでのガンプラ知識が、結構新しくて正確なのがまた笑えてしまう。ひと昔前だと、おじさんの趣味といえば盆栽いじりだった。現代では盆栽がガンプラへと変遷してきた。盆栽は渋い趣味だけど、ガンプラは所詮おもちゃ。現代のおじさんは昔より見た目が若くみえるぶん、精神的にも幼いのかもしれない。
市川実日子さん演じる遠藤さんの視点でドラマは進んでいく。市川さんのクールな外見とは裏腹に、遠藤さんは世話焼きな性格。この見た目と性格の乖離のおかげで、遠藤さんが余計なお節介焼きには見えなくて良かった。誰かが誰かの悪口を言いそうになったら、そっとフォローしてあげたりする気配りが優しい。そんな明るい人が中心にいるから、周りの登場人物たちも自然と明るい人ばかりが集まってくる。ある意味暗いのは高橋さんだけ。
『ホットスポット』も展開の過程で、『アベンジャーズ』みたいに特殊能力者がどんどん集まってくる。『スーパーマン』は、いじめられっ子が「もし自分に特殊能力があれば」の憧れの妄想のメタファー。でももし実際に特殊能力があったとしても、それがその人の人格とイコールというわけではない。たとえ特殊能力があったとしても、その人が嫌なヤツだったら嫌われ者になる。高橋さんは、最初はあまりいいヤツではなかったかもしれない。特殊能力がバレたときから人生が一変してしまった。周りの女性たちにいじられて、特殊能力の無駄遣いをさせられる。それこそパシリみたいな扱いを受けてしまう。なんだか気の毒になってしまう。でもいつしか高橋さんに居場所ができてくる。人間のコミュニケーションの不思議。
結局特殊能力なんて、車の運転ができるとか足が速いとか、絵が上手いとか、そんなちょっとした個性でしかない。高橋さんと遠藤さんたちが知り合うきっかけは、高橋さんの特殊能力だったけど、そこから始まる友好関係は、人と人との関わり合いになる。高橋さんは、特殊能力があることが世間に知れたら、普通に生活できなくなることを心配していた。でもその秘密をカミングアウトしたことで、逆に人間関係が深まっていくというパラドックス。いつしかドラマのテーマが多様性を認め合う社会の姿のシミュレーションとなっていく。現代的な社会問題に触れている、高い志のテーマに繋がっていくニクさ。
『ホットスポット』があまりに面白かったので、バカリズムさんの前作『ブラッシュアップライフ』もイッキ見してしまった。『ブラッシュアップライフ』は、伏線をガンガン張り巡らせた、ものすごく凝ったドラマ。観ているときはおもしろいけれど、ちょっとでも油断したら迷路におちいってしまいそうな複雑なプロット。『ホットスポット』は、もっと緩い。伏線回収もあるけれど、気が付かなければそのままでいいほどフワッとしている。だから気負わずにのんびり観ていられる。BGMがわりにヘビーローテーションしやすい気軽さがある。『ブラッシュアップライフ』はそれはそれで最高におもしろかったけど、世の中が伏線回収ブームに走りすぎているぶん、『ホットスポット』の緩さが新鮮。緩そうでいて、計算高い伏線も散りばめられている。なんだかしたたか。結末を知っているからこそ、観なおしたときこそ気がつく仕掛けがいっぱい。はなからリピーターができる前提のつくり方。もう手の内で踊らされてしまっている。
高橋さんは、自分の生まれの秘密をずっとひた隠しにして生きてきた。そんな秘密を抱えていたからこそ、卑屈にもなっていただろう。カッコつけて孤独に生きていくしかなかった。秘密をカミングアウトしたことで、周りからイジられ始める。カッコつけていた自分が、不本意にもかわいらしいイジられキャラとなっていく。ここでただのイジられキャラになっていたら、ますます高橋さんは自分の世界に閉じこもってしまっただろう。遠藤さんたちのくだらない頼みごとに、文句を言いながらも協力してくれる高橋さん。いつしか遠藤さんたちの仲間になっていく。映像的にわかりやすく、仲間になった人は同系色の服装になっていく。
かわいく生きることは大事なこと。カッコいい生き方だと疲れてしまう。カッコいいは頂点の魅力なので、減点法で幻滅されてしまうこともある。「かわいい」は、失敗しても「かわいい」でさらに評価になっていく。欠点だってその人の魅力のひとつ。高橋さんの特殊能力は、人より特別なものではあるけれど、生きていく上での障害でもある。高橋さんが自分でカッコつけて生きるのをやめたとき、かわいいおじさんとなっていく。かわいい人をいじめたら、そのいじめっ子の方が悪人になってしまう。かわいい生き方は最強の特殊能力。女性的感性が、かわいいものに惹かれていくのは、生きる処世術なのかもしれない。ひとりでは弱い存在も、大勢になれば強くもなる。
高橋さんは、自分が築き上げていたイメージとは違う人生を送り始めた。何かを得るときは、たいてい不本意なところからそれがやってくるもの。結果的に違う道へ進んでしまっていても、それはそれで幸せを掴んでいたりもする。ドラマの顛末として、登場人物たちはそれぞれが人生の転機を迎えていく。そこで登場人物たちは、他者を羨んだりすることはない。人は人、自分は自分と割り切っているかのよう。幸せなんてそんなもの。その人が幸せかどうかなんて、本人がその幸せに気づけるかどうかの単純なセンスだけだったりもする。
『ホットスポット』は、いろいろ深い教訓も含まれている。ふざけているようで、まじめな作者の人柄が反映されているのかもしれない。ドラマ鑑賞後はすっかり清々しい気分になっていた。
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