『希望のかなた』すべては個々のモラルに
「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ借り」というものもある。どんな映画かまったく知らないが、ジャケット写真に惹かれて映画を観てしまう。この選び方で、あまり失敗することはない。レンタル店で気になるジャケットのDVDを、事前情報なしに直感だけで選ぶ。今後、映画も配信メインになってくると、小さなアイコン画像からは、そんな出会いは少なくなりそうだ。さらなる新しい映画との出会い方になっていくだろう。
単館系映画なんかは、予告編を観るよりビジュアルからの直感の方が信用できる。他国ではどうかわからないが、日本での単関係映画の予告編は、その映画そのものの雰囲気を伝えるよりは、今日本で流行っている雛形にその映画を当て込んで、本編で使用してない感情的な音楽をのせたりして、過剰に大仰な内容のような宣伝をしたりすることもある。
配給会社が作品を観てないままか、ちゃんと内容を読み込まずに、ただ機械的に宣伝するような雑なアピール。予告編は信用ならない。チラシの写真の方が作品選びの参考になるが、日本ローカライズのデザインに変更されてしまうと、もうオリジナルの雰囲気は掴めない。何度それで自分好みの映画を見逃してきたことか。
このフィンランド映画『希望のかなた』は、完全にジャケ借り。メインの登場人物らしき人たちが、なぜかみんな暗い表情を浮かべてる。DVDの裏表紙を見て、さらに吹き出しそうになった。北欧の人たちがみんな着物を着たり、板前のコスプレしてる。そしてさらに暗い表情。マスコットらしき犬の表情すら、暗く悲しそう。これは観ないわけにはいかない。
監督はアキ・カウリスマキ。『コントラクト・キラー』や『マッチ工事の少女』とか、日比谷シャンテシネに観に行ったような。『レニングラード・カーボーイズ・ゴー・アメリカ』はかなり好きだった。いずれも90年代初頭。30年近く前。彼の作品はずいぶんご無沙汰だった。
カウリスマキ監督の作風は、暗い現実を扱っているのに、なんとなくおかしみや温かみがある。相変わらずだ。『希望のかなた』の主人公は、戦地シリアからフィンランドに亡命してきた青年。本編でもフィンランド語だけでなく、アラビア語や英語が入り混じって交わされている。
いま日本のニュースでも話題になっている移民受け入れ問題。この映画で描かれている社会は、これから日本も迎えようとしている具体例。
主人公たちはとんでもなく悲惨な状況下にある。家を壊され、家族を殺され、兄妹とも生き別れ、命からがら他国に流れ着く。カウリスマキの知的なところは、この惨憺たる現実をコメディとして描いているところ。どんな辛い状況にあっても、ユーモアを忘れずに生きることは人間として大切だ。
移民に対して、フィンランドの政府や行政の対応は冷たい。街では極右保守派の輩が、他民族を殲滅せんと暴力的だ。命まで狙ってくる。今後、日本も同じような治安になっていくかもしれないと容易に想像できる。北欧は社会保障も整った夢の国、という幻想がことごとく崩される。
映画の登場人物たちは、みな生きていくだけでやっと。シリアからの難民もフィンランド人も。その中でお互いを助け合ってやっていこうと、努力して寄り添っていく。それが淡々としてる。恩着せがましくないのが魅力。けして甘っちょろい美談にはならない。
これから社会がどんどん悪くなっていき、労働条件や社会保障も日に日に改悪されていく可能性は高い。税金もさらに上がりそうだ。年金だってもらえるか危うい。もうお上は頼りにならない。社会は荒んでいくだろう。そこで問われるのは個々のモラル。
小さな個の中にある良識が、いくつも集まることにより、大きな社会が緩やかに動き出すかもしれない。いや、社会が悪い方向へ進みたいなら、勝手に進んでいけばいい。でも小さな個人はそれに絶対に乗らない。悪い流れを作りたい人、それに流される人もいるだろう。でも関係ない。個々が皆、自分で考えて見出したモラルに従って生きればいい。
それは革命のような派手な高揚感もなければ、声高な主張もない。大切にしたいのは、人としてあたりまえの尊厳。小さくて足元にある静かなもの。扇動に踊らされず、自分自身に問いかけることの重要性。
『希望のかなた』はそんなことを語っている。はたしてカネがあれば幸せなのだろうか。ボロは着てても心は錦。たとえ貧しくとも誇り高く生きている人々。いや、彼らは自分が誇り高く生きていることすら意識していない。それくらい助け合って生きることがあたりまえ。
この『希望のかなた』はアキ・カウリスマキ監督の「港町三部作」(「移民三部作」とも言うらしい)の二作目らしい。前作は『ル・アーヴルの靴みがき』。カウリスマキの世界観は自分は好み。これを機に彼の作品を遡って観ていきたくなった。なにせ30年のブランクがあるので、未見の作品でいっぱいだ。楽しみができた。
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