『勝手にふるえてろ』平成最後の腐女子のすゝめ

自分はすっかり今の日本映画を観なくなってしまった。べつに洋画でなければ映画ではないとスカしているわけではない。なんとなく興味が湧かなくなってしまったのだ。そういえば映画の興行ランキングにも疎くなった。ランクしている作品には洋画は半数以下で、邦画といえば2Dアニメか漫画原作の学園恋愛モノばかり。偏ったジャンルばかりになっているということは、みんな映画館に足を運ばなくなっていることの表れだろう。
ふとしたときにこの『勝手にふるえてろ』の予告編が街で流れていた。また恋愛ものかと、無視しようとしていたら、聞こえてくるセリフのひとつひとつが面白い。まさかこの映画、面白いの?
のちに雑誌などで、2018年に面白かった邦画に必ず上がってくるこの映画。原作は綿矢りささん。芥川賞を若いときに受賞した、アイドルっぽいルックスの人だったのは印象的。オタク臭のする彼女。クラスにいたらきっと自分は友達になろうとするかもしれない。
映画はそのオタク臭のする女性の生態を、等身大で描いている。ダメ男を描いたコメディ作品は、古今東西数多と存在する。でもダメ女が主人公だと、どうしても笑えなくなってしまう。なんだか悲惨な感じがしてしまうからだろう。もちろんこの映画も笑えるけど笑えないところがある。
昨今の邦画の流行りである学園恋愛モノが、「現実逃避系のエンタメ」なら、この映画は「現実逃避してる人が、現実を受け入れるまで」の物語だろう。
この映画の上手くいっているところは、監督が女性だということ。もしこれが男性監督だったら、主演の松岡茉優さんを可愛く撮ることばかりに注意を払い過ぎてしまうだろう。カメラマンも女性らしく、狙いなのかヘタウマなのかわからない大雑把な感じ。女性的な雰囲気をかもし出している。撮影もスタジオにセットを組むのではなく、ロケセットなのがいい。オフィスやらアパートやら、そこで実際に誰かが使っている生活感は、作り物だと出てこない。
タイトルの『勝手にふるえてろ』は、西野カナさんの歌の歌詞で「会いたくて会いたくてふるえる」に呼応しているらしい。そういえば西野カナさんは洋楽ロックファンらしい。本来自分がやりたい音楽とは違ったカタチで成功するというのも皮肉なことだ。そういった意味では、村上春樹さんのファンと言っている綿矢りささんは、自分の趣味と作風が一致している。
西野カナと綿矢りさ。派手さと地味さ。クラスにいたら交わることのない趣味の両者だが、恋愛のときにうごめく感情には大差はない。恋愛は自分のプライドを崩さなければ先には進めない。ある意味、越えなくてはいけない壁。
とかくオタク系の人はプライドが高い。いかに等身大の自分を受け入れられるかが、この作品のテーマ。ときめくような恋愛よりも、リラックスして本心をさらけ出せる相手を選んだ方が幸せになれるのは当然。そしてその感情の振れ幅が小さくて済めば、幸福な人生を送れる可能性はアップする。
大久明子監督は、「この映画は万人に届かなくとも、主人公のヨシカみたいな人に響いてくれれば良い」と言っている。ポップカルチャーの嗜好が分散化した現代。全ての人に向けて作品をつくるより、客層を絞った方が意味深い作品になっていく。
作家稼業だけで食べていければ最高だが、現実にその職業だけで生活していくのは至難の技。もしかしたら綿矢りささんも、普段は普通のOLさんをしていて、その傍で執筆活動をしているのかもしれない。
この作品に流れる、現代の若い女性の生きづらさにリアリティがある。女性の社会進出が叫ばれるが、依然世の中は男性中心。女性はガードにガードを重ねて、自己防衛していなければ、危なくて生きていけない。自分のような男性陣はは、適当に愛想よくヘラヘラしていれば、なんとなく人に好かれてしまう。無防備でもやっていけるかどうかで人生観は大きく変わっていく。まあ女性中心の世の中もまた別の弊害があるのだけど。
夏目漱石や太宰治の残した作品たちは、その時代の空気感を現代に伝えるだけでなく、彼らの心の病にも克明に記されている。歴史に残る作家のすごいところは、自身の持っている生きづらい性格すら、赤裸々に作品に反映されているところだ。作家なんて、自分の欠点をいかに見つめてさらけ出せるかが仕事のようなもの。けっしてカッコいい職業とも言い切れない。モンゴメリの『赤毛のアン』だって、発達障害や脳科学の研究材料に役立っているはずだ。
綿矢りささんの作品が、100年後の将来まで残るとしたら、この平成時代の若者の生きづらい社会というものの検証材料となっていくことだろう。
こうして等身大の自身と向き合って生まれた作品が、多くの似た悩みを持つ人を救うきっかけになるのなら、文学作品の持つ意味は高い。たとえ国境や時代が変わったとしても、人の心はそれほど遠いものではない。決して会うことのできない人と対話できる文学いうもののロマンがそこにある。
果たして平成という時代は、未来の人たちにどんな印象となっていくのだろうか。
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