『鬼滅の刃 遊郭編』 テレビの未来
2021年の初め、テレビアニメの『鬼滅の刃』の新作の放送が発表された。我が家では家族みんなでハマっているこのシリーズ。年内放送とは言うものの、いつから放送開始なのかとモヤモヤするのはファン心理として当然。日程をはっきりさせないことから、制作現場では2021年内の公開も厳しいのだろうと想像がつく。こちらとしては良い作品が観れるなら、いくらでも待ちますよといったところ。あえて期限を決めない方がよかったのではと思ってしまうのはお節介か。果たして年内ギリギリの2021年12月に『鬼滅の刃』の新作『遊郭編』が放送された。
地上波放送権のキーチャンネルになったフジテレビは、『遊郭編』の制作の遅れを誤魔化すためか、はたまた新たなファンを開拓したいがためか、『鬼滅の刃』の今までの作品を再放送しまくった。バラエティ番組も『鬼滅の刃』の特集ばかり。シリーズ前作にあたる劇場版作品『無限列車編』は、映画本編地上波初放送のあと、さらにテレビシリーズ用に再構成してまたまた再放送。この『無限列車編』テレビ版は原作にはない、後付けのアニメオリジナルのエピソードで繋いでみたりもしていた。しつこすぎるゴリ押しで、好きだった『鬼滅の刃』に辟易し始めていた。
期限に追われる製作陣、待ち侘びたファン心理、ブームに乗ってもっと儲けたい放送局。さまざまな思いが巡る2021年だった。
結局12月の新作放送時には、『鬼滅の刃』というコンテンツにすっかり飽きてしまっていた。新作を観ているのにありがたみがないという不思議。子どもたちに人気のあるシリーズにはそぐわない日曜日の23:15からの放送というのもなかなか手強い。確かに作品自体は、残酷描写の多いホラー時代劇だし、今回は遊郭が舞台だし、手放しで子どもに観せるとクレームにつきそう。もともと前回のシーズンも深夜アニメ枠で放送していた。炎上防止の、テレビ放送側の自主的レーティング。
子どもたちからしてみれば、月曜日の朝に「昨日、鬼滅観た?」と話題にしたい。新シリーズ放送初期は、我が家でも月曜日の朝に早く起きて、昨晩公開の『鬼滅の刃』新エピソードを観ていた。CMが途中で挟むテレビ放送の録画より、配信版で鑑賞した方が作品に没入できる。自然とハードディスクにテレビ放送を録画することはなくなった。
子どもたちの間では、『鬼滅の刃』のブームはひと段落したらしく、それほど話題にはならなくなったらしい。でも「飽きた」と言いながらも、クラスのほとんどが『遊郭編』も観ていたとのこと。いつしか家族でお茶の間に揃ってテレビを観るということはなくなった。各自空いた時間に配信で新エピソードをチェックして、あとになって感想を言い合うようになった。もちろん子どもたちも大きくなってきたので、わざわざ親子でテレビを観る習慣も薄れた。
『遊郭編』の最終回放送日。さすがにリアルタイムで観たいと、子どもたちもすこし夜ふかしをするらしかった。自分はテレビの放送のCMの多さが苦手。なんで夜中におもちゃのCMを、本編ブツ切り中断されて延々みせつけられなければならないのか。当日はさっさと寝てしまうつもりだった。でもまあこれもお祭りと思い直して、『遊郭編』の最終回を楽しむことにした。
そんな視聴者の懸念を察知したのか、フジテレビでの『鬼滅の刃 遊郭編』の最終回は、本編ノーCMでの放送だった。これなら楽しめる。日曜日の深夜番組を、家族揃って鑑賞するというシュールさ。明日は月曜日なので、観賞後はすぐに床につく。機械的に作品を鑑賞した。
このコロナ禍で、すっかりテレビ環境が変わってしまった。テレビ受信機は、放送局が放つ番組を観ることよりも、配信で自分の都合に合わせて観たいものを観る媒体に変わった。
そうなると、テレビ放送で観るコンテンツはニュースだけになる。でも最近の地上波のニュースはワイドショー化が進んで、話題性の得られそうな内容に偏っている。日本もニュースだけを放送しているチャンネルが複数できたらいいのに。局によって報じ方が違かったりしたら面白い。視聴者も自分で考えるセンスを磨ける。
テレビのニュースもつまらなくなってしまったら、放送局の存在価値がいよいよ危ぶまれる。新聞や紙媒体がネットに変わったように、テレビ局も他の媒体に変わっていきそうだ。最近のテレビ機器は、地上波や衛星放送受信よりも、配信が受信できる機能の方が重視されている。録画機器もあまり望まれていない。これはこれでかなり面白い現象。
日本中の多くの人が、同時間に同じ作品を楽しんでいるというテレビ放送の「見えない連帯感」は、今後なくなっていくかもしれない。日テレの『金曜ロードショー』が、毎週話題になるのは、昭和時代のテレビの楽しみ方を追体験しているかのよう。今この瞬間、日本中が同時に笑ったり泣いたりしてるような気がするのは、テレビのリア体だからこその感覚。もちろん錯覚だろうけど。
音楽の世界ではイヤホン文化の浸透で、すでに嗜好の細分化が決定的になった。今後映像コンテンツもその道を辿りそう。これからさまざまな映像ソフトが必要になってくる。隠れた名作も増えそうだ。万人に受ける作品はもういらないかも。
仰々しくCMされた大手制作会社の作品より、ネットの口コミで評判の作品の方が、作品選びの参考になる。CMで名前を浸透させればヒットするという神話も崩れてきた。サブカルチャーの変遷期。消えていくものと勢いをつけていくものの差が激しい。新しい感覚の作品に出会えるのは大歓迎。
コロナ禍で生活様式とあらゆる文化があっという間に変わった。ことは動き出したら早い。頑固な懐古主義では振り落とされる。古い慣例を取っ払うことができたのは悪いことではない。社会の常識の目まぐるしい進化を、あまり意識していない自分に驚く。案外自分も順応性があったのか。しっくりする方向に向かっているように感じている。そこには安心感すらある。振り返ると、数年前と今との取り巻く環境や価値観の違いがものすごい。
きっとこの変化はまだまだ収まることはないだろう。これからも社会は変わっていきそうだ。多くの人が不合理と感じていたものごとを見直す機会ができた。時代の潮目を感じずにはいられない。『鬼滅の刃』でそんなことを感じるとは思いもしなかった。
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