『マンチェスター・バイ・ザ・シー』物語みたいに割り切れないこと
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最終更新日:2019/06/10
映画:マ行
映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の評判は、劇場公開時からよく耳にしていた。ただ、どの感想を聞いても、イマイチどんな映画なのか掴めずにいた。それもそのはず、この映画で扱っているのは、ちっともセンセーショナルなものではない。事件が起こったあとに、残された人びとの「心の穴」が、この映画では描かれている。ものすごく地味な題材だ。
なんだか『グッド・ウィル・ハンティング』を彷彿とさせる雰囲気だと思ったら、製作にマット・デイモンがからんでた。やっぱり作品って、作る人の匂いがする。
ケイシー・アフレック演じる主人公リーの兄が亡くなるところから物語は始まる。このリーという男、便利屋の仕事はつまらなそうにしてるし、パブでは見知らぬビジネスマンに喧嘩をふっかけたりしてる。なんだか荒んでる。映画が進んでいくうちに、どうしてリーが腐ってしまったのか、薄紙を剥ぐように分かっていく。
どうしても物語というものは、次から次へと主人公に事件が襲いかかり、それを乗り越えていく姿を描くものだ。観客は、たくましく成長していく主人公に感情移入しながら、カタルシスを感じる。でもこの映画はちょっと趣きが違う。
自分がライターの養成学校に通っていたとき、講師が言っていた。「よく若い子で、
映画やドラマみたいな恋がしたいと言う人がいます。でも映画やドラマは、話を面白くするために、ハプニングがたくさん起こります。いかに事件が起こせるか、いかに主人公が乗り越えられるか、その仕掛けを考えるのが作家の仕事です。でも実際の人生で、これほどトラブルが多かったら、その人の心は、疲弊して壊れてしまいます。その人ののちの人生は滅茶滅茶になってしまいます。物語の人生に憧れて欲しいと思いながら筆を進めますが、やはりこんな人生は幸せではない。幸せな人生というものは、意外と静かなものです。私たち書き手は、時として他人の人生に悪影響を与えてしまう。罪作りな仕事なのかもしれません」
人生のうち、心が壊れてしまうほど辛い経験をしてしまうこともある。戦争体験や事故、事件や災害に巻き込まれたりした傷は深い。近親者を亡くすこと、とりわけ自分の子どもを失うことは、生きる気力すら失ってしまう。
最近は企業でもメンタルチェックが義務付けされている。そんなものを受けたとしても、抜本的問題に企業が向き合わなければ、何も改善されない。気やすめなのは重々分かっているが、このチェックリストで、どんな事柄が鬱病へと向かわせる原因となるか、なんとなく把握できる。
「この一年内に、昇進やら家を買った、結婚した、子どもが生まれていないか?」 人生において必ずしもネガティブな出来事でなくとも、心に負担を与えていることもあるらしい。
映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』では、これといった事件は起こらない。大変なことがあったのは、映画で描かれている時間軸では過去のこと。事件のあとの空白の時間を、この映画は描いている。
日頃目にする作劇で、たとえ物語の冒頭で主人公が大切ななにかを失ったとしても、作品を通して活路を見いだすものだ。喪失と再生。この映画にはそれがない。
果たして立ち直ることができない主人公で、話が面白くなるのだろうか? 監督のケネス・ローガンの実験的な試みを感じる。前作『マーガレット』では賛否の意見が割れたらしいが、どうだろう?
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、物語が進んでいっても、いっこうに変化しない(変われない)主人公を、興味深く描いて成功している。動けない主人公でも、観客は感情移入できるものなのだと、目から鱗。そうなると観客としてはどうしても、主人公のリーには救われて欲しくなってしまう。悲しいかなリーは、生きている限りこの苦しみから逃れようがなさそうだ。
よく宗教では、「死後に天国で救われる」と謳い文句にしている。仮に死後の世界があって、肉体が滅んでも魂は永遠に生き続けるとしたら? 生前辛かった想いが浄化されて、真っさらな気持ちで天上界へ行けるのか? ネガティブな想いだけが洗い流されるか? でもその苦しみの中で得た智慧もある。悪いものが清められたら、良いものも流れていってしまうのではないか? 真っさらの清廉潔白に漂白されてしまった魂は、もうその人ではなくなってしまわないか? 死後に大洗脳? 理屈ではわからない。わからないから考えても仕方ない。
主人公が救われないままでもいい。映画の表現の雛型を尊重しながらも、題材は崩してもいい。表現方法にも人生にも、ニッチな道はまだまだ幾らでもあるものだ。
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