『ラースと、その彼女』 心の病に真摯に向き合ったコメディ
公開日:
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最終更新日:2022/05/07
映画:ラ行
いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの人気者になったライアン・ゴズリング。彼の魅力は、そこはかとなく漂う悲しげな雰囲気。自分は哀しい目をした俳優さんは好きだ。
『ラースと、その彼女』は、公開当時気になっていた映画だった。ラブドールとツーショットの男のビジュアルをみて、なんだかとてもかわいそうな感じがした。無条件で興味をそそった。この映画の主演がライアン・ゴズリングとは知らずにいた。
『ラースと、その彼女』の主人公・ラースは心優しい青年なのだが、人と接するが苦手。とくに女性と関わるのには、逃げるような態度。「彼女つくらないの?」とか、周囲もうるさいことを言い始めてる。そんなラースが突然みんなにビアンカという彼女を紹介する。でもその彼女はラブドールだった。
独立系の映画だし、ドタバタの下品なコメディを想像してしまいがちだが、さにあらず。『ラースと、その彼女』はコメディではあるけれど、心の病を扱ったとても穏やかな、シリアスなテーマの映画。
ラースがラブドール・ビアンカを彼女だと言い張るのにもちゃんと意味がある。映画はファンタジー的な描き方をしつつも、心理学的に説得力がある。ラブドールを彼女として連れ歩く哀しい男。インパクトある出だしから、どうしてそうなってしまったのか、薄紙を剥がすように丁寧に紐解かれていく。まるで推理小説のように。
ラースが奇行に走っても、町の人たちは戸惑いながらもみな優しい。ラースは、なじられたりいじめられても仕方がないくらい弱点をさらけ出している。とても危なっかしい。それにも関わらず、町全体が彼を守ろうと静かに一丸となっている。それはひとえにラースがいいヤツだから。
映画を観ていると、ラースが幸せと感じているならずっとこのままでもいいんじゃないかと思えてしまう。でもこの周囲の優しさが、ラース自身の本能に「このままではダメだ」と囁きかける。ラースの無意識下の意志が、他人との共生を選んでいく。それがラース自身が自覚していないという表現なのが、脚本の知性を感じる。
脚本はナンシー・オリバー。女性が書いた話だとすぐわかる。もしこれが男による作品だったら、もっとラースをからかった、イジメの縮図みたいになっていただろう。そちらへ向かってしまうのは容易い。
ラブドールであるビアンカをひとりの人間として接するラースのために、町の人たちもビアンカを人ととしてあつかうようになる。やがて町の人たちですら、人形であるビアンカの言葉を借りて、自分の気持ちを吐露しはじめたりする。「ビアンカも自由になる権利があるのよ。女にだって人権はあるのよ」なんておばちゃんが言いだすのも興味深い。
ラースが極端に女性を避ける気持ちは、自分もよく理解できる。誤解によるトラブルを恐れてなんとなく避けてしまう。きっと映画好きな人の多くは、人間嫌いなんじゃないかと思う。理想の人物像や人間関係をフィクションの中で探しているのではないだろうか。案外、自分自身のことはわかっているようでも、誰よりもいちばんわかっていないものだ。
そんなふうに、なんとなくラースのおかしな行動も、わからなくはないと感情移入させてくれる。キワモノにならない表現のさじ加減が絶妙だ。
無くて七癖。みんな誰しも人とは違うところがある。ある人にとって、とても価値があるものでも、第三者からしたらまったく価値がないどころか、ゴミみたいなものだったりする。自身の価値観なんて大したことない。
多種多様化していくこれからの世の中、さまざまな個性を認めていく度量が問われていく。なにか障害を持つ人が、普通の人にはできないような能力を発揮するなんてザラ。ひとつの価値観で全員を一括りにして、管理することでの社会の損失は大きい。
自分が理解できないものを攻撃したり、マイノリティをいじめたりする風潮は恥ずべきだ。むしろそんなことをしていたら、損をするのは自分自身。
日本では昔から、弱いものイジメみたいな陰湿なバラエティ番組が人気だった。最近のSNSの発展で、「それは倫理的道徳的にどうかしら?」という声があがるようになってきた。批判の過剰なエスカレートは同じ穴のムジナだが、このようにさまざまな意見がでてくることはとても良いことだ。
グローバルな視点で見ていけば、十人十色の個性は当たり前。みんな同じの島国根性では、世界から遅れをとっちゃう。視野を広げてガラパゴス心理はもう終わりにしよう。
ラースは誰の中にもいる。町の人たちがラースに優しくしたのは同情からではけしてない。子どもみたいに純真で、心優しいラースに共感できたからではないだろうか?
閉塞感漂う現代社会。心の病は多種多様に現れている。ある意味、物語にすべき題材に溢れている。その苦しみを如何に希望へ導いていくか? それが作家の手腕の見せどころ。
人の尊厳が描かれている本作。勇気をもらった観客も多いだろう。人の人生になにがしか良い影響を与える作品をつくる。それこそクリエイターの醍醐味だ。
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