『龍の歯医者』 坂の上のエヴァ
コロナ禍緊急事態宣言中、ゴールデンウィーク中の昼間、NHK総合でアニメ『龍の歯医者』が放送されていた。深夜アニメでなく、昼間の子どもが観る時間帯。龍と歯医者? 内容がまったく想像できないタイトルだ。
『龍の歯医者』は、『シン・エヴァンゲリオン』のスタジオカラーとNHKの合同で制作されたミニシリーズ。先日NHKでは、『プロフェッショナル』番組枠で、エヴァンゲリオン制作中のドキュメンタリーが放送されたばかり。今回の『シン・エヴァ』の前作にあたる『龍の歯医者』の放送に興味が湧いた。日中の放送時間もあって、うっかり子どもと一緒に観てしまったが、かなりエグい内容だった。観賞後、親子ともども呆然としてしまった。
劇場映画並みのお金のかかった映像づくり。作品はバルチック艦隊の海上戦から始まる。203高地みたいな場面もある。そうか、これは日露戦争が舞台の架空の歴史ものなんだ。
日露戦争といえば、以前NHKでは、司馬遼太郎さんの小説『坂の上の雲』をドラマ化していた。ビジュアルデザインは、そのドラマのものに近い。
歴史の隙間にフィクションを混ぜて、「もしもの歴史」の物語は結構好きだ。歴史ものでもファンタジーものでも、観客がその世界観に没入するためには、徹底的に関連する資料を調べていかなければならない。事実を元に作る歴史ものと、架空の世界を描くファンタジーもの、作品世界観の土台作りの過程はほとんど同じなのが楽しい。
自分は『龍の歯医者』は、てっきり日露戦争を舞台にしたSFファンタジーだと思い込んで観ていた。観賞後調べてみると、一応架空の国家間の戦争の話らしい。
司馬遼太郎さんは『坂の上の雲』を発表したのち、日露戦争を題材にした作品を描いたことを後悔していた。戦争礼賛に取れてしまうのではと。エンターテイメントにして、おもしろおかしく描くには、難しい題材なのかもしれない。
テレビ放送された『龍の歯医者』。大日本帝国ぽい主人公側の国は、守護神の龍を保有している。その龍のケアのための歯医者という、職人のような戦士のような存在がいる。彼ら彼女らがその資格を獲得するには、ある試練を越えなくてはならない。……と、あらすじを簡単に書いてみても、さっぱり内容が理解できない。この奇想天外な設定やストーリーが面白い。いったい何が起こっているのだろう。物語を信じて、流れに乗っていけばいい。
原作は舞城王太郎さんとクレジットされている。小説のアニメ化と思っていると、どうやら『日本アニメ(ーター)見本市』というイベント用の短編作が原作らしい。原作の方が本作より短いということか。
確かに舞台背景は日露戦争でも、そこを濁らせて架空の国の話にしてしまうのは、映像ならではの表現。小説になってしまうと、ある程度具体的に国名とか、細かい描写に迫られる。フワッと世界観をぼやかしたら、イメージする映像は受け手それぞれで異なってくる。人それぞれの認識違いも、語りあうポイントとしておもしろかったりする。誤解もまたいとおかし。
『龍の歯医者』は2017年発表の作品。自分はなぜそのときリアルタイムで観なかったのかというと、主人公の女の子のデザインが萌えアニメ風だったから。自分は萌えアニメが苦手。せいぜい『エヴァンゲリオン』までで終わってる。ちょっと『シン・エヴァ』が面白かったので、食わず嫌いだった本作にも触手が伸びた。
NHKの番組サイトのメイキングで、鶴巻和哉監督は、「最近のアニメーターは、かわいい女の子やかっこいい男の子ばかり上手く描けるのだが、おっさんが描ける人が少ない。この作品の登場人物はおっさんが多い。たくさんのバリエーションのおっさんデザインが求められる」と言っていて笑えた。
アニメに限らず日本のドラマや映画でも、役者さんはモデルみたいな美女やイケメンばかり。そうなるとそれがどんな物語なのか、どんな性格の登場人物なのかが理解できなくなる。あまりに非現実的なキャスティングは、作品理解の弊害になりかねない。
自分がSF作品が好きなのは、悲しいおっさんがたくさん登場するから。だから『エヴァンゲリオン』も、女の子が出てこなかったらもっと好きなのにと、本来のファンからすると邪道な考えの人らしい。『シン・エヴァ』は、かつての登場人物たちもみな、悲しい顔をしていたから魅力を感じた。悲しいおっさん、サイコー。
『龍の歯医者』の表層は、萌えキャラの美少女美男子によるボーイ・ミーツ・ガールもの。でも本質はその体裁を取りながらの、おっさんばかりのホモソーシャル軍記ものになっている。
アニメ業界は、作ってる人がほとんどおっさんばかりだろうだから、美少女ばかりに興味がいってしまう。でも実際、おっさんは面白い。もっと自分たちおっさんの面白さに、みんなが気付けばいいのに。おっさんを愛せよ。もっと現実と向き合え! Love myself!
このアニメのテーマは死生観について説いている。人は誰でもいつかは死ぬ。死ぬことに過度に怯えていると、かえって自分から死に急いだり、争いに繋がる。
主人公・野ノ子のセリフに、「生きるって、長生きすることが目的なの?」とある。現代社会はとかく、生きる意味よりも長寿の方に価値を抱きやすい。自分の死を意識し始めて、初めて一生懸命生きることができる。死と生は相反するものではなく、対として捉えた方がラク。死について考える。まさに厨二病哲学。答えが出ないことを考える楽しさ。
『龍の歯医者』の主題歌はオザケンこと小沢健二さんの『ぼくらが旅に出る理由』のカバー曲。この曲を選ぶセンスもおっさんくさい。作品のエンディングでこの曲がかかるとき、かつて知っていた歌詞の意味が違って聞こえてきた。なんとも切なく悲しい歌詞に聴こえる。これがエモいというヤツか?
戦時下の兵士の体験手記に、戦闘中にUFOや人魂を見たという記述をよく見かける。戦争のどさくさに紛れて、宇宙人が襲来してきたのか、はたまたあの世からオバケが呼びに来ているのか。
脳科学が流行してきて、一般的にも理解が深まった現代では、これは一種の幻覚だったのではとも想像できる。殺し殺されの戦闘中、極度の緊張状態が脳に負担をかける。それで現実には無いものが見えてしまったのではないか。自分もSFやファンタジーが好きなので、宇宙人やオバケは実在して欲しい。ただ、脳障害から見せられる幻覚は、現実と区別がつきづらいくらいリアルとのこと。そうなるとPTSDの一種である可能性を疑った方がいい。精神障害ではなく脳障害。
戦場という現実離れの極限状態。そんな精神が混乱した人たちが集う場の上空に、巨大な龍が浮いていても、ちっともおかしくはない。龍を見た兵士は沢山いただろう。そうなるとファンタジーと現実の垣根もなくなる。ファンタジーはもう、向こう側の出来事じゃない。その境界線の敷居が低いということは、現実世界ではかなりの生きづらさが生じる人も増えてくる。
龍を見てみたい願望と、安易に触れてはいけない畏敬の念が交錯する。やはりそれは見えない方が幸せなのかもしれないとは思いつつ。
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