『坂の上の雲』呪われたドラマ化
今なお根強い人気がある司馬遼太郎氏著の『坂の上の雲』。秋山好古と真之兄弟と正岡子規の三人を主人公にした日露戦争時代の史実を基にした物語。NHKで大河ドラマの枠で3年にわたって放送された。大河ドラマと言えば1月の新春から12月の年末まで丸々一年間、ひとつの作品を放送するものだったが、この三年間だけは例年より1ヶ月早い11月に終了して、後の1ヶ月は『坂の上の雲』を放送した。1シーズンを終える度、続きは一年後だけど覚えていられるかな~と思ったが、なんの問題もなく三年が過ぎていった。
このドラマ化は実は以前から何度もウワサされていて実現に至らなかった。司馬遼太郎氏には連載中からドラマ化の打診がされていたのだが、司馬氏が「戦争賛美と誤解されるから」と映像化を拒み続けていた。司馬氏が亡くなりNHKは再度映像化を求め、誠意を尽くすカタチにするという約束のもと野沢尚氏の脚本でドラマ化が進む。野沢尚氏といえば、自分が執筆のまねごとをしていた頃、素人脚本家のコンペティションのメイン審査員をされていた。ご自身もこのコンペティションでの受賞がきっかけでプロの道に入ったということもあってか、かなり新しい才能を伸ばそうと尽力してくれていました。その野沢尚氏の自殺によりこのドラマ化はしばらく頓挫することとなる。殆どが野沢尚氏が生前書き上げていたそうだが、それが共同執筆となりドラマ化、結果としては名作となった。音楽は久石譲氏、主題歌はサラ・ブライトマン、ナレーションは渡辺謙さん。出演は本木雅弘さんや阿部寛さん、香川照之さん、菅野美穂さんと華やかな青春群像劇としてとても面白い作品だった。
当時の歴史観を描くため、時としてこの主人公達が活躍しない場面も多々ある。203高地の場面などとくに印象に残る。ロシアとの戦いで、そもそも突破は不可能な無理難題の作戦。それを強行して日本が制覇するわけだが、そこには多くの兵の死があってのこと。ここではメインキャラクターが登場しないので、多くの死がなんとなく抽象的に描かれている。戦争の作戦では、いくら人が死のうとも作戦が遂行されればそれは美談となる。無茶な命令を出した指揮官は、のうのうと天寿を全うする。作中でサラリと描いているが故、戦争は美しいものではなく、醜くむごたらしいものということがぼかされてしまう。司馬遼太郎氏の懸念はここにあるのだろう。
人気作にも関わらず、なかなか映像化が実現しなかった『坂の上の雲』。安易に触れてはいけないテーマが作中に孕んでいて、あたかも呪いのようにドラマ化を阻止しようとする力が作用したのかも知れない。
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