『シング・ストリート』 海の向こう、おなじ年代おなじ時代
映画『シング・ストリート』は、事前にかなりの評判を耳にしていた。「はやくも今年ナンバーワンの映画」とか、とにかく音楽好きな人たちの評価が高い。自分も大好きな映画『はじまりのうた』や『ONCE ダブリンの街角で』のジョン・カーニーの新作となったら、まあ間違いないと想像できた。
ジョン・カーニーといえば前作はハリウッド作品で、主演女優を公の場でdisって、すぐさま謝罪取り消ししたなんて珍事がある。なんだかメンヘラ臭プンプン。それもあってかなくてか、新作『シング・ストリート』は再び彼の故郷アイルランドのダブリンに舞台を戻して、彼の10代の頃の半自伝的映画となっている。
主人公の家庭では両親がうまくいってない。経済的理由で転校させられた学校は落ちこぼれ校。主人公曰く、バカかイジメられっ子しかいない。校風も超保守的。もうここではない何処かへ逃げるしかなさそうだ。そんな10代をおくれば、そりゃあメンヘラにもなる。
キャメロン・クロウ監督作品の『あの頃ペニー・レインと』も、監督が10代の頃の自伝的映画だけど、ちょっと年代が自分より上だった。この『シング・ストリート』の監督ジョン・カーニーは自分と同世代。ジャストビンゴな音楽体験をしている。アイルランドと日本で共通する記憶があるのが楽しい。
気になる女の子に近づく理由で、「僕のバンドのMVにでない?」って声かけちゃう。まだ自分のバンドすらないのに! 人生なんて、ハッタリと背伸びで切り拓いていくもの。
当時MTVが登場して、多感な世代だった自分たちは夢中になっていた。日本でも洋楽ロックを聴くのが、なんとなくカッコイイ時代。ロックと映像が融合するMTVなんて、夢みたいな媒体だった。日本でも毎週金曜日の夜には、テレビ埼玉でMTVを夜中じゅうやっていた。それをリアルタイムで観て、しかも録画もして、なんどもみかえしていた。土曜日の夜は、小林克也さんの『ベストヒットUSA』が欠かせなかった。
デュラン・デュラン、a-ha、ホール&オーツ……。まさかのザ・キュアーまで、しかもかなり重要な使われ方されている‼︎ 本編で使用されている既存の曲も魅力的だが、劇中のオリジナルバンド『シング・ストリート』の曲も、当時の匂いがして嬉しくなってしまう。あのチープなシンセ音がたまらない!
ジョン・カーニーの演出は、「あの頃は良かった」みたいな懐古的なものではない。10代なんて、人生の中ではもっとも灰色の時期。大人と子どもの間で、己の非力にイラつくことしかない。
そんななか、なにか夢中になれるものがみつかればなにより。それはもしかしたらただの現実逃避なのかも知れない。でも継続は力なり。直接結果につながるラッキーな人もいるけど、自分を含めておおかたの人は、夢が叶うことはない。それでも今の自分を形成する「なにか」にはつながっている。あの頃の自分には戻りたくないが、あの頃の自分があればこそ今がある。
人生は続いている。80年代を知る人も知らない人も楽しめる映画に仕上がっているのは、時代モノでも、登場人物たちは現在進行形で生きているから。過去が舞台でも、彼らの未来はわからない。実在したニューロマンティックを、ファンタジックなフィルターにしているだけのこと。
海を越え、時代を超え、世代を超えて共感できるのはとても楽しい。
現代はサブカルチャーも細分化して、各々偏った嗜好に向かってしまいがち。音楽なんて、スピーカーを通して聴く習慣もだいぶ減った。ヘッドホンから外部化する機会も少なくなった。宣伝された音楽以外は、自分で探さない限り、人を通して新しいものに出会える機会も少なくなった。それでも通ずるものはあると信じたい。まずは知らないものを否定しない態度ではありたいものです。
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