*

『スノーデン』オタクが偉人になるまで

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 映画:サ行,

スノーデン事件のずっと前、当時勤めていた会社の上司やら同僚がみな、パソコンに付属されているカメラを付箋やら絆創膏でかくしていた。真っ先に浮かんだのは『2001年宇宙の旅』にでてくるコンピューターHAL。カメラの向こうで誰が監視してるか分からない。自分もとくに疑問も感じず、それ以降はパソコンのカメラは隠すようにしていた。

映画『スノーデン』は、社会派のオリバー・ストーン監督の最新作。本人からは「最後の作品になるかもしれない」と言われている。2013年に実際にあった元CIA局員のエドワード・スノーデンによる、CIAの情報収集の手口を告発した事件を描いている。

個人情報のダダ漏れやそれらを操作できる、完全な監視社会。いままではSFだけの世界が、まさに現実のものとなっている。このスノーデン事件は、当時はセンセーショナルだったが、今では常識となってしまっている。ウェルカム・トゥ・ザ・ディストピア!

スノーデンは日本にも赴任していて、もし日本がアメリカの同盟から外れたら、一発で日本をブラックアウトさせられるらしい。とても興味深い。

オリバー・ストーン監督が、この映画のプロモーションで来日したとき、日本人インタビュアーを決して怒らせたり不快にさせたいわけではないと、丁寧な説明の上で「日本はまだアメリカの属国のままなんですよ」と言っていた。そうなると国内のさまざまな不条理も合点があう。

当時のアメリカ大統領のオバマは、スノーデンのリークを、「テロリストの仕業」と言った。のちに、いきすぎた情報収集を規制するよう指示した。ひとりの勇気ある行動が国を動かした。ただその規制はアメリカ国内に住む人のみ。しかも移民にはこれは適用されない。ならば日本の個人情報も、完全に脅かされていることになる。

日本も舞台の一つとなったこの映画。よく日本公開できたなぁと一瞬思ったが、2017年の現在はもっとすごいことになっているのかもしれない。この映画『スノーデン』の公開はガス抜きみたいなものなのかも。

組織に属していると、個人では絶対にしないようなことをしなければならないこともある。それは時に倫理に反したことだったりもする。上からの命令だからと、非人道的なことも割り切ってやってしまう。命令を下す上層部は、現場の空気感はわからない。組織の利益のために他人を陥れたり、騙したりもする。その究極は戦争。殺人も正当化されていく。

社会で働いていると、まったくクリーンではいられない。カネや慣例、縦割り社会など、しがらみで、犯罪まではいかないが道を外れることもある。限りなく黒に近いグレー。

人の役に立ちたいと選んだ仕事で、かえって人を悲しませていることの矛盾。お堅い仕事に就いている人に、犯罪者が増えているのも、その矛盾に押しつぶされてしまったからなのかもしれない。 理不尽な世の中で生きていくには、開きなおるタフなメンタルを築いていくしか方法がないのだろうか? 社会の歪み。

会社はそれをやれと言う。仕事だから仕方がない? そこは自分自身の心と相談しなければならない。

映画『スノーデン』はあくまで映画。観客にわかりやすくしなければいけないし、監督はオリバー・ストーンだし、視点はザックリとシンプル。

エドワード・スノーデン本人は、知的で疲れた印象の青年。映画は彼の半生を遡る。最初から今のスノーデンのイメージで描かれているが、実際は違かったのではないだろうか。

ただのオタクでサイコパスだったスノーデンが、いろいろ己の矛盾に悩むうちに、いつの間にか知的にならざるを得なかったのではないだろうか。

映画のスノーデンは終始、道を踏み外したりはしない。命令がどうであれ、正しいことは正しい、間違ったことは間違いだと、しっかりとした意志を持っている。しかし人はそんなに強くない。ひとりの青年が「これは国のためなんだ」と言い聞かせながら手を汚していく。傷つき病になり、自分の心と対峙する。心が告げる答えは、祖国の命令とは真逆だったということ。

何かをするとき、ザワザワっとイヤな感じがすることがある。きっと自分の心が拒否反応を起こしているのだろう。本能的な野生の直感。たとえ大義名分があったとしても、そんなときは自分の心と向き合った方がいい。自分で考えて答えを出す。その答えは十人十色。

エドワード・スノーデンは、世の中を動かした偉人だが、母国アメリカでは反逆者。視点が違えば立場が違う。現在モスクワに住む彼を、安息の日々を送っているように映画は伝えている。観客を安心させるオリバー・ストーン監督の心遣い。でも実際はもっと複雑な感情で、スノーデンは日々過ごしているだろう。

仕事だから、カネのためだからと、自分の心の声にフタをしてしまうのは、恐ろしいことだ。

決して偉人にならずとも、自分に正直に生きていきたいものだ。実はそれがいちばん難しいというのは、いかに世の中が生きづらいかという証明だろう。

 

関連記事

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』 言わぬが花というもので

大好きな映画『この世界の片隅に』の長尺版『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』。オリジナル

記事を読む

『チェンソーマン』 サブカル永劫回帰で見えたもの

マンガ『チェンソーマン』は、映画好きにはグッとくる内容だとは以前から聞いていた。絵柄からして

記事を読む

『今日から俺は‼︎』子どもっぽい正統派

テレビドラマ『今日から俺は‼︎』が面白かった。 最近自分はすっかり日本のエンターテイメ

記事を読む

『斉木楠雄のΨ難』生きづらさと早口と

ネット広告でやたらと『斉木楠雄のΨ難』というアニメを推してくる。Netflix独占で新シーズ

記事を読む

『STAND BY ME ドラえもん』 大人は感動、子どもには不要な哀しみ?

映画『STAND BY ME ドラえもん』を 5歳になる娘と一緒に観に行きました。

記事を読む

『高慢と偏見(1995年)』 婚活100年前、イギリスにて

ジェーン・オースティンの恋愛小説の古典『高慢と偏見』をイギリスのBBCテレビが制作したドラマ

記事を読む

『下妻物語』 若者向け日本映画の分岐点

台風18号は茨城を始め多くの地に甚大なる被害を与えました。被害に遭われた方々には心よりお見舞

記事を読む

『スワロウテイル』 90年代サブカル・カタログ映画

岩井俊二監督の『スワロウテイル』。この劇中の架空のバンド『YEN TOWN BAND』が再結

記事を読む

『スタンド・バイ・ミー』 現実逃避できない恐怖映画

日本テレビの『金曜ロードショー』のリクエスト放映が楽しい。選ばれる作品は80〜90年代の大ヒ

記事を読む

no image

『サクリファイス』日本に傾倒した核戦争の世界

旧ソ連出身のアンドレイ・タルコフスキー監督が、亡命して各国を流転しながら映画をつくっていた遺作となる

記事を読む

『新幹線大爆破(Netflix)』 企業がつくる虚構と現実

公開前から話題になっていたNetflixの『新幹線大爆破』。自

『ラストエンペラー オリジナル全長版」 渡る世間はカネ次第

『ラストエンペラー』の長尺版が配信されていた。この映画は坂本龍

『アドレセンス』 凶悪犯罪・ザ・ライド

Netflixの連続シリーズ『アドレセンス』の公開開始時、にわ

『HAPPYEND』 モヤモヤしながら生きていく

空音央監督の長編フィクション第1作『HAPPYEND』。空音央

『メダリスト』 障害と才能と

映像配信のサブスクで何度も勧めてくる萌えアニメの作品がある。自

→もっと見る

PAGE TOP ↑