*

『シェイプ・オブ・ウォーター』懐古趣味は進むよどこまでも

公開日: : 最終更新日:2020/10/18 アニメ, 映画:サ行

今年2018年のアカデミー賞の主要部門を獲得したギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』。デルトロ監督の前作は厨二魂全開の『パシフィック・リム』。でも宣伝では『パンズ・ラビリンス』の監督最新作と謳ってる。アート色の強いダーク・ファンタジー。系譜としては後者なのだろう。

デル・トロ監督は、当初続投予定だった『パシフィック・リム』の続編も蹴って、このオリジナル作品『シェイプ・オブ・ウォーター』に専念した。結果的にファンタジー系の作品にも関わらず、世界的な大きな賞をいくつも獲った。英断だったのは間違いない。

アカデミー賞の主要部門を獲ったくらいだから、さぞかし独創的な映画かと期待してしまった。映画を観ると、あまりにオーソドックスな作品なので、ちょっと驚いた。

アカデミー受賞作で前にもこんな感じの作品あったぞ。『ラ・ラ・ランド』がそうだ! 全米始め世界でも大ヒット。映画の公開が世界一遅い日本で、どんな作品か首を長くして待っていたら、オマージュのてんこ盛りの映画だった。もちろん面白い映画だし、評価されておかしくない作品だ。古き良きミュージカル映画のあのシーン、あの場面を彷彿させる演出を、現代の最新ハイテク撮影で表現している。年老いたアカデミー審査員に郷愁の念を抱かせてしまう。ついつい涙とともに票を入れてしまう。その計算は、あざといと言えばあざとい。

この『シェイプ・オブ・ウォーター』も、クラシカルな特撮映画のエッセンスにあふれている。謎の怪人は、昔の半魚人のイメージ。奇怪な生き物と人間の女性の恋愛モノも『キングコング』や、『美女と野獣』のオマージュ。

インタビューでデル・トロ監督が声だかに、「この『シェイプ・オブ・ウォーター』は、『美女と野獣』のアンチテーゼ。『美女と野獣』のラストで、野獣は美男子な王子に変身するが、こちらは野獣は野獣のまま終わる。美女も出ない」と言っていた。でもこの映画でも、主人公はトランスフォームしてしまう。やはりこの手の題材は変身願望を叶えなければ決着しないのか。

幼稚園児の男の子が、戦隊モノや怪獣モノの特撮作品に出会い胸を高鳴らせる。だんだん大きくなってきて、まだ幼少期の初めての胸の高まりを忘れられない。でも子ども向けの特撮作品では物足りなくなる。もっとスケールのデカい特撮が観たい。その表れが、映画『パシフィック・リム』やマイケル・ベイ監督の『トランスフォーマー』だろう。

特撮モノが進化したハリウッド映画は、元ネタに準じて、いたって単純なストーリー。(厳しい言い方をすれば、幼稚な内容。)だから小さな子どもでも理解できるだろうと観せてみる。大抵の子どもは「怖いから止めてくれ」と言うだろう。胸を躍らせるなんてとんでもない。我々大人は、何かが麻痺してしまったらしい。奇しくも『シェイプ・オブ・ウォーター』もR指定。性描写も小さな子どもが抱く、羞悪なものとして登場する。

ニーチェが『ツァラトゥストラはかく語りき』で言っていた、成熟した人間である「超人」は、「大人」とは違って「パワーアップした子ども」の意味。喜怒哀楽の感覚に素直で、直感力が豊か。それが「超人」。「大人」になると、そんな感受性が衰えていく。

『シェイプ・オブ・ウォーター』の主人公イライザはろうあ者の中年女性。けして美人ではない。友人はゲイの老人で、同僚は黒人。世の中から虐げられてきた人々だ。弱者の視点を集めてみた。マイノリティをおさえるのは、最近の王道。

映画を作るとき、あんな場面が撮りたいとか、こんな人が見たいとか、作品を立ち上げるために浮かんだ要素を集めてみる。そのひとつひとつバラバラの要素を、いかに整合性つけてパッチワークしていくかで、作品は仕上がっていく。それがうまくいけば名作となる。

たとえ「人が見たことがないもの」をつくりだしたとしても、観客がついていけないほどカッ飛んだものを作ってしまったら、誰にも見向きされない。ある程度「観たことがあるもの」、「知っているもの」を、斬新な視点で料理するかに才能は問われてくる。オーソドックスは否定できない。それがエンターテイメントだ。

『シェイプ・オブ・ウォーター』も『ラ・ラ・ランド』も、面白い映画だし、人々に愛される作品だと思う。ただ、これほど懐古趣味な映画ばかりが、アカデミー賞を獲ってしまう近年の様子をみると、みんなもう新しい感性を発掘する気力がなくなってしまったのかと危惧してしまう。

世界中が疲れてる。過去に浸っていたい、現実に背を向けたい人が、思っているよりはるかに多いのかも知れない。先鋭を走っている筈の映画ですらこんな傾向なんだから、夢をみるのも難しくなってきたと、肩を落としてしまいそうだ。おセンチもほどほどに。さあ、元気を出さなきゃ。

関連記事

『365日のシンプルライフ』幸せな人生を送るための「モノ」

Eテレの『ドキュランドへようこそ』番組枠で、『365日のシンプルライフ』という、フィンランド

記事を読む

no image

戦争は嫌い。でも戦争ごっこは好き!! 『THE NEXT GENERATION パトレイバー』

  1980年代にマンガを始めOVA、 テレビシリーズ、劇場版と メディアミック

記事を読む

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』 長いものに巻かれて自分で決める

『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズの劇場版が話題となった。『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』というタイトルで

記事を読む

『かぐや姫の物語』 かの姫はセレブの国からやってきた

先日テレビで放送した『かぐや姫の物語』。 録画しておこうかと自分が提案したら家族が猛反

記事を読む

no image

『ルパン三世 カリオストロの城』これって番外編だよね?

  『ルパン三世』が30年ぶりに テレビシリーズになるとのことで。 数年前か

記事を読む

『機動戦士ガンダムUC』 小説から始まり遂に完結!!

2010年スタートで完結まで4年かかった。 福井晴敏氏の原作小説は、遡る事2007年から。

記事を読む

『スカーレット』慣例をくつがえす慣例

NHK朝の連続テレビ小説『スカーレット』がめちゃくちゃおもしろい! 我が家では、朝の支

記事を読む

no image

『精霊の守り人』メディアが混ざり合う未来

  『NHK放送90年 大河ファンタジー』と冠がついたドラマ『精霊の守り人』。原作は

記事を読む

『SHOAH ショア』ホロコースト、それは証言か虚言か?

ホロコーストを調べている身内から借りたクロード・ランズマンのブルーレイ集。ランズマンの代表作

記事を読む

no image

『ベルサイユのばら』ロックスターとしての自覚

「あ〜い〜、それは〜つよく〜」 自分が幼稚園に入るか入らないかの頃、宝塚歌劇団による『ベルサイユの

記事を読む

『ケナは韓国が嫌いで』 幸せの青い鳥はどこ?

日本と韓国は似ているところが多い。反目しているような印象は、歴

『LAZARUS ラザロ』 The 外資系国産アニメ

この数年自分は、SNSでエンタメ情報を得ることが多くなってきた

『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』 みんな良い人でいて欲しい

『牯嶺街少年殺人事件』という台湾映画が公開されたのは90年初期

『パスト ライブス 再会』 歩んだ道を確かめる

なんとも行間の多い映画。24年にわたる話を2時間弱で描いていく

『ロボット・ドリームズ』 幸せは執着を越えて

『ロボット・ドリームズ』というアニメがSNSで評判だった。フラ

→もっと見る

PAGE TOP ↑