*

『トロピック・サンダー』映画稼業はいばらの道よ

公開日: : 最終更新日:2020/03/10 映画:タ行

ベン・ステラーが監督主演したハリウッドの裏側をおちょくったコメディ映画『トロピック・サンダー』。

『アベンジャーズ/エンドゲーム』の興奮覚めやらじ。アイアンマン演じたロバート・ダウニーJr.のフィルモグラフィを検索していると、ピカイチで輝いていたこの作品。ベトナム戦争映画の撮影風景を風刺している。あまりよく考えずに仕事をしている製作陣が、いつしか本当の紛争地帯に紛れ込んでしまうというストーリー。

ダウニーの役所は、自分の演じる役柄を徹底的に研究して、仕草までもそのものに見えるようになりきるメソッド俳優。『トロピック・サンダー』では、黒人になりきるため、肌を褐色にする整形手術までしてしまう徹底ぶり。果たしてそこまでやるか。ふつうに黒人の俳優さん起用すればいいじゃん! でもこの映画のダウニー、本当に黒人に見えてしまうからスゴイ。

黒人なまりを真似してるけど、ホントの黒人から聞いたら、さぞ腹立たしい喋り方なんだろう。日本でいうなら、生粋の関東人が関西弁で演技をしてるようなものだ。そのバカバカしさは、英語圏の人の方が笑えるだろう。

この映画、ちょうど『アイアンマン』の第一作目と同じ年に公開されている。その頃ちょっと落ち目だったダウニーが、起死回生を狙っていた時期なのだろう。彼の演じるメソッド俳優の猪突猛進さが、当時のダウニーの姿とカブる。

メソッド俳優という狂気。でも『アイアンマン』みたいな、エンターテイメント作品でさえ、メソッドは必要だ。アイアンマンことトニー・スタークが、どんなに荒唐無稽な設定の人物であっても、映画を観ているときは、実際にいる人に見えなければならない。どんなに軽い作品であっても、研究がなければ面白い作品にはならない。

『トロピック・サンダー』の冒頭、ベトナム戦争の撮影風景。さっそく『プラトーン』のパロディから始まる。

もうね、ベン・ステラーの撃たれる演技が異常に上手いの。しょっぱなからゲラゲラ笑ってしまった。両手を広げて倒れていく演技。フレームのいちばん最後に手が残るのが分かってるから、倒れる指先まで細かい芝居してるの。日本人よ、これが「芝居の計算」だ!

戦争を扱った映画はヒットする。しかも社会派や保守派も丸め込むこともできる。そんな戦争映画ブームに辟易しているベン・ステラーの姿が見え隠れする。

ベトナムが舞台? だったら東南アジアのどっかで撮影すればいい。アジアや戦争に対する歴史は曖昧。本物の紛争地帯の凶悪な連中の描写も、何で争ってるのかさっぱりわからない。たたのマフィアなのかもしれないし、なにかの組織なのかもしれない。そんな危険地帯に製作陣を置いてきた? なんでそんなの助けなきゃいけないのさ。しーらないっと。

金のことしか頭にない悪徳プロデューサーをトム・クルーズが怪演してる。自身もプロデューサーであるトムのなんて自虐的なこと。軽薄なエージェント役もマシュー・マコノヒーだったり、出演者が豪華。「ハリウッドを風刺した映画なんて面白い!」と、みんな集まってきたのだろう。日頃のガス抜きも兼ねて。

この映画での映画監督の立場の低さがリアル。プロデューサーからパワハラは受けるし、役者の方が自分より格上だから頭が上がらなかったり、そのくせ責任だけはすべて押し付けられる。お前の代わりなんていくらでもいる。完全に足元みられてる。味方はいない。

ちょっと前なら映画監督は権威がある存在だった。いま、あまりになりたがる人が多くて、そのポストの少ない職業。制作費削減のために、若手の無名監督を起用するのは通例になってきた。これは日本もハリウッドも同じ流れ。当然ながら、世間知らずのオタクが搾取の対象になりかねない。

ただ、日本とハリウッドの違いは、成功すれば名声と富を得られるかもしれないこと。残念ながら日本では、この業界では個人が大儲けできるシステムはほとんどない。企業の儲け第一主義。製作陣にはお金はなかなか流れてこない。好きなことを仕事にしてるんだから、稼ぎなんていいでしょ?って。

どちらにせよ映画製作は茨の道だ。ハリウッドで大化けする夢を抱いて行くのもいいが、やっぱりそれも人生かけた大ギャンブル。『トロピック・サンダー』の劇中の監督なんて、悲惨すぎて笑うしかない。実はこの人がいちばん酷い目にあってる。

映画は夢だ。でもそれを作る作業は現実だ。夢見がちな映画人たちや職人肌の人たちには、かなり手厳しい皮肉の映画だ。なにかにのめり込むことは人生においてとても重要だけど、それで足元をすくわれたら本末転倒だ。

夢を見るのも、現実と折り合いをつける冷静さが必要。安易に夢を語ると、金の亡者に狙われる。

『トロピック・サンダー』は、映画好きこそ、苦笑いのブラックコメディーとして楽しめるだろう。もうトム・クルーズと一緒に下品なダンスを踊るしかない!

関連記事

『ドラゴンボールZ 復活の「F」』 作者にインスパイアさせた曲

正直に言ってしまうと自分は 『ドラゴンボール』はよく知らない。 鳥山明氏の作品は『Dr.

記事を読む

『ドライヴ』 主人公みたいになれない人生

ライアン・ゴズリング主演の『ドライヴ』は、カッコいいから観た方がいいとよく勧められていた。ポ

記事を読む

『デューン/砂の惑星(1984年)』 呪われた作品か失敗作か?

コロナ禍で映画業界は、すっかり先行きが見えなくなってしまった。ハリウッド映画の公開は延期に次

記事を読む

no image

『トゥモロー・ワールド』少子化未来の黙示録

  人類に子どもが一切生まれなくなった 近未来を描くSF作。 内線、テロ、人

記事を読む

no image

儀式は人生に大切なもの『ディア・ハンター』

  マイケル・チミノ監督の ベトナム戦争を扱った名作『ディア・ハンター』。

記事を読む

『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』 野心を燃やすは破滅への道

今年2023年の春、自分は『機動戦士ガンダム』シリーズの『水星の魔女』にハマっていた。そんな

記事を読む

『タリーと私の秘密の時間』 幸福という名の地獄

ジェイソン・ライトマン監督の作品のテーマは、いつもグッとくる。自分と同年代の監督さんというこ

記事を読む

『トイストーリー4』 人のお節介もほどほどに

大好きなピクサー映画の『トイストーリー』シリーズの最新作『トイストーリー4』。なぜかずいぶん

記事を読む

no image

『トロールズ』これって文化的鎖国の始まり?

  配信チャンネルの目玉コーナーから、うちの子どもたちが『トロールズ』を選んできた。

記事を読む

『デザイナー渋井直人の休日』カワイイおじさんという生き方

テレビドラマ『デザイナー渋井直人の休日』が面白い。自分と同業のグラフィックデザイナーの50代

記事を読む

『アメリカン・フィクション』 高尚に生きたいだけなのに

日本では劇場公開されず、いきなりアマプラ配信となった『アメリカ

『不適切にもほどがある!』 断罪しちゃダメですか?

クドカンこと宮藤官九郎さん脚本によるドラマ『不適切にもほどがあ

『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン

『マーベルズ』 エンタメ映画のこれから

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の最新作『マーベ

『髪結いの亭主』 夢の時間、行間の現実

映画『髪結いの亭主』が日本で公開されたのは1991年。渋谷の道

→もっと見る

PAGE TOP ↑