『透明なゆりかご』 優しい誤解を選んでいく

NHKで放送していたドラマ『透明なゆりかご』。産婦人科が舞台の医療もの。これは御涙頂戴の典型的なパターンの作品とみた。泣くのは疲れる。道徳的な作品に下手なことは言えない。自然と敬遠していた。主人公を演じるのは清原果耶さん。何も知らない観客にいちばん近い存在の新人さんの目線を借りて、その職業を紹介していく職業ものドラマ。
このドラマの原作者が沖田×華さんだと知って気になった。自分が沖田×華さんを知ったのは、NHKの発達障害の特番。彼女が発達障害当事者として、仕事や社会、生活などでの困り事を語っているものだった。「発達障害」というネーミングとは裏腹に、沖田×華さんからは「障害」というものは感じられなかった。むしろコミュニケーション力が高そうにも見受けられる。そもそも自分の考えが偏っていたことに気づかされた。その後、沖田×華さんの『毎日やらかしてます。』を思わず読んでしまった。ドラマ『透明なゆりかご』は、原作者の人となりによって、凡庸な御涙頂戴ドラマではないような気がしてきた。
『透明なゆりかご』は沖田×華さんが漫画家になる以前、看護師で働いていた時の経験からの半自伝的な漫画。原作の主人公の名前は沖田×華そのまま。清原果耶さん演じるドラマ版の主人公は、青田アオイというふざけた別名になり、フィクションとして物語の展開を広げている。きっとこのアオイさんの性格づけは、実際の沖田×華さんをかなり参考にしているのだろう。
ドラマの中では、主人公が発達障害を抱えていることをそのまま描いている。多様性が求められている現代社会で、職業を持つマイノリティが描かれていくというのはとても興味深い。とかくマイノリティがドラマなどに登場すると、興味本位でセンセーショナルに描かれ、当事者から違和感しか感じない作品になってしまうものが多い。いらぬ偏見を世の中に浸透させて、生きづらくて困っている人たちを、さらに追い込んでしまうのではまずい。ドラマという影響力のあるメディアが、方向性を一歩間違ったときの功罪の深さ。
実のところ、ドラマや漫画の主人公は、とかくみな発達障害の特性を強く持っている。他人と違う感じ方や行動がドラマになっていく。何も疑問を感じず、従順に社会のシステムにシフトできてしまう器用な人は、物語の主人公には向かない。何かに抗うからこそドラマが動き出す。そうなると、全くドラマチックなことが起こらない人生こそが幸せな人生となる。大いなる矛盾。ドラマの主人公のアオイさんは、新人看護師ゆえ、最初のうちは受動的役割でドラマが進んでいく。予想外の言葉を発するアオイさんから、『赤毛のアン』のような特性的感性を感じさせる。アオイさんをただの語り部に収めさせなかったのは、彼女自身が発達障害という「生きづらさ」と闘っている、傷だらけのマイノリティ当事者だったから。
アオイさんはすでに自身が発達障害であることを受け入れ、治療を受けながら社会へ出ていこうとしている。他人の気持ちが分かりづらいという特性も理解していて、不本意に他人や自分を傷つけまいと工夫をしている。今までドラマに登場する発達障害当事者は、世の中の困った存在として奇異の目で扱われがちだった。現代医療でこの病をピタリと治す薬は存在しない。本人の努力や周囲の理解で、コントロールしながら問題なく社会でやっていける様子をドラマでシミュレーションしている。実際の沖田×華さんは、看護師を挫折されたらしい。こうあって欲しい願望の社会が、このドラマを通してシミュレーションされている。
ドラマは産婦人科が舞台なので、自然とフェミニズムが扱われていく。舞台が90年代後半なのは、原作者の年代を反映させているからだろう。この頃は社会にはまだフェミニズム思想など浸透していない。そもそも「看護師さん」のことを「看護婦さん」と呼んでいる。発達障害の理解どころか、うつ病ですら「甘えている」と言われていた。「24時間戦えますか!」の時代。そう思うとこの数年で社会の意識が著しく変化した。今までずっと無視されていたマイノリティへの人権意識が大きく変わった。SNSでサイレント・マジョリティの声が通りやすくなった。誰かの生きづらさは、自分自身の生きづらさとどこかで繋がっている。
とかく90年代といえば、日本ではまだまだイケイケゴーゴーな雰囲気だった。世界ではうつ病や自殺者が問題視されて、サブカルも暗めの作品が多かった。アダルトチルドレンという言葉で、訳のわからない心理を大括りにジャンル化されてしまった時代。それは社会の片隅に追いやられた声なき悲鳴。うつ病にもまだ「カッコいい」みたいな、ファッション的な軽視があった。仕事で活躍するとか、大金持ちになるとか、胡散臭い夢物語に多くのメディアが踊らされていた。キャリアを得ること、仕事で成功することがいちばんの幸せのような錯覚がしていた。
そして2000年代からの失われた20年。日本は慢性的な不景気で、働けど働けどラクになりそうにない状況が続く。経済産業的にも近隣国からどんどん追い抜かれ、トドメはコロナ禍や近国の戦争で更にこの先が見えなくなった。キャリアを積むよりも、日々の生活をどうにかしなければならない。そんな現代だからこそ、多様性を考えなければならなくなった。もう誰もが健康で順風満帆で働ける社会ではなくなった。『透明なゆりかご』のようなフェミニズムやマイノリティの生き方を模索するドラマが視聴者に響くなら、社会はほんの少し大人になったのかも知れない。
妊娠によるホルモンバランスの影響で、妊婦さんの精神状態か不安定になる。本人も理屈では理解していても、自分でコントロールできなくなる。なんとももどかしい。自分が自分でなくなる不安感。
将来のことを考えて、人生設計して生きていくのは大切。ただこの人生の計画や目標は、ときどきアップデートが必要。以前ならできていたことができなくなったり、不慮の事故や病気になることもある。子どもが生まれるということは、人生の大きな転機。「あの人のようになりたい」と、憧れるような人も蓋を開けたらハッピーではなかったりする。そんな憧れの人から、「あなたの方が幸せそうだ」と言われてしまうこともある。永遠に隣の芝生は青い。無理なものは無理と割り切ることもときには必要。もしなんらかの理由で同調圧力の外側に出てしまったとき、日本人はどうやって生きていけばいいのか。自分の気持ちもわからないのだから、他人の本心など永遠にわかるはずもない。
きちんとしている人ほど、自制がきかないもどかしさのショックに打ちのめされる。頑張ってやっていこうと思って努力した瞬間、自身の非力の壁にぶち当たる。今までの世の中の考え方ならば、「根性が足りない」とか精神論で突き進めと言われてしまう。それではいろんな意味で星になってしまう。答えをひとつに求めるから苦しくなる。実は答えは幾つでもある。答えを求めたくなるのは、人情としてあたりまえ。
それでも考えて、やっぱりわからない。相手が何を思っているかなんて、永遠にわかるはずもない。わからなければわからないままでいい。人間関係は、ある意味、誤解を重ねながら築かれていく。
でも相手の気持ちを想像することは怠ってはいけない。その想像の行き着く先はポジティブなものやネガティブなものもあるだろう。わからない相手の気持ちの推測。それらの中から、できるけ優しい方を選んでいく勇気。ときにはお人好しとバカにされたり、悪人に利用されて搾取されてしまうかも知れない。それでも負けない耐性や逃げ場をたくさんつくっていく。優しいお人好しばかりが集まる世界からは、生きづらさはあまりみえてこない。要はお互い様ってこと。同じ勘違いでも、優しい勘違いなら、世の中は明るくなっていく。おバカさんでいい。より良い社会は、みんながおバカさんでいられる世の中なのかも知れない。ふとドラマを観て思ってしまった。
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