『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』賢者が道を踏み外すとき
日本では劇場未公開の『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』。DVDのジャケットだけ見るとワーナー映画の『ワンダーウーマン』の人気にあやかったパチモンに思えてしまう。でも映画の内容はヒーローものではまったくなく、『ワンダーウーマン』の原作者ウィリアム・モールトン・マーストン教授の伝記映画で、とてもシリアスだ。
DVDジャケットだけでは誤解を招いて、はじいてしまいそうだが、この映画の評判があまりに良かったので興味をひいた。時にハリウッド映画はスーパーヒーローブーム。日頃なんとなく面白がっているが、このヒーローものには病的なものも感じずにはいられない。その作者の伝記ものとなるととても興味深い。
心理学者のマーストンは嘘発見器の開発や、人が相手を受け入れる心理を4つに分けたDISC理論を唱えた。このDISC理論、今ではビジネスの部下育成のマニュアルに利用されているからなんだかいかがわしい。マーストン教授の考え方も、当初はフェミニズムを基にした理想的なもののように思える。
マーストンの妻エリザベスも心理学者だが、有能でありながらも女性というだけで日の目を見ずにいる。マーストンは常々、女性に厳しい世の中を憂いている。そこへ容姿端麗な生徒のオリーブが助手としてマーストンの下につき、愛人となる。この三角関係はそのまま三者三様の愛情を絡ませ共同生活へと発展していく。のちにオリーブはワンダーウーマンのモデルとなっていく。
知識人が、ある時突然人の道を踏み外すことがある。高学歴の人が、カルト宗教にハマって反社会的な活動や犯罪を犯してしまったり、経済学の勉強になるからと、マルチ商法や詐欺活動に夢中になってしまうこともある。その時その人は、大真面目で自分の考えは正しいものと信じ込んでいる。要は勉強バカで世間知らずなのかもしれない。やがて社会の信用をなくし、時には逮捕されてびっくり仰天。
マーストン教授の考えもそれに近い。当初は高尚な理想論を唱えていたが、いつのまにかボタンをかけちがえて、おかしな方向へと転がり落ちていく。たどり着いたのはコミックの世界。自分のDISC理論を、コミックを通してプロパガンダとして宣伝したいというマーストンの野望。
映画で語られる『ワンダーウーマン』の大まかなプロットは、最近ガル・ガドット主演で映画化されたものと同じだが、どうもちょっと違うみたい。ワンダーウーマンは鎖に縛られるとパワーを失うという弱点があるらしく、コミック内では毎回緊縛されている描写がある。その鎖を断ち切ることで、男社会からの解放を意味するらしい。分かりやすい比喩だけれど、子どもがそんなものを無防備に見てしまうのは、親としては心配だ。当時発禁書になりかけたのも頷ける。今の映画版『ワンダーウーマン』は、そんなフェティシズムを削いだものだろう。単純にカッコいい女性のヒーローものになった。この方がいいに決まってる。
この映画でのマーストン教授と正妻と愛人の関係が興味深い。かっ飛びすぎているのは確かだが、映画を観ていると、一夫一婦制を当然としてきた社会的倫理観も、果たしてそれが人間の本能として正しいのだろうかと疑いも生まれてくる。それくらい三人の生活が充実しているように見えてくるからだ。
マーストン役を実写版『美女と野獣』でガストン役を演ったルーク・エバンスが演じてる。彼のルックスがカッコいい。正妻のエリザベス役のレベッカ・ホールも知的だ。ワンダーウーマンのモデルになるオリーブ役のベラ・ヒースコートは当然美人。なんとなく見た目で正当化されてしまう。この映画での、美人の処世術に対する分析も説得力がある。アンジェラ・ロビンソン監督は、女性ならではの繊細な演出。男性監督ならばもっと奇異に描いていただろう。
ソウルメイトとはこのことなのだろう。みなまで言わずとも、お互いの価値観を共有できて通じ合える。そんな人と出会えたら人生においてこんなに幸せなことはない。そのソウルメイトが異性であれば、パートナーとなり人生を共に生きればいい。でもその存在は必ずしも異性とは限らない。BGLTの心理もそれに近いのだろうか。誰にも迷惑をかけていないのだから、この三人をほっといてあげてもいいんじゃないかと思わせる。実際、この三人の間に生まれた子供たちとの関係も良好だ。実際にマートン教授亡き後は、二人の女性の共同生活は決裂することはなかったらしい。彼らは変態なのか、それとも人間の倫理観の先を行き過ぎる感受性の持ち主なのか、現代ではサッパリわからない。
最近ではマンガやアニメなどは、人生そればかりに触れてきたオタクがそのまま作家になってしまうことが多い。かつてこのジャンルに携わる人は、異業種からドロップアウトした人が多かった。マンガだって学者タイプの人が描いた方がいいと思う。子どもに良質なものに触れてもらいたいなら、それなりの知識人が作ったものを観て欲しい。大人もなるほどと思えるものが望ましい。
マーストン教授が『ワンダーウーマン』の原作者になる頃は、すっかり彼も落ちぶれている。やっとこさたどり着いた場所がコミック業界だった。サブカルチャーはそれくらい毒がある。子どもが無防備に触れてしまうと、人生を狂わせてしまう危険性も孕んでいる。
この映画を観ていると、エンターテイメントを呑気に何も考えすに楽しんでしまうと、心を病んだり反社会的な心理になってしまうのだとつくづく感じる。辛く厳しい現実逃避に、適度に娯楽に触れることはいいかもしれない。だが一線を超えてしまうと、ドラッグのような悪質な副作用が伴う。サブカルとはとても危険な媒体だからこそ、興味深く面白くもあるものだ。
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