*

『誘拐アンナ』高級酒と記憶の美化

公開日: : 最終更新日:2020/03/13 アニメ, 映画:ヤ行, 映画館

知人である佐藤懐智監督の『誘拐アンナ』。60年代のフランス映画のオマージュ・アニメーション。佐藤懐智監督作品というと、社会風刺のピリリと辛い作風で、海外の映画賞を多数獲得している。

大手商業映画となると、どうしても金儲けがメインとなってしまうので、社会風刺ネタの企画などはなかなか通ることはない。保守的な日本のメディアなら尚のこと。むしろ『シン・ゴジラ』みたいな社会風刺SFの企画が通って、ヒットすることが意外だった。というか企業は社会風刺的なものを嫌うが、観客はガス抜きを求めている。要は作り手の勇気や覚悟の問題だ。

個性というものは、隠そうとしても自然と出てくるもの。クリエイターの方に「ご無沙汰です」と挨拶したときに、あれ?となることがある。そんなとき、大抵は近々にその人作ったの作品を観たばかりだったりするものだ。

どんなに作風を変えてみても、作者の顔が見えてくる。それは作者と作品に力があることなのだと感じる。

今回の『誘拐アンナ』は、佐藤懐智監督の特有の社会風刺の作風はあえてしていない。60年代の退廃的なフランス映画へのオマージュに徹する。いわば甘い思い出に浸るかのよう。

でも誤解するなかれ。『誘拐アンナ』が、間口の広い口当たりのいい作品だと油断していると、どーんと後から深い酔いに襲われる。いつのまにか鈍いボディブローが効いていたのだ。この短編映画は、甘口だけど、度数の高い高級酒みたいなもの。あたりは柔らかいけど、やはりピリリと辛い。

オマージュ作品というものは不思議だ。その元ネタを知らない人が、そのルーツを遡って観直してみると、ガッカリすることがある。その元ネタの方が雑な作りで、いま観ると稚拙すぎたりするものだ。ただその年代その時代にその作品に出会った人の衝撃の記憶が壮大に膨らんでしまっているのだろう。その鮮烈にインスパイアされた作品が、さらに洗練されていく。思い出の美化。人の記憶なんていい加減。明らかに元ネタを凌駕してる。

作品とは影響を受けあって、どんどん良質なものへと変遷していく。オマージュとパクリの区別がつかない人がいるが、前者は元ネタに敬意があり、後者はただイタダイタだけ。そこに愛があるかないかの問題。そんなの見分けがつかないよとなりがちだが、要はその作品に触れたあと、いい気分になるかイヤな気分になるか、自身の胸に手を当ててみれば自然とわかる。

作中で登場人物たちは、独自の恋愛論を語っている。それを楽しむか、真に受けるのかも、観客に委ねられる。だってこれは論文ではないから。作者がどこまで本気なのか、そもそも架空の存在である登場人物でさえ、本心を語っているとは限らない。作中の言葉遊びにのせられて、オシャレな恋愛気分にフワフワさせられる。

フィクションやファンタジーの姿を借りて、現実をケムに巻く知的なゲームが行われている。それは登場人物のアンナと教授の駆け引きなのか、作家と観客の駆け引きなのかはわからない。わからなくたっていい。

今回の『誘拐アンナ』は、ルーツになる作品のひとつ『あの胸にもういちど』のリバイバルとカップリングで、渋谷ヒューマントラストで上映された。佐藤懐智監督の社会風刺が効いた過去作は、海外でたくさんの受賞をしているけれど、日本であまり紹介されていない。やっぱり社会風刺は国内では難しいのだろうか。表層がマイルドだと、国内配給がしやすいのも皮肉だ。

大御所のアニメ関係者が続々と業界から撤退している。採算が合わないのだろう。「アニメ作品はこれで最後になるかも?」と懐智監督もチラリと言っていた。

『誘拐アンナ』は水彩画タッチの実験的な映像で製作されている。アニメなら国籍もジャンルも越えられるような気がするが、現代のアニメ事情はどうも違うらしい。アニメといえば日本。日本アニメといえば萌え。そんなイメージに固執し始めているのだろう。

そうなるとアニメーションというジャンルの客層は絞られ、閉鎖的なメディアの象徴となってしまう。それはアニメ業界が自ら選んでいった道なのだから、ある意味仕方がない。アニメという表現は、新しいことやカッコいいことを追求するジャンルではなくなってしまった。アーティストには不向きだ。

果たしてこれから表現と商業芸術の行方は、どのようになっていくのだろうか。新ジャンルの誕生に期待する。

関連記事

『天気の子』 祝福されない子どもたち

実は自分は晴れ男。大事な用事がある日は、たいてい晴れる。天気予報が雨だとしても、自分が外出し

記事を読む

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』 それは子どもの頃から決まってる

岩井俊二監督の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を久しぶりに観た。この映画のパロ

記事を読む

no image

『ローレライ』今なら右傾エンタメかな?

  今年の夏『進撃の巨人』の実写版のメガホンもとっている特撮畑出身の樋口真嗣監督の長

記事を読む

no image

社会風刺が効いてる『グエムル ー漢江の怪物ー』

  韓国でまたMERSが猛威を振るっていると日々の報道で伝わってきます。このMERS

記事を読む

『パシフィック・リム』 日本サブカル 世界進出への架け橋となるか!?

『ゴジラ』ハリウッドリメイク版や、 トム・クルーズ主演の 『オール・ユー・ニード・イズ・

記事を読む

『龍の歯医者』 坂の上のエヴァ

コロナ禍緊急事態宣言中、ゴールデンウィーク中の昼間、NHK総合でアニメ『龍の歯医者』が放送さ

記事を読む

no image

『団地ともお』で戦争を考える

  小さなウチの子ども達も大好きな『団地ともお』。夏休み真っ最中の8月14日にNHK

記事を読む

no image

『オネアミスの翼』くいっっっぱぐれない!!

  先日終了したドラマ『アオイホノオ』の登場人物で ムロツヨシさんが演じる山賀博之

記事を読む

『火垂るの墓』 戦時中の市井の人々の生活とは

昨日、集団的自衛権の行使が容認されたとのこと。 これから日本がどうなっていくのか見当も

記事を読む

『アメリカン・ユートピア』 歩んできた道は間違いじゃなかった

トーキング・ヘッズのライブ映画『ストップ・メイキング・センス』を初めて観たのは、自分がまだ高

記事を読む

『侍タイムスリッパー』 日本映画の未来はいずこへ

昨年2024年の夏、自分のSNSは映画『侍タイムスリッパー』の

『ホットスポット』 特殊能力、だから何?

2025年1月、自分のSNSがテレビドラマ『ホットスポット』で

『チ。 ー地球の運動についてー』 夢に殉ずる夢をみる

マンガの『チ。』の存在を知ったのは、電車の吊り広告だった。『チ

『ブータン 山の教室』 世界一幸せな国から、ここではないどこかへ

世の中が殺伐としている。映画やアニメなどの創作作品も、エキセン

『関心領域』 怪物たちの宴、見ない聞かない絶対言わない

昨年のアカデミー賞の外国語映画部門で、国際長編映画優秀賞を獲っ

→もっと見る

PAGE TOP ↑