『鉄コン筋クリート』ヤンキーマインド+バンドデシネ
アニメ映画『鉄コン筋クリート』が公開されて今年が10周年だそうです。いろいろ記念イベントやら関連書籍がでるらしい。もう10年も前かと振り返ると、映画を観た頃と自分自身の環境も大きく変わっている。10年ひと昔とはよく言ったものだ。精神的にはちっとも変わっていないのに確実に老いた。これから10年後を想像するのもそら恐ろしい。
松本大洋さんの漫画原作を忠実に映像化した本作。制作はSTUDIO4℃で前作『マインド・ゲーム』に雰囲気が近い。松本大洋さんの出世作でもあり、フランスのバンドデシネに影響された密度の高い画力で、圧倒的にカッコイイ漫画だった。で、その漫画原作に負けないくらいのビジュアルづくりをしている映画版。当然カッコイイはカッコイイのだけど、映画館で観ていてなんだか胸が痛くなってきた。心がささくれていく感じ。原作では感じなかった気分。これは『マインド・ゲーム』のときも感じたこと。なんだろう?
『鉄コン筋クリート』は架空の街・宝街を牛耳る〈ネコ〉と呼ばれるストリートキッズ・クロとシロが主人公の組織の抗争の話。犯罪映画。不思議なもので、止まった絵の漫画だとそういった犯罪ものだろうがなんだろうが、画力で許せてしまう。だけどアニメとなって動きだすと、同じ内容でも登場人物や制作者の意図みたいなものが強い印象となってくる。
バンドデシネは大人向けの漫画でSF作品がメイン。SF好きの自分は『鉄コン筋クリート』も作中のギミックからSF作品のつもりで観ていたのだが、どうも様子が違うらしい。『ブレードランナー』みたいな宝街のビジュアルや、アニメならではのクロとシロの飛翔シーンはとても魅力的。ただ映画としてキャラクターが動いてくると、少年たちが犯罪や暴力行為をしている場面が気分のいいものではなくなってくる。ファンタジー性がなくなって、ただただ凶暴な印象ばかりリアルに伝わってしまう。この映画、日本公開ではとくに年齢制限なかった。アニメだからと間違えて見に来ちゃったチビッコたちに「観ちゃダメ!」って言いたくなっちゃった。
日本のアニメは世界に誇るとは、日本のメディアではよく言っているけれど、実は日本のアニメは海外では扱いづらい。海外では基本的にアニメはカートゥーン、子どもが観るものと捉えているので、暴力描写や性描写が多い日本のアニメは商売になりづらい。フランスのバンドデシネは大人向けだが、アート作品として認められているので、そもそも子どもが近づきづらい。それに比べれば日本のアニメや漫画は中途半端なポジション。ひじょうにビジネスに持っていきづらい。
漫画の『鉄コン筋クリート』も犯罪作品なのには変わらない。主人公の少年クロとシロは、容姿こそは子どもだけど、これはあくまて象徴に過ぎない。彼らの精神年齢は見た目より高いし、読者もなんとなく「子どもであって子どもでないもの」で暗黙の了解している。映画になると、子どもたちの容姿そのままで暴力行為されてしまうので、とても引いてしまう。作品の途中、クロとシロが引き離される場面がある。情緒的に演出しているのだが、どうも自分は悲しんでいる彼らに感情移入できなかった。さんざっぱら悪事をしていて、刺客とはいえ人も殺しているクロとシロ。いざ自分たちが引き離されるときになると、子どもの顔をして泣きじゃくる。なんと身勝手なと笑えてきた。漫画のときは気にならなかったのに!
ここには自分にはわからない独特の仲間意識がある。仲間のためならどんなことをしても守るけど、それ以外の人は排除してもいいという考え方。一方からの正義。アツいけど、なんとも閉ざされた感覚。やっぱり「一期一会」や「袖触れ合うのも多生の縁」とか大事にしたいものだ。肩書きや所属で、人によって態度を変えたくない。これは優しさではなくて、もっとドライな気持ち。たとえ親しい仲間や友人家族でも、自分とは別の人間なのだということを忘れてはいけない。それは孤独ではあるけど、他者に対しての尊厳でもある。まあ争いがテーマの作品だから利己的な考え方なのは仕方ないけど。
バンドデシネは難解な作品が多いから、このタッチでヤンキー漫画に繋げたのは新しかった。プレゼン風に言うなら、イノベーションの成功。SFとヤンキーを融合させてうまくいったのは、大友克洋さんの『AKIRA』なんかが前出の好例。その延長上の『鉄コン筋クリート』。でも『AKIRA』は純粋なSFだったから、趣旨がわかりやすかった。まあでもやっぱりSFはおっさんが主人公が好みかな。
映画『鉄コン筋クリート』は配役が良かった。クロを二宮和也さん、シロを蒼井優さんが演じてる。クロとシロは少年だけど、片方に女性をキャスティングしたことでガチガチのホモソーシャルにならなかった。やっぱりヤンキー世界に偏り過ぎちゃうと、客層がますます絞られてしまうものね。
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