『ファイト・クラブ』とミニマリスト
最近はやりのミニマリスト。自分の持ちものはできる限り最小限にして、部屋も殺風景。でも数少ない持ちものは、選びに選んだお気に入りのものばかり。量より質。数は少なくとも高級品だったりするのが、ただの倹約家と大きな違い。しかも成金のように、なんでも高額であればいいというような無謀さもなく、己れをわきまえているところがオシャレ。
取材に答えるミニマリストの人たちは、たいてい落ちついていて、あたかも悟りを開いた僧侶のよう。でもこの穏やかな境地に至るまでは、かなり辛い経験をされたのではと感じてしまう。穏やかさとは裏腹に、怒りのようなものがありそう。笑顔のなかに牙を隠しているような印象。ふとミニマリストから、映画の『ファイト・クラブ』が連想された。
ミニマリストの佐々木典士さんが書かれた本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』を読んでいたら、やっぱり『ファイト・クラブ』からの引用があった。直感的中!
1999年公開のこの映画『ファイト・クラブ』。実は当時、自分はこの作品のテーマがあまりよくわからなかった。ただただデヴィッド・フィンチャー監督のスタイリッシュな映像演出に「カッコイイ!」とアツくなっていただけ。無頓着な自分の部屋は当時から殺風景で、物欲があまりなかったからかもしれない。本やCD、映画のDVDがあれば満足だった。
主人公は自分のステイタスを保つために、高級品やブランド品、流行のモノで身を固める。その物欲と見栄と情報のストレスに苦しめられている心象風景でもある。
この「経済的豊かさ=幸せな人生」という考え方。経済経済と追い求めていく結果が、いつの間にか不幸へ直行してしまっているという皮肉。モノやカネの豊かさを求めると、他人を羨んだり妬んだり、虚栄で高慢にもなりかねないのが人間の弱さ。でもリーマンショック以降、世界的に経済が破たんした。これでは倍率の高い椅子取りゲームに参加することになるだけ。人を蹴落としてでも勝ち得たい豊かさは、幸せな人生とは程遠い。物質主義は争いを生み、格差をつくる。なりふりかまわず破滅へ向かうのはたやすい。奇しくも『ファイト・クラブ』は、テロ集団誕生の物語。経済の象徴であるビル爆破は、2年後の911同時多発テロを予見したようで不気味だ。
カネがすべてで、幸せになるにはカネがなければ始まらない。これは政治家でなくとも、ほとんどの人に根付いた考え方。本当にカネがあれば幸せなのか?
メディアで紹介されたオサレなカフェに行ったら、混んでて落ち着かなくてガッカリすることがある。結構高い値段払ったのに満足度が低い。案外、家から水筒にいれたコーヒーを、公園で飲んだりした方が幸せな気分になれたりする。そうなると「高いからイイ」というのは、まったくの思い込みになる。
『ファイト・クラブ』の主人公も、幸せな人生を追い求めた先がテロリストになってしまった。なにも自分の顔に弾丸撃ち込んで、ビルが崩れる姿にロマンチズムを感じなくともいい。
17年も前に公開された『ファイト・クラブ』が、今の日本の状況にやっとしっくりくるとは、なんともまあ先見の明があったということか。いや、この映画の警鐘に、誰も問題意識を持たなかった証だろう。
ミニマリストがミニマリストになったのは、時代がそうさせたとしか思えない。マテリアリストになりたくとも、雇用は不安定で、賃金は下がる一方。物価は上がり、税金もあがる。もう買い物なんてできない。生活するのがやっと。決定的なのは震災の経験。ひとたび天災に襲われたら、モノなんてどうでもよくなってしまう。その中でカネやモノを追い求めるのは虚しすぎる。これらを求めないで、質素な生き方を模索する努力と勇気がこれからは必要なのかも。
複雑な言動や事象は、やましい心の現われ。なにごともシンプルがいちばん。さて、自分もミニマリスト街道を散策してみようかしら。
関連記事
-
『ブレードランナー2049』 映画への接し方の分岐点
日本のテレビドラマで『結婚できない男』という名作コメディがある。仕事ができてハンサムな建築家
-
『ヒックとドラゴン/聖地への冒険』 変わっていく主人公
いまEテレで、テレビシリーズの『ヒックとドラゴン』が放送されている。小学生の息子が毎週それを
-
『逃げるは恥だが役に立つ』 シアワセはめんどくさい?
「恋愛なんてめんどくさい」とは、最近よく聞く言葉。 日本は少子化が進むだけでなく、生涯
-
『鬼滅の刃 無限列車編』 映画が日本を変えた。世界はどうみてる?
『鬼滅の刃』の存在を初めて知ったのは仕事先。同年代のお子さんがいる方から、いま子どもたちの間
-
『日本のいちばん長い日(1967年)』ミイラ取りがミイラにならない大器
1967年に公開された映画『日本のいちばん長い日』。原作はノンフィクション。戦後20年以上経
-
『マグノリアの花たち』芝居カボチャとかしましく
年末テレビの健康番組で、糖尿病の特集をしていた。糖尿病といえば、糖分の摂取を制限される病気だ
-
『ひろしま』いい意味でもう観たくないと思わせるトラウマ映画
ETV特集で『ひろしま』という映画を取り扱っていた。広島の原爆投下から8年後に製作された映画
-
『ベイビー・ドライバー』 古さと新しさと遊び心
ミュージカル版アクション映画と言われた『ベイビー・ドライバー』。観た人誰もがべた褒めどころか
-
『わたしは、ダニエル・ブレイク』 世の中をより良くするために
ケン・ローチが監督業引退宣言を撤回して発表した『わたしは、ダニエル・ブレイク』。カンヌ映画祭
-
『高い城の男』占いは当たらない?
映画『ブレードランナー』の原作者フィリップ・K・ディックの代表作『高い城の男』。
- PREV
- 『スノーマン』ファンタジーは死の匂いと共に
- NEXT
- 『ゴーストバスターズ』ファミリー向け映画求む!