*

『ファイト・クラブ』とミニマリスト

公開日: : 最終更新日:2019/06/12 映画:ハ行,

最近はやりのミニマリスト。自分の持ちものはできる限り最小限にして、部屋も殺風景。でも数少ない持ちものは、選びに選んだお気に入りのものばかり。量より質。数は少なくとも高級品だったりするのが、ただの倹約家と大きな違い。しかも成金のように、なんでも高額であればいいというような無謀さもなく、己れをわきまえているところがオシャレ。

取材に答えるミニマリストの人たちは、たいてい落ちついていて、あたかも悟りを開いた僧侶のよう。でもこの穏やかな境地に至るまでは、かなり辛い経験をされたのではと感じてしまう。穏やかさとは裏腹に、怒りのようなものがありそう。笑顔のなかに牙を隠しているような印象。ふとミニマリストから、映画の『ファイト・クラブ』が連想された。

ミニマリストの佐々木典士さんが書かれた本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』を読んでいたら、やっぱり『ファイト・クラブ』からの引用があった。直感的中!

1999年公開のこの映画『ファイト・クラブ』。実は当時、自分はこの作品のテーマがあまりよくわからなかった。ただただデヴィッド・フィンチャー監督のスタイリッシュな映像演出に「カッコイイ!」とアツくなっていただけ。無頓着な自分の部屋は当時から殺風景で、物欲があまりなかったからかもしれない。本やCD、映画のDVDがあれば満足だった。

主人公は自分のステイタスを保つために、高級品やブランド品、流行のモノで身を固める。その物欲と見栄と情報のストレスに苦しめられている心象風景でもある。

この「経済的豊かさ=幸せな人生」という考え方。経済経済と追い求めていく結果が、いつの間にか不幸へ直行してしまっているという皮肉。モノやカネの豊かさを求めると、他人を羨んだり妬んだり、虚栄で高慢にもなりかねないのが人間の弱さ。でもリーマンショック以降、世界的に経済が破たんした。これでは倍率の高い椅子取りゲームに参加することになるだけ。人を蹴落としてでも勝ち得たい豊かさは、幸せな人生とは程遠い。物質主義は争いを生み、格差をつくる。なりふりかまわず破滅へ向かうのはたやすい。奇しくも『ファイト・クラブ』は、テロ集団誕生の物語。経済の象徴であるビル爆破は、2年後の911同時多発テロを予見したようで不気味だ。

カネがすべてで、幸せになるにはカネがなければ始まらない。これは政治家でなくとも、ほとんどの人に根付いた考え方。本当にカネがあれば幸せなのか?

メディアで紹介されたオサレなカフェに行ったら、混んでて落ち着かなくてガッカリすることがある。結構高い値段払ったのに満足度が低い。案外、家から水筒にいれたコーヒーを、公園で飲んだりした方が幸せな気分になれたりする。そうなると「高いからイイ」というのは、まったくの思い込みになる。

『ファイト・クラブ』の主人公も、幸せな人生を追い求めた先がテロリストになってしまった。なにも自分の顔に弾丸撃ち込んで、ビルが崩れる姿にロマンチズムを感じなくともいい。

17年も前に公開された『ファイト・クラブ』が、今の日本の状況にやっとしっくりくるとは、なんともまあ先見の明があったということか。いや、この映画の警鐘に、誰も問題意識を持たなかった証だろう。

ミニマリストがミニマリストになったのは、時代がそうさせたとしか思えない。マテリアリストになりたくとも、雇用は不安定で、賃金は下がる一方。物価は上がり、税金もあがる。もう買い物なんてできない。生活するのがやっと。決定的なのは震災の経験。ひとたび天災に襲われたら、モノなんてどうでもよくなってしまう。その中でカネやモノを追い求めるのは虚しすぎる。これらを求めないで、質素な生き方を模索する努力と勇気がこれからは必要なのかも。

複雑な言動や事象は、やましい心の現われ。なにごともシンプルがいちばん。さて、自分もミニマリスト街道を散策してみようかしら。

 

関連記事

no image

『平成狸合戦ぽんぽこ』さよなら人類

  日テレ好例『金曜ロードSHOW』枠でのスタジオジブリ特集で『平成狸合戦ぽんぽこ』

記事を読む

『星の王子さま』 競争社会から逃げたくなったら

テレビでサン=テグジュペリの『星の王子さま』の特集をしていた。子どもたちと一緒にその番組を観

記事を読む

no image

『猿の惑星:聖戦記』SF映画というより戦争映画のパッチワーク

地味に展開しているリブート版『猿の惑星』。『猿の惑星:聖戦記』はそのシリーズ完結編で、オリジナル第1

記事を読む

no image

『ボーダーライン』善と悪の境界線? 意図的な地味さの凄み

  映画『ボーダーライン』の原題は『Sicario』。スペイン語で暗殺者の意味らしい

記事を読む

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 特殊能力と脳障害

いま中年に差し掛かる年代の男性なら、小学生時代ほとんどが触れていた『機動戦士ガンダム』。いま

記事を読む

『わたしを離さないで』 自分だけ良ければいい世界

今年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ原作の映画『わたしを離さないで』。ラブストーリ

記事を読む

『STAND BY ME ドラえもん』 大人は感動、子どもには不要な哀しみ?

映画『STAND BY ME ドラえもん』を 5歳になる娘と一緒に観に行きました。

記事を読む

『フェイブルマンズ』 映画は人生を狂わすか?

スティーヴン・スピルバーグ監督の自伝的映画『フェイブルマンズ』が評判がいい。映画賞も賑わせて

記事を読む

no image

なぜ日本劇場未公開?『ヒックとドラゴン2』

  とうとう日本では劇場公開はせず ビデオのみの発売となった 米ドリームワークス

記事を読む

no image

『桐島、部活やめるってよ』スクールカーストの最下層にいたあの頃の自分

  原作小説と映画化、 映画公開後もものすごく話題になり、 日本アカデミー賞を総

記事を読む

『ケイコ 目を澄ませて』 死を意識してこそ生きていける

『ケイコ 目を澄ませて』はちょっとすごい映画だった。 最

『SHOGUN 将軍』 アイデンティティを超えていけ

それとなしにチラッと観てしまったドラマ『将軍』。思いのほか面白

『アメリカン・フィクション』 高尚に生きたいだけなのに

日本では劇場公開されず、いきなりアマプラ配信となった『アメリカ

『不適切にもほどがある!』 断罪しちゃダメですか?

クドカンこと宮藤官九郎さん脚本によるドラマ『不適切にもほどがあ

『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン

→もっと見る

PAGE TOP ↑