『はじまりのうた』 音楽は人生の潤滑油
この『はじまりのうた』は、自分の周りでも評判が良く、とても気になっていた。当初は「どうせオシャレ女子向けの映画でしょ」と、なんとなく自分とは関係のない映画だと思っていた。メインビジュアルも、アイルランド映画の名作音楽映画『ONCE ダブリンの街角で』にそっくり。ハリウッド豪華キャストにしたパクリ映画かと。でも『はじまりのうた』の監督は『ONCE~』と同じジョン・カーニーと後で知り、そりゃあ似ているのは当然だ、むしろ世界配給になってもブレていないのだからエライ!
『ONCE ダブリンの街角で』は、以前親しい友人が勧めてくれた映画。まったく前知識がないまま観た。「映画に神様が宿る」というと眉唾っぽくなるが、良い制作現場には相乗効果が働いて、そのクリエーターが本来持ってる能力よりももっと優れたものが生まれたりする。まるで神様が力を貸してくれるみたいに。そういった魔法が作用してると感じる映画だった。この『はじまりのうた』もきっと同じ力が働いている。それは映画の神様か、音楽の神様かわからないけど、そんなものを呼び寄せてしまうジョン・カーニー監督の力は、才能といっていい。
映画では、かつては有名だったがすっかりしょぼくれた音楽プロデューサーが、傷ついた女性シンガーの歌を聴くところから始まる。誰にも相手にされない彼女の歌が、ダメダメプロデューサーの心に響く。それはお互い人生のどん底にいたからこその共鳴。この映画の原題は『Begin Again』、邦題の『はじまりのうた』と、どちらもなかなか良いタイトル。
登場人物たちの人生を狂わせたのは、富や名声。好きで音楽を始め、才能故に評価されたが、いつの間にかビジネス中心で創作せざるを得なくなる。パッとしない音楽青年が、一曲のヒットで突然豪邸暮らしのスターになる怖さ。
劇中では象徴的に『Lost Stars』という曲が使われている。良い曲だなと思っていたら、マルーン5のアダム・レヴィーンじゃない! しかも本人が出演してる!! マルーン5の曲めちゃめちゃ良いけど、ルックスがね〜っていつも思ってた。(ファンの方スイマセン)でもそれを逆手にとって演じている。本編中ではさまざまなアレンジでかかるこの曲、商業的に計算されたってバージョンがホントにヒドくて、逆に巧さを感じてしまった。
アダム・レヴィーンは本人が本物のスターだし、キーラ・ナイトレイや、『アベンジャーズ』でハルクを演ってるマーク・ラファロもみんなスター。そのスターたちが迷い、それぞれの道を選んでく。役と演者のもつ雰囲気が醸し出す効果。
演奏場面がどれも楽しくて幸せなので、永遠に聴いていたくなるほど。音楽によって複雑な時系列の構成の物語もすんなり観れるし、ねじれた人間関係もスルリとほどけていく。なんとも気持ちが良い。
彼らが欲しかったのは、富や名声ではなく、エキサイティングな気持ち。人間、日々の生活のため、仕事はしなければならない。エキサイティングとまでは言わなくとも、楽しい要素が仕事には必要。バレエ教室の演奏を生業にしてるピアノマンが、誘われて即決で仕事を辞めてしまう場面がある。チャンスを待ってくすぶってるクリエイターのいかに多いことか。「仕事に誇りを持て」なんて精神論はどーでもいい。スタジオを借りるお金がなければ、街なかでゲリラ録音すればいい。街の喧騒も楽曲の一部。できない理由を探すより、できることから始めよう!
偶然集まった人や環境の長所をつかんで、自分のものとして取り込んでいく。そうなると偶然はもう必然になる。きっとこの映画もそうして作られていったのだろう。
エンターテイメントはショウビジネス。経済が絡んでくるのは当然だし、儲からなければ生活も次回作もできない。作り手は芸術家であるが、商売人ではないことのジレンマ。
エンタメとの適切な付き合い方の好例を、この映画が示してくれている。
関連記事
-
-
『ブリグズビー・ベア』隔離されたハッピーな夢
シニカルコメディの『ブリグズリー・ベア』。赤ん坊の頃に誘拐された青年が、25年ぶりに解放され
-
-
『犬ヶ島』オシャレという煙に巻かれて
ウェス・アンダーソン監督の作品は、必ず興味を惹くのだけれど、鑑賞後は必ず疲労と倦怠感がのしか
-
-
『ボス・ベイビー』新しい家族なんていらないよ!
近年のドリームワークス・アニメーションの作品が日本では劇場公開されなくなっていた。『ヒックと
-
-
『アトミック・ブロンド』時代の転機をどう乗り越えるか
シャーリーズ・セロン主演のスパイ・アクション映画『アトミック・ブロンド』。映画の舞台は東西ベルリンの
-
-
『ドラゴンボールZ 復活の「F」』 作者にインスパイアさせた曲
正直に言ってしまうと自分は 『ドラゴンボール』はよく知らない。 鳥山明氏の作品は『Dr.
-
-
『ベルサイユのばら(1979年)』 歴史はくり返す?
『ベルサイユのばら』のアニメ版がリブートされるとのこと。どうしていまさらこんな古い作品をリメ
-
-
部外者が描いたからこそ作品になれた『リトル・ブッダ』
4月8日は花祭りの日。 ブッダが生まれた日としてお祝いする日だそうで。
-
-
『星の王子さま』 競争社会から逃げたくなったら
テレビでサン=テグジュペリの『星の王子さま』の特集をしていた。子どもたちと一緒にその番組を観
-
-
『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』ブラックって?
ネット上の電子掲示板『2ちゃんねる』に たてられたスレッドを書籍化した 『ブ
-
-
『博士と彼女のセオリー』 介護と育児のワンオペ地獄の恐怖
先日3月14日、スティーヴン・ホーキング博士が亡くなった。ホーキング博士といえば『ホーキング