*

『ひつじのショーン〜バック・トゥ・ザ・ホーム』人のふり見て我がふり笑え

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 アニメ, 映画:ハ行

 

なにこれ、おもしろい!

NHK Eテレで放送しているテレビシリーズ『ひつじのショーン』の劇場版『バック・トゥ・ザ・ホーム』。このシリーズ初の長編だ。

そもそも『ひつじのショーン』はスピンオフ作品。イギリスのアーマンド・スタジオでつくられた『ウォレスとグルーミット』シリーズのゲストキャラだった「ひつじのショーン」が主人公になった、別設定のストーリー。今では母体の『ウォレスとグルーミット』より大きな作品に育ってしまった。

テレビの『ひつじのショーン』は、一話10分弱の短編シリーズ。全編セリフはなく、リアクションや呻き声だけでストーリーを進めていく。ショートコントみたいなもの。海外に配給しても、吹き替えによるニュアンスの違いが発生しない。

作り手にはたいへんな苦労がうかがえる。セリフがないということは、すべてキャラクターの芝居だけで状況を伝えなければならない。それもただ動けばいいというのではなく、笑わせなければならない。ハードルはめちゃくちゃ高い。シナリオスタッフのコメディセンスも問われるし、アニメスタッフの人間観察力も高くないと成立しない。イジワルな視点が必要。さすがイギリス。キャラクターがかわいいだけじゃない。

このシリーズ初の長編映画『バック・トゥ・ザ・ホーム』は、劇場公開時から評判を耳にしていた。テレビの『ひつじのショーン』は、ウチでは親子共々大ファンだったので、気にはなっていた。ただこの作品のおもしろさは、短編だからこそ成立するものだと思っていた。短編をダラダラ繋げれば長編になるわけではない。

映画やドラマ、演劇や小説などは、物語の最初の方で、観客に「この作品はどんな作品なのか」を理解してもらわなければならない。どんな世界観のどんな主人公が、何をするのか? それらを観客はわかった上でないと、どんなにアトラクション的な仕掛けが劇中にあっても、誰もおもしろいとは感じない。

長編作品の強みで、普段あまり語られることのなかった、ショーンを始めキャラクターたちの紹介まで丁寧にされる。むしろこの作品から初めて『ひつじのショーン』に触れたほうがいいくらい。で、長編なのでショーンたちになにか冒険の動機もなくてはならない。映画序盤でこの作品のルールがすべてハッキリする。その上での小ネタの数々。こりゃたまらなくおもしろい!

ひつじのショーンや番犬のビッツァー、牧場主の仕草がいちいち笑える。「こんなことしちゃうよね」のオンパレード。これがイギリスだけでなく、世界中で通じる笑いなのだから、人というものは国境や文化を超えてみな共感できるものなのだろう。お芝居のおもしろみがよくわかってらっしゃる。

キャラクターたちの芝居でおもしろくみせるのはアニメーション作品の醍醐味。人間をよく理解していなければ、楽しい芝居の演出なんて出来やしない。

「自分の趣味は人間観察です」なんて言う人がいる。なんだか高みの見物してるみたいだけど、自分が人を見ているのと同じように、自分も人から見られていることを忘れちゃいけない。真の人間観察の達人は、自分観察ができる人。自虐に走るのではなく、自分自身にすら、ちょっぴりイジワルな視点を持つ。かなりのハイレベルなギャグセンス。

イジワルな指摘は時としてズレた方向へ独走している人へのブレーキにもなる。他人をただ批判するのはよくないが、ときにはそれも必要。とくに強引な権力者や年長者には。歳をとるほど幼稚になるようでは、どうしようもない。人から批判されたくなければ、まず己の襟を正すこと。人の話も耳を貸さずにふんぞり返るのは、大人なんかじゃない。日本人は、人への適切な指摘は非常に苦手。だからただただ口をつぐんでストレスを溜め込みがち。日本人よ、オトナのウィットとはこのことだ!

『ひつじのショーン〜バック・トゥ・ザ・ホーム』は、余計な場面がどこにもない。どのシーンも笑える。ワンシーンワンシーンが珠玉なのに、一本の長編映画としてつながっている。まさにドリームムービー。

ウチではしばらく子どもたちの間で、この映画がヘビーローテーションされていた。最近は倫理観のズレた、ヘンなアニメが多いので、そんなものを観るよりはこっちの方が遥かに良い。知らないうちにウィットなセンスが磨かれていたりして。学校では絶対教えてもらえないことだしね。

関連記事

no image

『バウンス ko GALS』JKビジネスの今昔

  JKビジネスについて、最近多くテレビなどメディアで とりあつかわれているような

記事を読む

『マッシュル-MASHLE-』 無欲という最強兵器

音楽ユニットCreepy Nutsの存在を知ったのは家族に教えてもらってから。メンバーのDJ

記事を読む

『RRR』 歴史的伝統芸能、爆誕!

ちょっと前に話題になったインド映画『RRR』をやっと観た。噂どおり凄かった。S・S・ラージャ

記事を読む

『風立ちぬ』 憂いに沈んだ未来予想図

映画『風立ちぬ』、 Blu-rayになったので観直しました。 この映画、家族には不評

記事を読む

no image

『くまのプーさん』ハチミツジャンキーとピンクの象

  8月3日はハチミツで、『ハチミツの日』。『くまのプーさん』がフィーチャーされるの

記事を読む

『モアナと伝説の海』 ディズニーは民族も性別も超えて

ここ数年のディズニーアニメはノリに乗っている。公開する新作がどれも傑作で、興行的にも世界中で

記事を読む

『インクレディブル・ファミリー』ウェルメイドのネクスト・ステージへ

ピクサー作品にハズレは少ない。新作が出てくるたび、「また面白いんだろうな〜」と期待のハードル

記事を読む

『藤子・F・不二雄ミュージアム』 仕事の奴隷になること

先日、『藤子・F・不二雄ミュージアム』へ子どもたちと一緒に行った。子どもの誕生日記念の我が家

記事を読む

no image

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』ある意味これもゾンビ映画

『スターウォーズ』の実写初のスピンオフ作品『ローグ・ワン』。自分は『スターウォーズ』の大ファンだけど

記事を読む

no image

『虹色のトロツキー』男社会だと戦が始まる

  アニメ『機動戦士ガンダム THE ORIGINE』を観た後、作者安彦良和氏の作品

記事を読む

『ウェンズデー』  モノトーンの10代

気になっていたNetflixのドラマシリーズ『ウェンズデー』を

『坂の上の雲』 明治時代から昭和を読み解く

NHKドラマ『坂の上の雲』の再放送が始まった。海外のドラマだと

『ビートルジュース』 ゴシック少女リーパー(R(L)eaper)!

『ビートルジュース』の続編新作が36年ぶりに制作された。正直自

『ボーはおそれている』 被害者意識の加害者

なんじゃこりゃ、と鑑賞後になるトンデモ映画。前作『ミッドサマー

『夜明けのすべて』 嫌な奴の理由

三宅唱監督の『夜明けのすべて』が、自分のSNSのTLでよく話題

→もっと見る

PAGE TOP ↑