『Shall we ダンス?』 まじめなだけじゃダメですか?
1996年の周防正行監督の名作コメディ『Shall we ダンス?』。これなら子どもたちとも観れると、久々に鑑賞した。
自分は映画公開当時、『Shall we ダンス?』の主人公・杉山さんが住む狭山ヶ丘の近所に住んでいた。「あっ、西武線じゃん!」と身近に感じていた。観た映画館は、最近リニューアルして話題になった新所沢レッツシネパーク。狭山ヶ丘と新所沢は、かなりのご近所。見慣れた風景がスクリーンに広がる。
映画の主人公は中小企業の課長の杉山さん。郊外に家族と暮らす一軒家を購入。他人からみれば順風満帆の人生だ。通勤はいつも早朝に一人で起きて朝飯食べて、空いてる始発に乗る。会社に着く頃には、車内はラッシュ状態。帰りも時間がかかる。
今では通勤時間に片道1時間以上かかるなんてあたりまえになったけど、当時はいくら念願のマイホームとはいえ、職場から遠くに住むなどかなり冒険だった。それほど現代の都心は、会社や経済中心の場所となり、家族が静かに暮らすところではなくなったのだろう。狭山ヶ丘の緑多い閑静な住宅街はその象徴。
会社と家庭の行き帰りで日々を過ごし、特に趣味もなく静かに生きている杉山さん。帰宅途中の駅からいつも見える社交ダンス教室の窓辺で、もの憂げに外を見ている女性が気になっている。
何もしないで生きてきた杉山さんが、社交ダンス教室の門扉をくぐるまで時間がかかる。映画は杉山さんがいかに行動しない人なのかを描くために、上映開始から10分以上、彼は動き出さない。当時周防監督は、主人公杉山さんの人柄を紹介するためとはいえ、なかなか行動を起こさないので、観客が飽きてしまうのではないかと心配していたらしいが、いまの感覚だと結構早く動き出している印象がする。消極的な杉山さんでも、かなり早い段階でダンス教室の舞先生を食事に誘ってる。
今はそれだけ何もしない登場人物ばかりの日本映画が増えたのだろう。行動が遅いどころか、延々と何もしない言い訳を聞かされるだけの映画だってある。それがヒットしたりするのだから、もうオジさんな自分にはついてゆけない。
社交ダンスなど、ヨーロッパ文化の輸入されたものを日本人がそのままやると違和感は否めない。たとえスピリットが同じでも、手足の短く表情乏しい日本人の身体的な表現の限界が、なんとなくおかしみとなってしまう。そこにコメディ的な要素を周防監督は見抜いたのだろう。おかしな動きの杉山さんが、身体的にも精神的にも輝いてくる過程が最大のカタルシス。
この映画はのちにリチャード・ギア主演でハリウッド・リメイクされたが、やはり白人だとコメディ要素は薄まってしまう。
なんでも痴呆症の予防には、常に新しいことにチャレンジすることがいいらしい。忙しく重責と緊張感ある仕事をしていたから自分は大丈夫だと言っている人に限って、若年痴呆になったりする。それはいくら緊張感がある仕事とはいえ、パターン化された毎日を送っていたことにより、脳の交感神経が退化してしまったのだろう。いままでやったことのないものにチャレンジする。杉山さんの姿勢は、豊かな人生を送る手段として的確適切だ。
この『Shall we ダンス?』を初めて観た22年前は、どちらかというと杉山さんの娘さんに近い視点で映画を観ていた。いまでは自分は杉山さんと同年代。自分はサラリーマンではないけれど、状況は似ている。まさに一歩踏み外せばミドルエイジ・クライシス。映画を観て思うところも自然と変わってくる。
この映画はいま観てもあまり古さを感じないウェルメイド。映画のテーマは普遍的な人間像を描いている。海外で評価されたのも頷ける。むしろ働き蟻の日本人に共感できなかった世界の人たちに、ジャパニーズ・ビジネスマンの悲哀を伝える大切なコンテンツとなった。「なんだ、彼らも同じ人間なんだ」と。
舞先生みたいに、アーティスティックなキャラクターが出てくるのも良かった。日本人にだってアーティストはいる。プライドとテクニックだけで踊っていた彼女が、楽しんで踊るという、表現者の原点に気づいていくサイド・ストーリーも共感しやすい。感動を与える表現には、その表現者の人間性が大いに反映されるものだ。
映画は娯楽として楽しいだけでなく、その時代その国の空気感も、知ること触れることのない人に伝える力がある。真摯に作られた映画は、そんな魔力も孕んでいるものだ。
それにしても、あたりまえだけど役者さんたちがみんな若い。感じたのは、役者さんたちがみな、あの頃より今の方が良い顔つきになってるってこと。日本をはじめアメリカなども、若いことこそ素晴らしく、老いることは悪しきことのような信仰がある。カッコ良く歳をとっている見本が少ないのも確かだが、若ければ良いというのでは、生きていくのがつまらなくなってしまう。
最近免許証の更新をしたのだが、毎回思うのが、証明写真の自分の人相が前回よりも良くなっていること。経年によって目尻が垂れてきたりして、悪くいえば劣化しているのだが、それがかえってマイルドな印象を醸し出している。歳をとるのはけっして悪いことではないみたいだ。
杉山さんの会社は定時が9時〜17時のようだ。残業はあまりなくて、終業後社員同士で飲みに行ったりもしているみたい。これ現代の日本のサラリーマン状況では、ちと話が違ってくる。いまどき、ひとたび正社員で入社でもしたら、日々の果てない残業はあたりまえ。休日出勤なんかも多くなる。サラリーマンは、帰れない&休めない。
杉山さんは帰宅途中の電車から舞先生をみつける。物語はそこから始まる。毎日クタクタで会社と家の往復だけの人生だったら、ドラマだって始まらない。みんな暗い顔して肩を落としてイライラしてるのが都会のビジネスマン。それこそ真の働き蟻に成り下がってしまった。こりゃあ面白い映画やアイデアも浮かばないだろうな。現代日本では、まじめなだけだと搾取されるだけの対象にしかならない。なんともやりきれない。さてこれからの日本の未来はどうなっていくのやら。
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