*

『レディ・プレイヤー1』やり残しの多い賢者

公開日: : 最終更新日:2020/03/28 アニメ, 映画:ラ行, , 音楽

御歳71歳になるスティーブン・スピルバーグ監督の最新作『レディ・プレイヤー1』は、日本公開時もかなり話題になっていた。80年代を中心に流行ったポップカルチャーのキャラクターたちが画面のあちこちに登場している。「あそこにあのキャラクターがいた!」「あの映画のあの場面を完コピしてた!」と映画ファンやサブカル好きには、おもちゃ箱をひっくり返したような楽しい映画だ。

いろんなキャラクターたちが、ひとつの画面に一同に会する様子はオタク心をくすぐる。メカや巨大ロボットなんかは、オリジナル作品のそれよりカッコ良かったりする。そりゃあリアルタイムで80年代のポップカルチャーを体験した40歳以上の世代には胸アツだ。

映画の舞台は近未来の2045年。社会は荒廃している。人々は生きづらい世の中を復興させる気力も失せ、ヴァーチャル・ゲームに没頭して現実逃避している。国が国民に過度な娯楽を与え、政治に興味をなくさせる愚民教育の3S政策が、見事に成功したディストピアのシミュレーションが、この『レディ・プレイヤー1』だ。

スピルバーグはこの映画『レディ・プレイヤー1』の製作と同時進行で、社会派映画の『ペンタゴン・ペーパーズ』を作っている。かたやSFアドベンチャー、かたや社会派。スピルバーグの表現者としての引き出しの多さが伺える。『ペンタゴン・ペーパーズ』は、政府のマスコミへの圧力を描いている。同時進行で作られたタイプの違う2作品は、実はまったく同じテーマを孕んでいる。

実際の80年代ポップカルチャーの多様な引用は、ディストピア描写にリアリティを持たせるための小道具に過ぎない。アメリカ映画で、近未来のアメリカが舞台のこの映画なのに、日本産のキャラクターの登場の多さに驚かされる。ディストピアの象徴として使われてるから、「日本スゴイ」とは言いにくい。

アメリカはカルチャーには100年前から力を入れている。世界に自国の国力を見せつけるためにも、莫大な費用と技術を駆使して、映画をはじめ、音楽などのショービジネス作品を世界に発表している。たとえアメリカが世界中で横暴なことをしても、悪印象にならないのは、このソフトパワーの賜物だろう。作品の制作者は、文化人というより、オリンピックに出場するアスリートに近い。世界標準のエンタメ作品は、その国の力の象徴だ。

これはアメリカに限らない。ビッグバジェットの世界標準映画が作られたら、その国は経済的に伸びていると言えるだろう。日本はアメリカに次ぐエンタメ大国だが、如何せんマーケティングや労働環境設備を怠ったため、経済的に繋がらないどころか、ブラックビジネスに陥ってしまった。まったく皮肉なことだ。

原作小説で、主人公の仲間になるアジア人は皆日本人だったが、映画版は1人は中国人に変更されている。キャストをワールドワイドにしたかったのも一理あるが、日本より中国を味方にした方が経済効果があると見込まれた結果だろう。もう日本では洋画の需要は低くなっているし。

映画『レディ・プレイヤー1』の主人公たちはの「オアシス」というゲーム世界にのめり込んでいる。それを作ったハリデーというキャラクターがとても気になる。マーク・ライランスが演じてる。彼の登場場面で自分は吹き出してしまった。プレゼン会場で、まさにこれから「オアシス」を発表せんとするところ。口をポカンと開けてボーっとしてる。KYそのもの。グレーゾーンのITの天才といったところか。

ハリデーはこの物語の時系列では既に故人。彼が残した「オアシス」とその権利を得るために、彼自身がゲーム内に隠したカギを探さなければならない。それはまさにRPG。ハリデー自身が魔法使いのアバターに化けて、主人公たちの行く先々に現れる。

ハリデーは自分の過去の職場での会話も公開している。そこで交わされた言葉の中に、ゲーム内のカギに繋がるヒントが隠されている。普通なら自分のプライベートなど晒したくないものだ。遺産を継がせる家族がいないハリデー。富と名声は得られたかもしれないが、孤独な人生が想像できる。誰かに自分の人となりを知って貰いたくて、この遺産相続ゲームを仕掛けたのかと思うと、悲しくなってくる。

ハリデーはゲームの中では魔法使いの賢者。確かにITの世界では神様みたいなレジェンド。でもレジェンドだって人間。人が人生の中でできることには限界がある。ハリデーが棺桶に片足突っ込んだとき、「あの時、あの年齢で、あのことをしておけば良かった」と後悔したのかと思うと、他人事ではなく恐ろしい。

自分はこの『レディ・プレイヤー1』は劇場では観れなかった。おそらく客層は『ブレードランナー2049 』と似ているだろう。自分は『ブレードランナー2049 』は公開初日のレイトショーで観た。劇場には40代以上の男性が多く、自分ですら若者の部類に入る。若い客もクセのありそうな人が見受けられる。上映終了後、連れ立ってたおじさんたちが、中学生みたいに、きゃあきゃあ映画の感想を語り合っている。それこそそのまま80年代にタイムスリップしたみたい。

映画をたまに観てストレス発散して、また明日から頑張って生きていく糧になるなら、健康的な趣味だ。でも『レディ・プレイヤー1』の世界みたいに、ゲームにどっぷりハマって、現実にやらなければならないことと向き合わずに逃避してしまったなら、その人の人生だけではなく、社会全体が荒んでしまう。

主人公は最後に、週2日はゲームをしない日を決めた。現実世界に生きること、エンターテイメントとの適切な距離間を模索しようとし始めた。観客は散りばめられたギミックに惑わされがちだが、映画はエンターテイメントに飲み込まれた社会に警鐘も鳴らしてる。まやかしが念入りなので、この笛吹童子になびいてしまうおじさんは、かなり多いはず。

自分は子どもたちとこの映画を観た。単純なストーリーなので、子どもたちも理解できる。80年代ポップカルチャーを知ろうが知らぬが関係ない。だからこそ「子どもだまし映画」というよりは「オヤジだまし映画」といったところか。

作中、80年代ポップカルチャーを分析する企業が登場する。そのブレインたちは悪人ではなさそうだが、運動不足の不健康そうな面々ばかり。制服もダサい。なかなかイジワルな意図のキャスティング。彼ら彼女らはオタクのプロフェッショナル。かなり頼りない。

オタクと学者は似て非なる存在。前者は人が作ったものにぶら下がって、自分の好きなものしか興味がない。後者はなにがし新しい解釈で、世のためにならんと功績を挙げていく。内にこもっていくものと、外に向けて発信していくもの。

所詮ポップカルチャーは商売先にありきでできた文化。興奮のそれも技術ゆえの生産物。娯楽からの受動的な興奮では、人生は切り開けない。エンターテイメントは、軽く付き合えば楽しいが、どっぷり浸かりすぎれば人生もメチャクチャにする。インプットとアウトプットの作用。何某かの行動に開花せねば、そのままなにも起こらず年を取るだけ。現実は残酷だ。

オタクの代表選手で、成功者であるハリデー=スピルバーグは、まるで「そんな自分のような轍は踏むなかれ」と言っているようにも思える。これは深読みか?

関連記事

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』 言わぬが花というもので

大好きな映画『この世界の片隅に』の長尺版『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』。オリジナル

記事を読む

『さよなら、人類』ショボくれたオジサンの試される映画

友人から勧められたスウェーデン映画『さよなら、人類』。そういえば以前、この映画のポスターを見

記事を読む

『坂の上の雲』 明治時代から昭和を読み解く

NHKドラマ『坂の上の雲』の再放送が始まった。海外のドラマだと、ひとつの作品をシーズンごとに

記事を読む

no image

『鉄コン筋クリート』ヤンキーマインド+バンドデシネ

アニメ映画『鉄コン筋クリート』が公開されて今年が10周年だそうです。いろいろ記念イベントやら関連書籍

記事を読む

『ワンダーウーマン1984』 あの時代を知っている

ガル・ガドット主演、パティ・ジェンキンス監督のコンビでシリーズ第2作目になる『ワンダーウーマ

記事を読む

『ゴールデンカムイ』 集え、奇人たちの宴ッ‼︎

『ゴールデンカムイ』の記事を書く前に大きな問題があった。作中でアイヌ文化を紹介している『ゴー

記事を読む

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している『世にも奇妙な物語』をすぐ思い

記事を読む

no image

イヤなヤツなのに魅力的『苦役列車』

  西村堅太氏の芥川賞受賞作『苦役列車』の映画化。 原作は私小説。 日本の人

記事を読む

no image

映画づくりの新しいカタチ『この世界の片隅に』

  クラウドファンディング。最近多くのクリエーター達がこのシステムを活用している。ネ

記事を読む

no image

『赤ちゃん教育』涙もろくなったのは年齢のせいじゃない?

  フランス文学の東大の先生・野崎歓氏が書いた育児エッセイ『赤ちゃん教育』。自分の子

記事を読む

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

『cocoon』 くだらなくてかわいくてきれいなもの

自分は電子音楽が好き。最近では牛尾憲輔さんの音楽をよく聴いてい

『僕らの世界が交わるまで』 自分の正しいは誰のもの

SNSで話題になっていた『僕らの世界が交わるまで』。ハートウォ

『アフリカン・カンフー・ナチス』 世界を股にかけた厨二病

2025年の今年は第二次世界大戦から終戦80周年で節目の年。そ

→もっと見る

PAGE TOP ↑