*

『ブラックパンサー』伝統文化とサブカルチャー、そしてハリウッドの限界?

公開日: : 映画:ハ行, 音楽

♪ブラックパンサー、ブラックパンサー、ときどきピンクだよ〜♫

映画『ブラックパンサー』公開当時、息子の幼稚園で流行っていた歌。果たしてこの歌の起源はどこからなのだろう? ブラックパンサーはともかく、ピンクパンサーを知っているならそれなりの年齢だ。とても幼稚園児が作った歌とは思いがたい。謎は深まるばかり。

ディズニー・マーベルで仕掛けられているアメコミヒーロー映画『マーベル・シネマティック・ユニバース』の一作『ブラックパンサー』。先日は地上波テレビで初放送だった。

映画公開当時、ラジオではケンドリック・ラマーのサントラがヘビーローテーションしていた。こんなカッコいい曲が、本編のアクションシーンで映像にシンクロしてかかったら、さぞかし名場面になるだろうと予感した。まさかエンディングだけの楽曲使用とか、劇中のレストランとかの店内BGMみたいなダメな使い方だけはしないでよって思っていたのだが……。

というわけで、自分にとっては『ブラックパンサー』自体は凡庸な作品というイメージだった。あとからアカデミー賞とるべき映画だとか言われ始めてきた。戒律の厳しいイスラム圏の映画館で、女性も観に来ていい初の映画だとかニュースも伝わってきた。なんだか国際的には意味深い作品のようだぞ。

日本のような島国で、ほぼ単一民族みたいになっている国からこの映画を観てしまうと、かなり温度差がある。世界の流れから蚊帳の外。『ブラックパンサー』のような、アフロカルチャーをベースにしたハリウッド映画が生まれることは凄いことなんだと、後から世界の反応に驚かされる。結局この『ブラックパンサー』も、アカデミー賞三部門受賞している。

アカデミー賞は、ホワイトウォッシュなどと揶揄されている。白人ばかりが評価される白人のための映画祭典のイメージがあり、それを払拭させようと必死になっている傾向がある。多種多様な文化が公平に認められていくのはとてもいいことだ。

そして、いままでは「白人だけの文化で何が悪い!」と、白人至上主義で開き直っていたアメリカの文化が、立ち行かなくなっているのも感じられる。

アメリカでの映画ファン層の多くは、アフリカ系の人たちに支えられている。白人だけの文化礼賛では、その大事な客層も逃してしまう。『ブラックパンサー』の高評価は、アフリカ系アメリカンに対するコビ売りとも邪推してしまう。

しかも本年度のアカデミー賞は、韓国映画の『パラサイト』。アメリカからしたら外国映画で外国語で製作された映画。そもそもアメリカのアカデミー賞など狙って製作された映画ではないはず。いくら面白い作品であっても、ハリウッドの動揺を感じずにはいられない。

このアメリカの映画賞を韓国映画が獲得したことに対して、トランプ大統領の差別的な発言が象徴的だ。彼の映画体験は50年くらい前でとまっている。まあおじいちゃんだから仕方ないのだけど。

とどのつまり、ハリウッドの実情は、現代では揺らぎ始めているようにも感じる。

先頃のワインスタインのセクハラ騒動が露呈して、ハリウッドは夢の都どころか、一般社会よりも汚れている部分も明るみにされてきた。結局「夢の都」も「金の都」に成り下がってしまったのだろうか? 悲惨な現実を見せつけられたら、そりゃあ憧れる人も減ってしまうだろう。

映画『ブラックパンサー』は、私にとっては最初はピンとこない映画だった。今回のテレビ放送で再編集されたバージョンを観ると、この映画の主人公は悪役の方だと分かった。

この映画の悪役・キルモンガーを演じたマイケル・B・ジョーダンがカッコいいのもあるし、声優さんが『スターウォーズ』のカイロレンと同じ津田健次郎さんというのもある。凛々しさと哀しみのある悪役。夢半ばで散った父親の意志を継いで革命を起こしたかった男。とても魅力的だ。キルモンガーを主人公としてみると、差別社会へのメタファーも見えてくる。そもそも映画の冒頭の会話は、幼いキルモンガーと父親の読み聞かせの形式のナレーションで始まる。そうみると、かなりやるせない物語だ。

物語において悪役は重要だ。悪役が魅力的でないと、勧善懲悪作品は面白くない。悪役にはハッキリとした目標がある。でも正義の味方は、その目標を阻止することしか仕事がない。悪役が活躍してくれなければ、正義の味方は何もすることがないのだ。これは皮肉。

不寛容な世の中では、自称正義の味方が弱者を攻撃してしまいがち。この映画の先代ブラックパンサーが、キルモンガーのお父さんを殺してしまう場面には、理不尽な気持ちしかない。自分も父親になったせいか、小さな子どもが、親を亡くす場面には胸が締め付けられる。

猫背なアジア人からすると、ピンと背筋を伸ばしたアフリカンの民族衣装姿は憧れる。その伝統衣装をモチーフにSFにデザインしたなら、カッコいいに決まってる。とくに女隊長のオコエ姉さん、カッコよすぎだし。

ただ個人的に『ブラックパンサー』は、「果たして正義とはなんぞや?」と問いてくる映画になってしまった。これは作品の意図とは違うのかもしれない。いろんな意味でこの映画は、私にとっては「思ってたのとは違う映画」だった。さて、作品の真意は如何に。

関連記事

no image

『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』ブラックって?

  ネット上の電子掲示板『2ちゃんねる』に たてられたスレッドを書籍化した 『ブ

記事を読む

『きみの色』 それぞれの神さま

山田尚子監督の新作アニメ映画『きみの色』。自分は山田尚子監督の前作にあたるアニメシリーズ『平

記事を読む

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』 長いものに巻かれて自分で決める

『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズの劇場版が話題となった。『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』というタイトルで

記事を読む

『めぐり逢えたら』男脳女脳ってあるの?

1993年のアメリカ映画『めぐり逢えたら』。実は自分は今まで観たことがなかった。うちの奥さん

記事を読む

『うる星やつら 完結編』 非モテ男のとほほな詭弁

2022年の元日に『うる星やつら』のアニメのリメイク版制作の発表があった。主人公のラムが鬼族

記事を読む

『君の名前で僕を呼んで』 知性はやさしさにあらわれる

SF超大作『DUNE』の公開も間近なティモシー・シャラメの出世作『君の名前で僕を呼んで』。イ

記事を読む

no image

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でリアル・タイムトラベル

  なんだか今年は80年代〜90年代の人気映画のリブート作やリメイク作が目白押し。今

記事を読む

no image

『バッファロー’66』シネクイントに思いを寄せて

  渋谷パルコが立て替えとなることで、パルコパート3の中にあった映画館シネクイントも

記事を読む

no image

『ハクソー・リッジ』英雄とPTSD

メル・ギブソン監督の第二次世界大戦の沖縄戦を舞台にした映画『ハクソー・リッジ』。国内外の政治の話題が

記事を読む

『リメンバー・ミー』 生と死よりも大事なこと

春休み、ピクサーの最新作『リメンバー・ミー』が日本で劇場公開された。本国アメリカ公開から半年

記事を読む

『ブータン 山の教室』 世界一幸せな国から、ここではないどこかへ

世の中が殺伐としている。映画やアニメなどの創作作品も、エキセン

『関心領域』 怪物たちの宴、見ない聞かない絶対言わない

昨年のアカデミー賞の外国語映画部門で、国際長編映画優秀賞を獲っ

『Ryuichi Sakamoto | Playing the Orchestra 2014』 坂本龍一、アーティストがコンテンツになるとき

今年の正月は坂本龍一ざんまいだった。1月2日には、そのとき東京

『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』 刷り込み世代との世代交代

今度の新作のガンダムは、『エヴァンゲリオン』のスタッフで制作さ

『ブラッシュアップライフ』 人生やり直すのめんどくさい

2025年1月から始まったバカリズムさん脚本のドラマ『ホットス

→もっと見る

PAGE TOP ↑