『きっと、うまくいく』 愚か者と天才の孤独
公開日:
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映画:カ行
恵比寿にTSUTAYAがまだあった頃、そちらに所用があるときはよくその店を散策していた。一頭地ということもあって、地元のTSUTAYAよりもレンタル料金が割高。だから自分が利用するなら当然地元のTSUTAYAなのだが、TSUTAYA恵比寿店のそのスノビッシュな感じも楽しかった。レンタルビデオ屋なのに美術館みたいな雰囲気。地元とあまりに違う。
TSUTAYAには店内貸出ベストランキングで作品が陳列されている。何を観ようか迷ったときに、ジャケットから作品を選ぶ楽しさもある。そのベストランキングは店ごとに算出されているらしく、同じTSUTAYAといっても店によって順位が微妙に違う。その店々の個性を感じるのもTSUTAYA巡りの楽しみ。
TSUTAYA恵比寿店は、他の店のランキングとはまるきり違う。ベストテンにはアート系やヨーロッパの映画が多い。ウディ・アレンの過去作品も複数ランクイン。やっぱり恵比寿は違うね〜。地元のTSUTAYAだったら、ランキングのほとんどがハリウッドのアクション大作映画ばかりだろう。果たして本心から恵比寿住民が、好んでアート映画ばかり観ているのだろうか。意地悪く邪推してしまう。
そのオシャレなTSUTAYA恵比寿店セレクションのなかに、インド映画の『きっと、うまくいく』もトップランキングしていた。インド映画のイメージは、歌って踊ってコテコテのギャグをかますボリウッド。このオシャレ映画ランキングにそぐわない。逆にかなり気になる。どんな映画だ?
『きっと、うまくいく』を絶賛している記事もあちこちにある。どうやらボリウッドでありながら、インドの社会問題をとりあげている作品らしい。自分は社会風刺を明るくコメディで描く作品は大好物。いつかは観なくてはと思っていた。なにせインド映画は上映時間が3時間。分刻みの生活をしている日本人にはそぐわない長丁場。これもまたカルチャーショック。そもそもこの映画に込められている社会風刺に共感できるのだろうか。
この映画の原題は『3 idiots』。『三馬鹿トリオ』とでも訳せばいいのか。邦題の『きっと、うまくいく』の方がいい。主人公のランチョーが、困難に立ち向かうとき、自分に言い聞かせる呪文「All is Well」からとっている。映画を観れば、なるほどとなるタイトル。たくさんの評判の声を信じて観てみよう。上映時間はたっぷりある。ゆっくり映画に付き合っていけばいい。
わかりやすいストーリーと、話の切れ目ごとに歌って踊る。いつものボリウッドのスタイルだけれど、登場人物の性格や物語を丁寧に伝えようとしているのがわかる。音楽が楽しい。エリート大学の寮生活が舞台。学生たちの一流になるべく苦学と格差社会。男が生まれたらエンジニア、女なら医者にならなければ高給は望めない社会。貧しさに思考がとどまった親たちは、自分の子どもたちに職業の選択肢を与えない。
人は選択肢がなくなると、心が参ってしまう。本人が好きで選んだ職業での勤勉なら、夢中になって仕事に取り組むこともできるだろう。自然と成果もついてくる。その一握りの成功例に縋り、一攫千金の夢をエンジニアの職業に託す危険。それによるインドでの若者の自殺者急増の深刻な問題へと繋がっていく。拝金主義の愚かさ。
エンタメ映画の題材として社会問題が取り上げられるときは、その問題がほとんど解決し始めたころ。多くの人が「あの考え方は間違いだったね」と自覚した社会で初めて成立する。多くの人の共感があってこその大ヒット。ただこの10年でインドが経済的に伸びてきたのも、このスパルタ社会の影響なのは確かなこと。経済中心社会になると、人権は無視される。その舵取りの難しさ。
驚いたのはこの『3 idiots』の3馬鹿学生を演じる3人は、アラフォー世代だということ。主人公のアーミル・カーンは、この映画の撮影当時44歳。実年齢と演じる役とは親子ほどの年齢差。映画では中年になった『3 idiots』も登場するが、そちらのルックスが本来の彼らの姿なのだろう。若い俳優が、メイクで老け役を演じることはよくあるが、今回はその逆。指摘されなければ、学生を演じる彼らが中年なのは気にならない。人は環境で作られる。
『3 idiots』と言うくらいなのだから、愚かな人たちの話なのかと勘違いしてしまう。主人公のランチョーは天才的な優等生。正義感が強く、学校の矛盾にもズバズバ口を出す。社会構造を変えたいと彼は言う。学長からしてみれば、困った存在でしかない。ランチョーは同調圧力も恐れない。自分に正直であることがいちばん大事。それは理想的な生き方。周りの学生たちも、彼の考え方に感化されていく。
いくらそれが正論であっても、それを貫いていくことは現実社会では難しい。ランチョーが動けば動くほど、彼は困難にぶつかっていく。自信満々に見える彼も、本当は怖い。だからこそ「All is Well」=「きっと、うまくいく」と、自分自身に言い聞かせている。革命家というものはいつも孤独。
ランチョーの言動は常に正しい。しかしそれは皮肉にも世の流れには背いている。誰もが心の奥底ではランチョーが正しいことは分かっている。現実にランチョーのような理想論を掲げた夢想家が、押し潰されていく姿は歴史も語っている。出る杭は打たれる。ジョン・レノンも坂本龍馬も暗殺された。
ランチョーは人々から尊敬される存在。でも孤独。自分の真の理解者はいないと、彼自身が分かっている。物語のミステリー要素として、ランチョーの失踪が第二の柱にある。ランチョーは孤独を受け入れている。自分がこのまま消えてしまっても、みんなすぐに忘れてしまうだろうと思っている。物事を改革して、そのまま去ってしまう。他人から見たらカッコいい存在、レジェンドだろう。だが本人からしてみればとてもやるせない。大人になって、仲間が自分を探していると知ったら、どんなに驚いて嬉しいことだろうか。
『きっと、うまくいく』は、社会の矛盾とよりよい世の中を説いている。もうひとつは、多くの人に気づきの種を蒔く、心優しき天才の孤独と生きづらさを描いている。本当の幸せは何なのか。それは誰にもわからない。だからこそ世界で創作物語が続々つくられているのだろう。世界にネットで繋がる現代社会。インドだろうが日本だろうが、文化の違いはあまり感じなくなった。
自分はよく人に道を聞かれる。コロナ禍前は、海外からの観光客にもよく道を尋ねられた。英語ならまだしも、他の国の言葉で声をかけられても答えようがない。
以前、インド人らしい若者3人組に、電車の乗り換えについて尋ねられた。ヒンディー語で語られたらどうしようと身構える。でも彼らが流暢に英語で話しかけてきた。予想外の展開に、また慌ててしまった。こちらも中学英語でしどろもどろ。彼らの英語は発音が綺麗。インド人ってスペック高い。
『きっと、うまくいく』に登場するエリート大学は、公用語が英語。インドがかつてイギリス統治下だった影響だろう。でもそれなら、アメリカと深い関係の日本だって似たようなもの。日本人のほとんどが未だに英語すら喋れない。
なんだか日本政府は「稼げる大学」づくりに動き出すとか。教育は投資。「稼げる大学」が字義通りの意味なのか。学歴主義や拝金主義が世界中で失敗した中、また日本だけ逆行してしまう懸念。お金は追いかければ逃げていく。
「成功は、正しい行いに後からついてくる」と、ランチョーは言っていた。もしかしたらそれは甘ったるい理想論かも知れない。でもその高い理想を掲げるからこそ、人は誇り高く生きていけるのだと思う。社会はいま一度、人ひとりの心の重要性について向き合っていく必要があるのかも知れない。
明日は9月5日。ランチョーとの約束の日だ。
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