『ニュー・シネマ・パラダイス』 昨日のこと明日のこと
『ニュー・シネマ・パラダイス』を初めて観たのは、自分がまだ10代の頃。当時開館したばかりのシネスイッチ銀座で観た。80年代後半は空前のミニシアターブーム。小難しいアート映画も人気があった。観客が映画館の個性を楽しんでいた。映画自体の内容がよくわからなくてもさほど気にならない。それより、まだ見ぬものへの好奇心の方が遥かに強かった。
今でこそシネスイッチ銀座も老舗映画館の印象だが、当時はフジテレビで宣伝を大々的にして、かなり強引に売り込んでいた。映画好きがシネスイッチ銀座に行かなくてどうすると、メディアに煽られていた。
メディアが語る映画の中心街は現在なら六本木、80年代なら銀座だった。今ではシネコンがどこの街にもある。好環境で映画鑑賞できる条件が揃っているので、映画館の個性も薄まっている。
『ニュー・シネマ・パラダイス』は、鑑賞前から良作であることが保証されていた。今ではエンニオ・モリコーネの音楽が、映画から独り立ちするくらい有名になった。そういえばモリコーネも死んじゃった。時の経つのは早い。
銀座まで遠征してきた学生の自分は、この大人の街に緊張していた。路地裏にあるその劇場を、映画情報雑誌『ぴあ』を片手に、ちょっと迷いながら探した。当時のシネスイッチ銀座は、現在のような防音設備がなかった。劇場内の換気扇のカタカタいう音が上映中気になった。
『ニュー・シネマ・パラダイス』は、中年になった主人公が少年時代を回想しながら物語が進む。主人公トトの子ども時代を演じるサルバトーレ・カシオ君が可愛いと、当時話題になった。映画に心酔していく主人公の姿。きっとこの映画の監督の半自伝的な映画なのかと思いきや、監督のジュゼッペ・トルナトーレは撮影当時はまだ30代前半。昔は良かったと、なんとも懐古的な映画をつくる。なんとも枯れた感性。
映画は中年になったトト少年の心情で描かれている。ラストシーン先にありき。中年時代を演じるジャック・ペランの表情が良い。物悲しいけれど、確かに大人になったトト少年がそこにいる。
この映画にはディレクターズ・カットの長尺版がある。トトの青年時代の恋愛模様や、中年時代の孤独な人生を描いている。劇場公開版ではよくわからなかったが、トトは映画監督になっていたらしい。でも正直、蛇足なエピソード。公開版でそれらの場面を割愛した監督のセンスの方が正しい。この映画は、映画に恋し、映画に一生を捧げた不器用な男の物語。やり直す機会はいくらでもあっただろうに、彼は夢の世界に留まった。青年時代に大恋愛をしたが、そのエピソードが退屈で、その恋がうまくいかなかったのも納得できる。トトは本当には相手の女性を想ってはいない。そんな生きづらさを抱えた寂しい男の人生は、ジャック・ペランの演技ですべて伝わる。ディレクターズ・カット版が、けっして完全版ではないことが、この映画が証明した。
この映画を観たときの自分は、まだ映画学校にも通っていない。トト青年と同年代。これからの人生、何にでもなれると思っていた。ジャック・ペラン演じる中年時代の心情など、想像すらできない。ファンタジーの記号。いま自分は、このジャック・ペランの年代になった。この映画を観たときのシネスイッチ銀座と、劇中に登場する映画館パラダイス座とが自分の記憶にダブってくる。諦めている中年のトトの心情がよくわかる。
『ニュー・シネマ・パラダイス』は、いまはPG12のレーティングがかかっている。性的場面もあるし、なにしろ大人たちがよく子どもたちを打っている。現代では明らかに虐待描写で苦情がきそう。トト少年だってただの悪ガキでしかない。大人たちも感心できるような立派な人は出てこない。みんな迷っている。
かつてイタリア人と日本人は感性が似ていると言われていた。名作となる映画が、やるせない悲劇を描いているものが多かったからかもしれない。センチメンタル好きなセンスは近いかもしれないが、国民性はだいぶ違う。おとなしくてイジイジしてしまう日本人からすると、イタリア人は明るく楽天的にみえる。隣の芝生は青く見える。
同じ映画を時間を経て再鑑賞するとき思い出すのは、その映画を初めて観たときの雰囲気や自分の状況。頭の中の引き出しの奥の方に閉じ込めてた当時の記憶が、昨日のことのように思い出される。映画体験とは不思議なものだ。
『ニュー・シネマ・パラダイス』は、自分の人生と完全にシンクロしてしまう。映画を観て、時に過去を振り返ることもあるだろう。映画はラストシーンを迎えて完結したけれど、人生はまだ続いている。生きている限りは、前を見ていかなければ先に進めない。『ニュー・シネマ・パラダイス』には死の匂いがする。トルナトーレ監督もジャック・ペランもまだ生きている。映画の続きは、彼らの存在が伝え続けている。人生これからも頑張って生きていかなければいけない。なんだか胸が痛くなってきた。
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