『フォレスト・ガンプ』 完璧主義から解き放て!
ロバート・ゼメキス監督、トム・ハンクス主演の1995年日本公開の映画『フォレスト・ガンプ』。主人公の名前をそのままタイトルにした作品を日本の配給会社は好まない。『一期一会』と、まったく蛇足なサブタイトルが邦題にはついている。
この映画の公開当時、友人が「これ絶対面白いよ!」と誘ってきた。友人のガールフレンドと自分と3人で映画を観た。自分はデートのお邪魔じゃなかったのかしら? 映画館は今はなき新宿プラザ。1,000人収容できる大きなハコ。現在は新宿TOHOシネマズのある場所にあった。自分はこの映画と同じゼメキス監督の前作、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズが大好き。同じ監督なら間違いないとこの映画を観た。巨大な劇場にも関わらず、客席は大入りだった。
トム・ハンクス演じるフォレスト・ガンプは知能指数が低い。小さい時からクラスメイトにいじめられている。ただ身体能力が異常に高く、いく先々で有名人となって成功していく。アメリカの近代史を文字通り駆け抜けるフォレスト。現代のみにくいアヒルの子。あたかも実在した人物の半生を描いた映画なのかと錯覚してしまう。当時の撮影技術を駆使して、歴史的人物とフォレスト・ガンプが対話をしてしまったりする。障害者という社会的弱者が、どんどん力をつけていく様はロールプレイングゲームのようなカタルシス。
映画を観ていた頃の二十代前後だった自分は、人生をものすごいスピードで駆け巡るフォレストを、ただ映像的に楽しんでいた。フォレストは障害の特性から物事を深く考えない。思い立ったら即行動、駆け出している。映画は彼の人生の総集編にみえてくるが、フォレストの体感ではきっとこれくらい早い展開で人生が進んでいるのだろう。シンプルに生きる。それがフォレスト・ガンプの人生。
フォレストの人生では、彼をバカにして辛くあたる人が多い。差別に対して社会もまだ考えがゆるい時代。そんなフォレストにも優しくしてくれた人はいる。彼のママとジェニー。兵役時代の戦友ババと上官のダン中尉。フォレストは単純ゆえ、彼らへの恩義は生涯貫く。彼の純真な誠意を、周りの人物たちが受け入れられるかが大きなテーマ。
映画は意図的に、すべてを描き切らない隙間を多くつくっている。フォレストの人生最愛の人ジェニーの存在が、初見の頃の自分には理解できなかった。フォレストは一途にジェニーを認めている。でも彼女はそれをいつもかわして去っていく。フォレストと対峙するのを避けている。ジェニーはやっぱり知的障害者のフォレストじゃイヤなのかなと思っていた。問題はそんなに単純なものではなさそうだ。
幼い頃のジェニーが、いじめられているフォレストに優しかったのは、けっして同情からではない。本編ではサラッと描かれている幼少期のジェニーの親からの虐待。それがその後の彼女の人生全てを狂わせている。ジェニーにとっては、フォレストは似た境遇の戦友みたいなもの。当事者が悲惨な現場から逃げ延びたからといって、物事が解決するわけではない。ジェニーの心の傷は、そう易々と癒えることはない。
ジェニーは家庭を持つことを望みながらも、それを恐れている。フォレストと一緒になれば幸せになれるのは、理屈ではわかっている。ジェニーを主人公にした映画なら、暗く重い作品になっていくだろう。あくまでフォレストの視点から見えるジェニーに踏みとどまっている。そこにセンスを感じる。御涙頂戴の浪花節にならないクールさ。
フォレストは深く考えないぶん、大きな思想の波にも流されていく。優秀な目立つ存在の人物は、政治的表舞台に担ぎ上げられる。でも本人に思想がないので、いつも周りが勝手にフォレストを神格化してしまっているだけ。欲のある普通の人ならば、それほど持ち上げられたら、きっと調子にのってお山の大将になってしまうだろう。フォレストはイデオロギーなんて興味がない。頭で考えないから運が味方する。それがいちばんのこの映画の面白さ。もちろん作品自体からは保守的な匂いは否めないけど、頭でぐちゃぐちゃ考えたらつまらない。良い意味でバカでいる。フォレストも言ってる「人をバカにする奴の方がバカなんだ」と。
フォレストがベトナム戦争に出征したときの上官、ダン中尉が興味深い。自信満々でプライドが高く、カリスマ性がある。戦場で両足を失ってから、彼はやさぐれてしまう。命を救ったフォレストに対して、「こんな惨めな姿になって死にぞこなった。なぜ助けた」と詰め寄ってくる。失敗を許さないダン中尉の人生観。完璧にこだわった彼が障害者となり、人の助けを必要とする存在になってしまった。彼はそれを受け入れられない。
ときとしてこだわりは、その人のモチベーションの後押しとなる。でも場合によっては、ただの足枷でしかなくなる。この映画はフォレストの物語。あくまでフォレストの視点で、ダン中尉が神様と仲直りするまでをみつめている。
衝動的なフォレストの人生。それと対比的に、悩み続けるフォレストの周辺の人物たち。ほとんどの観客は後者に属する。飛び抜けた存在のフォレストは、客観的には大成功の人生を送っているようにもみえる。でも英雄というものはたいてい孤独なもの。映画がラストシーンを迎えるころ、フォレストはまだ40歳代。人生はまだまだ続く。映画で描かれないその後のフォレストの人生はどんなだったか。やっぱり走り続けるのだろうか。たまには歩いてもいいのではと思ってしまうが、やっぱりそうはいかないのだろう。走り続けるのがフォレスト・ガンプなのだから。So, Run Forrest, RUN!
関連記事
-
『幸せへのキセキ』過去と対峙し未来へ生きる
外国映画の日本での宣伝のされ方の間違ったニュアンスで、見逃してしまった名作はたく
-
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』 それは子どもの頃から決まってる
岩井俊二監督の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を久しぶりに観た。この映画のパロ
-
『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 +(プラス)』 推しは推せるときに推せ!
新宿に『東急歌舞伎町タワー』という新しい商業施設ができた。そこに東急系の
-
『バンカー・パレス・ホテル』 ホントは似てる?日仏文化
ダメよ~、ダメダメ。 日本エレキテル連合という 女性二人の芸人さんがいます。 白塗
-
『ハンナ・アーレント』考える人考えない人
ブラック企業という悪い言葉も、すっかり世の中に浸透してきた。致死に至るような残業や休日出勤を
-
『美女と野獣』古きオリジナルへのリスペクトと、新たなLGBT共生社会へのエール
ディズニーアニメ版『美女と野獣』が公開されたのは1991年。今や泣く子も黙る印象のディズニーなので信
-
『ゴーストバスターズ アフターライフ』 天才の顛末、天才の未来
コロナ禍真っ只中に『ゴーストバスターズ』シリーズの最新作『アフターライフ』が公開された。ネッ
-
『鉄道員』健さんなら身勝手な男でも許せちゃう?
高倉健さんが亡くなりました。 また一人、昭和の代表の役者さんが逝ってしまいまし
-
『ベイマックス』 涙なんて明るく吹き飛ばせ!!
お正月に観るにふさわしい 明るく楽しい映画『ベイマックス』。 日本での宣伝のされかた
-
『怪盗グルーのミニオン大脱走』 あれ、毒気が薄まった?
昨年の夏休み期間に公開された『怪盗グルー』シリーズの最新作『怪盗グルーのミニオン大脱走』。ずっとウチ
- PREV
- 『ニュー・シネマ・パラダイス』 昨日のこと明日のこと
- NEXT
- 『アリオン』 伝説になれない英雄