『エクス・マキナ』 萌えの行方
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最終更新日:2021/11/21
映画:ア行

イギリスの独立系SFスリラー映画『エクス・マキナ』。なんともいえないイヤ〜な後味がする映画。心にのっぺりと澱が溜まってくるような感じ。R指定マークがこれでもかと強調されているディスクのレイアウト。確かに映画には性描写も暴力描写もある。でももっと深層的な部分に、この映画は闇をうったえてくる。それらはすべて作り手によって計算されたもの。
主人公の青年が美少女型AIロボットと恋をする。プロットだけ聞くと、なんとも日本のアニメにありそうな陳腐な現実逃避の題材。でもこの映画は辛口シニカル。
ハイパーテクノロジーはやがて、創作主の人間の能力を超えて反旗を翻す。淘汰されるは人間。古くから扱われるSFのテーマを踏襲。
AIと人間の駆け引きを描いているが、これは現代社会のねじれた男女関係のメタファーだ。「かわいい女の子は好き。でも女の子は怖い。ボクたち男にはわからないところまで見ていそうだから」そんな男たちは、その恐怖心を衒学者ぶって理論武装する。自分の方が上なんだと誇示するのに全神経を集中する。
日本のアイドル文化は、仕掛け人はみなおっさん。おっさんがおっさんの嗜好をとらえて、若い娘に演じてもらう。まさに同性から同性へのマッチョなホモソーシャル。精神的擬似恋愛ビジネス。そこには女性的な感性はない。若い娘は自分の体を媒介にしてアイドルを演じきる。アイドル=私は人形。幻の夢。
本編でもAIロボットをつくる理由に、原爆を発明したオッペンハイマーの言葉を引用している。人間は常に制御できないものに触れてしまう業があるって。またまたそうやって知的ぶって、ものごとの本質から目をそらしちゃう。
映画の舞台となる人里離れた山奥にある研究所。自然に囲まれたそれは、まるで高級リゾート地の別荘。凝ったインテリアや、ハイテク機器。快適を追求しているはずなのに、なぜだろう? 息がつまる。高価なもの最新なものが揃っていることが果たして幸せなのか? IT関係のオフィスにありがちなそれらは、そこにいる人たちに偏頭痛を促す。
この映画『エクス・マキナ』は、過去のSF作品が描いてきた警鐘を引き継ぎながらも、現代の虚無感をビジュアル的に表現している。虚栄を求める愚かしさと、足元にある小さな幸せに盲目的となることへの危険性。
人にはそれぞれ得手不得手がある。万能な人はいない。自分にはできないことを、いともたやすくこなすことができる人もいれば、自分が日々当たり前のようにやっていることが、他人から見たら感心されることだったりもする。これらの能力は老若男女に関係ない。男だから上だとか、女だから細やかだとか、若いから年長者だからとかでは判断できない。
人は不完全にできているぶん、孤立しないように協調する能力がついたのだろう。相手を自分の思い通りに統制したり、考えの違うものを排除してしまうのはたやすい。でも実のところ、そんなことばかりしている人は、多大なる損をしていることに本人だけが気づいていない。
まずは素直になって、自分には苦手なものがあることを隠さず認める。相手を尊重していくことの大切さ。まずは人と向き合うという、ささやかなこと。
映画は「AIとは?人間とは?」と壮大なことを言っているようだが、目の前にある現実の人間関係の方を強く感じさせる。それを怠った登場人物たちの顛末は、自業自得とはいえ、かなり手厳しい。
AIロボット・エヴァを演じるのは、スウェーデン出身のアリシア・ヴィキャンデル。次回作は、リブート版の『トゥームレイダー』での主人公ララ・クロフト役。なんでも『スター・ウォーズ』のデイジー・リドリーと役を競ったとか。エヴァとララ・クロフト、どちらもタイプが違うキャラクター。どんな風になるのか楽しみだ。
自分はこの『エクス・マキナ』での人間は男性、AIロボットは女性の象徴としてみていた。男の欲は地位や名声を手にして相手を支配すること。女の動機はシンプルで、ただ自由になりたいだけ。
男である自分は、耳の痛い描写が相次ぐ。モノ扱いされている女性の姿をみせられて、女性観客はきっと不快感を感じるだろう。映画のラストは男にとっては恐ろしいばかりだが、もしかしたら女性にはカタルシスがあるのかも? いや、そもそもこの映画、女子が興味を持つ要素がまったくないかもしらんが。
鬱発生装置みたいな映画だ。鑑賞後、ネガテイブ・ワールドにどっぷりハマって抜け出れなくなる人もいたのではないだろうか? R指定は妥当。深い毒のある映画だった。
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