*

『ヒミズ』 闇のスパイラルは想像力で打開せよ!

公開日: : 最終更新日:2021/04/18 映画:ハ行,

園子温監督作品の評判は、どこへ行っても聞かされる。自分も園子温監督の存在は『ぴあフィルムフェスティバル』で頭角を現し始めていた頃から知ってはいた。でも未だ彼の作品を一本も観たことがない。縁がないというのもあるが、自分からあえて避けていたようなところがある。どんなにみんなが良いと言っていても、彼の作風である殺伐な怖い雰囲気は、立ち入らない方が身のためだと直感していた。作品に負けて、自分が病気になりそうな感じ。

最近の国内完結型のマーケットの日本映画はどうでもいいけど、世界で評価されている作品には興味が湧く。この『ヒミズ』は、海外で先行公開されて、翌年に日本公開。海外での活動に主力を置いている。雑誌『映画芸術』ではその年のワースト2に選ばれ、『ヴェネツィア国際映画祭』では主演の染谷将太さんと二階堂ふみさんは新人賞のマルチェロ・マストロヤンニ賞を獲得している。まさに賛否両論。癖のある映画なのは確かだ。

東日本大震災の世界を描いたというのがとても興味深かった。震災が2011年で、その年にはこの映画は完成しているので、題材としてはまだ火がくすぶっている混沌とした時のものだ。

観てみてやっぱり怖い作品なのは冒頭からわかる。津波にあった街並みから映画は始まる。今でこそすっかり後片付けされて、平地となってしまった地域。今では撮りたくても取れない映像だ。

映画は息がつまるようなイヤな場面の連続だ。登場人物たちは冷静な精神状態の者は一人もいない。壊れているか壊れる寸前の人々ばかり。主人公たちの学校の先生も「みんなは明日の日本を担う『世界に一つだけの花』なんだ〜」と、SMAPの振り付きで毎日授業で語ってる。偽善臭プンプン。教師自身も現状を咀嚼できていない。怖くて仕方がないのだ。そんな大人、思春期の子どもたちから舐められるのは当然だ。かつて自分も抱いていた大人への不信感。ティーンエイジャー独特の尖った感覚を、生々しく捉えている園子温監督の感性はさすがだ。

この原作漫画は東日本大震災とは関係ないらしい。ただただディズトピアな狂った人たちの世界というだけなのだろう。そうなるとただの反社会的な映画にしかならない。人々が壊れてしまったのは、震災という個人ではどうしようもない事態に飲み込まれてしまったから。ただ狂人による犯罪映画では、荒んだ感性しか食いつかない。震災という未曾有の事態が、反社会的な物語を社会派の物語に変えていく。世界の人々は、今日本で何が起こっているのかを知りたいのだ。

映画公開時は、こんなディストピアな日本は、ファンタジーの世界だけだとたかをくくっていただろう。しかし震災から数年が経ち、未だに復興の目処もたたず、あいも変わらず原発の再稼働も進められている。フィクションが描いた最悪の事態が、2018年の現在では現実のものとなっている。

映画『ヒミズ』の中では、通り魔事件が異常多発している。実際はそんなことないと思いがちだが、最近では普段街を歩いているだけで、異常な殺気を放って歩いている人に出くわすことも多くなってきた。彼らが一線を越えないのは、たまたまだったのかもしれない。何かきっかけがあれば暴走しかねない危機。その隣を無防備な家族づれや学生が通り過ぎたりしてる。崖っぷちは案外背中合わせのすぐそばにあったりする。

自暴自棄になった主人公が、自分の命をせめて正しいことに使いたい。悪者を殺して社会のためになってから死にたいと願う。こんなくだりがなんだか今のスーパーヒーロー映画ブームにつながった。先日の南北朝鮮戦争の終結は、久々にハッピーなニュースだった。それでも世界中には長く続く不景気やキナ臭い話。日本では労働問題も深刻。どんなに頑張っても、未来がみえにくい世の中。自分一人の力ではもうどうすることもできない。超人的な力を持ち、正義のために尽くし、それが叶っていくことへの願望。アメコミブームは懐古主義なのものではなく、閉塞的な現代人の悲鳴に近いものなのかもしれない。

親にきちんと愛してもらえない不幸な主人公たち。この若い恋人たちは、絶望的な世界でささやかな幸せの姿を想像していく。暗く重く怖いことばかりの映画の中で、唯一救いのある場面だ。未来を想像する力、自分はこうなりたいとイメージして生きることで、もしかしたらこの負のスパイラルから抜け出せるかもしれない。

以前テレビの反社会的集団を担当した刑事のドキュメンタリーでその人が言っていた。「少しでも親に愛されていると実感した人ならば、絶対に反社会的な集団には入っていかない。どこかで踏ん張れる。愛されない子どもをなくすことが治安を良くするいちばんの近道だ」

この映画『ヒミズ』では、大人たちが若者の未来のために犠牲になろうとする。でも老人だって夢を見てもいいはず。自分がハッピーな姿を若者に示してゆける。そんな輝いている人生の先輩たちの背中を見て、若者たちも「生きること」への夢が見られる。それは理想論なのだろうか。

ついこの前までは、底辺の暮らしをする荒んだ人々が描かれるなど、現代が舞台の日本映画ではありえないように思えていた。このようなテーマの映画は、時代モノや発展途上国の社会派作品のイメージだった。残念ながら2018年の現代日本では、この『ヒミズ』はファンタジーでもなんでもなく、リアリティのある物語だ。だからこそこの映画が怖いのだ。映画製作時の2011年からすると、悪い方への未来予測が当たってしまったことになる。日本はこれからどこへ向かうのだろうか。

園子温監督の映画はやっぱり疲れる。パンチが効き過ぎてダメージが強い。体調がいい時に観ないとヤバいことになる。関わったスタッフ・キャストは、無事現世に戻ってこれたのかしら? かなりの劇薬映画だ。その効能は良いものなのか悪いものなのかさっぱりわからない。マジでエグい映画だぞ。

関連記事

no image

ある意味アグレッシブな子ども向け映画『河童のクゥと夏休み』

  アニメ映画『河童のクゥと夏休み』。 良い意味でクレイジーな子ども向けアニメ映画

記事を読む

no image

『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』90年代以降から日本文化は鎖国ガラパゴス化しはじめた!!

  NHKで放送していた 『ニッポン戦後サブカルチャー史』の書籍版。 テレビ

記事を読む

『鬼滅の刃 無限列車編』 映画が日本を変えた。世界はどうみてる?

『鬼滅の刃』の存在を初めて知ったのは仕事先。同年代のお子さんがいる方から、いま子どもたちの間

記事を読む

no image

『ひとりぼっちを笑うな』蛭子さんはハルクの如し

最近、蛭子さんの言葉が流行っているらしい。蛭子さんとは、マンガ界のヘタウマ天才と言われ、タレントとし

記事を読む

『復活の日』 日本が世界をみていたころ

コロナ禍になってから、ウィルス災害を描いた作品が注目され始めた。小松左京さん原作の映画『復活

記事を読む

『トクサツガガガ』 みんなで普通の人のフリをする

ずっと気になっていたNHKドラマ『トクサツガガガ』を観た。今やNHKのお気に入り俳優の小芝風

記事を読む

『ホドロフスキーのDUNE』 伝説の穴

アレハンドロ・ホドロフスキー監督がSF小説の『DUNE 砂の惑星』の映画化に失敗したというの

記事を読む

no image

『her』ネットに繋がっている時間、私の人生は停まっている

スパイク・ジョーンズ監督作品『her/世界でひとつの彼女』は、本格的なSF作品としてとても興味深い。

記事を読む

『沈黙 -サイレンス-』 閉じている世界にて

「♪ひとつ山越しゃホンダラホダラダホ〜イホイ」とは、クレイジー・キャッツの『ホンダラ行進曲』

記事を読む

『ベイマックス』 涙なんて明るく吹き飛ばせ!!

お正月に観るにふさわしい 明るく楽しい映画『ベイマックス』。 日本での宣伝のされかた

記事を読む

『サタンタンゴ』 観客もそそのかす商業芸術の実験

今年2025年のノーベル文化賞をクラスナホルカイ・ラースローが

『教皇選挙』 わけがわからなくなってわかるもの

映画『教皇選挙』が日本でもヒットしていると、この映画が公開時に

『たかが世界の終わり』 さらに新しい恐るべき子ども

グザヴィエ・ドラン監督の名前は、よくクリエーターの中で名前が出

『動くな、死ね、甦れ!』 過去の自分と旅をする

ずっと知り合いから勧められていたロシア映画『動くな、死ね、甦れ

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

→もっと見る

PAGE TOP ↑