『バーフバリ』 エンタメは国力の証
公開日:
:
最終更新日:2021/08/26
映画:ハ行

SNSで話題になっている『バーフバリ』。映画を観たら風邪が治ったとまで言われてる。この映画を語る声はみなアツい。ミーハーな映画ファンである自分は、そんな作品を無視する訳にはいかない。そういえばインド映画は『ムトゥ 踊るマハラジャ』以来かも。
映画が始まってすぐピンときた。この映画はハナっから世界標準を意識して製作されている。タイトルバックが英語表記。本編は自国語でも、観客への訴求はインド国内で完結するつもりはさらさらない。
ハリウッド映画以外の海外作品が日本公開される基準は、自国でヒットしたり話題になってから配給されてくる。それなりに良質な作品が選別されて海を渡ってくるのだから、日本で観れる海外作品は面白いのが多いのは当たり前。逆に海外進出できないような作品は、どんなに国内でヒットしても、世界の感覚からはズレたガラパゴス映画だと思われる。
『バーフバリ』も、たまたまインドでヒットして、たまたま日本でもウケたくらいの映画だろうと侮っていた。インドは映画大国なので有名だが、なかなか国外ではマニアックなジャンル。だから『バーフバリ』も、発掘された名作だと思っていた。
実際に観てみると、ビックリするような製作費がかかっている。国自体がバックアップしているとしか思えないない。世界で売り込む気満々だ。まさに国をかけた一大事業が、映画『バーフバリ』なのではないだろうか。
そういえば、なんだかこんな感じの映画プロジェクト、前にもあった。
ピーター・ジャクソン監督の『ロード・オブ・ザ・リング』が、打倒ハリウッドを掲げ、ニュージーランドの底力を世界に見せつけてやらんと、ついにはアメリカのアカデミー賞を獲得したなんて前例がある。
中国のジョン・ウー監督作品『レッド・クリフ』は、初めから世界に向けて発信された映画だ。きっと『ロード・オブ・ザ・リング』に触発されて、我が国にもこれくらいの規模の作品は作れないかと。有名な『三国志』を原作に、ハリウッドでも活躍してるジョン・ウーを監督に起用したのではないだろうか。
中国は『レッド・クリフ』のあとぐらいから、ものすごい勢いで経済大国になっていった。『バーフバリ』には、それらの作品に流れている気骨を感じる。カルチャーはその国の状況を如実に映し出す。インドの国の現状もきっと、上向き状態になるのをくすぶらせているのだろう。
国が力を貸さなければ、これだけの大スペクタクル映画は作れない。でも肝心なのは、「カネは出してもクチは出さない」こと。カネを出したのだから、作品に口出ししたくなるのはヤマヤマだが、出資者がとやかく言い出したら作品はメチャクチャになる。たとえ映画を作る資金が集まっても、クリエイターが本来目指したかったものと違うものになったら本末転倒。ならばはじめから作らない方がいい。クリエイターと出資者との信頼関係という、大人同士のやりとりがあるからこそ、良い仕事は成立していく。これは映画産業だけに限らないことだ。
ある国ではエンタメを国力を増強させるツールと使い、ある国では政治利用ばかりで投資や育成はまったくしない。後者のスタンスでは、その業界の将来的な空洞化は誰でも想像できる。ただそういった国内の産業すべての更地化が目的ならば、国策はブレることなく邁進している。海外企業に国内の経済・産業を受け渡す準備は急ピッチで進んでる。
さて『バーフバリ』の話に戻そう。この映画のハリウッドの超大作を意識したビジュアルや音響は、従来のそれとはまた趣が異なって新鮮だ。主人公を演じるプラバースも、「この人、ホントにカッコいいの?」と訝っていると、だんだん「バーフバリ様についていきたい!」と心変わりしてしまう。一時間かけて、登場人物紹介する。この調子ではいつまでたっても主人公が活躍しない。そう、この映画は最初から二部構成で作られている。ヒットしたから、後付けで続編を作るのとは訳が違う。絶対ヒットすると賭けて製作開始している。本領発揮は二作目からだと。
このインドの一大エンタメ・プロジェクト。世界中の映画ファンを虜にしたんだから、大成功だ。夢や現実の折り合いをつけ、信頼関係のもとに成果をあげる。泥臭さも美徳となる。映画を取り巻くダサカッコいい世界観はクセになる。まあ強いて欠点を言うならば、せめてR指定にならないような暴力描写の工夫は必要だったかも。そしたらもっともっと客層が広がっただろう。
関連記事
-
-
『パフューム ある人殺しの物語』 狂人の言い訳
パトリック・ジュースキントの小説『香水 ある人殺しの物語』の文庫本が、本屋さんで平積みされて
-
-
『ホームレス ニューヨークと寝た男』華やかさのまやかし
ドキュメンタリー映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』。映画公開時もとても気になってい
-
-
『フロリダ・プロジェクト』パステルカラーの地獄
アメリカで起きていることは、10年もしないうちに日本でも起こる。日本は、政策なり事業なり、成
-
-
『ボーダーライン』善と悪の境界線? 意図的な地味さの凄み
映画『ボーダーライン』の原題は『Sicario』。スペイン語で暗殺者の意味らしい
-
-
『初恋のきた道』 清純派という幻想
よく若い女性のタレントさんを紹介するときに「清純派の◯◯さん」と冠をつけることが多い。明らかに清純派
-
-
『ハイドリヒを撃て!』 スタイリッシュな実録モノ
チェコとイギリス、フランス合作の映画『Anthropoid』というブルーレイを人から借りた。
-
-
『ホットスポット』 特殊能力、だから何?
2025年1月、自分のSNSがテレビドラマ『ホットスポット』で沸いていた。自分は最近ではほと
-
-
『星の王子さま』 競争社会から逃げたくなったら
テレビでサン=テグジュペリの『星の王子さま』の特集をしていた。子どもたちと一緒にその番組を観
-
-
『ピーターラビット』男の野心とその罠
かねてよりうちの子どもたちがずっと観たがっていた実写版映画『ピーターラビット』をやっと観た。
-
-
『ベルリン・天使の詩』 憧れのドイツカルチャー
昨年倒産したフランス映画社の代表的な作品。 東西の壁がまだあった頃のドイツ。ヴィム・ヴェン
