『ボス・ベイビー』新しい家族なんていらないよ!

近年のドリームワークス・アニメーションの作品が日本では劇場公開されなくなっていた。『ヒックとドラゴン2』や『カンフー・パンダ3』は日本以外の海外では大ヒット。『トロールズ』のジャスティン・ティンバーレイクが歌う主題歌こそは日本でも有名だが、これがドリームワークスのアニメ映画のオリジナル曲だなんて、ほとんどの日本人が知らない。もう日本は世界的に文化の鎖国をしてしまったのだろうと失望していた。
ドリームワークスのアニメ作品は、劇場公開こそされなくなったが、忘れた頃にビデオスルーで、ひっそりとレンタル店に並んだり配信がされている。今回の『ボス・ベイビー』から配給が20世紀フォックスからユニバーサルに移行した。これによって晴れて日本でも、ドリームワークス・アニメーション作品が劇場公開されるルートを取り戻した。
ウチの子たちも『ボス・ベイビー』は、ずっと観たいと言っていた。自分は最近の日本のアニメには首を傾げてしまうが、海外作品ならば観てもいいかと思える。それを子どもたちも知っていて、『ボス・ベイビー』を選んでいるようだ。
ドリームワークス・アニメーションの作風は、『ヒックとドラゴン』みたいな大人の鑑賞にも耐え得る映画的なものもあれば、『マダガスカル』みたいな小さな子どもに向けて作っているような作品と、完全に線引きされている。『ボス・ベイビー』は、ひと昔のCGアニメのような、ソフトビニールみたいにデフォルメされた表現がされている。あえていまローテク?と一瞬訝ったが、これは子ども向けに作った作品だとすぐ理解した。子どもは、シンプルな分かりやすい世界が好きだ。
レンタルしてきたブルーレイには、日本語吹き替え版が2パターン収録されている。ひとつは機内上映用の20世紀フォックスが作成したもの。もうひとつはユニバーサル版の日本劇場公開版。
前者はチョーさんとか、上手い子役さんとかで構成されている。後者はボス・ベイビー役にムロツヨシさんを配して、配役もタレントさんを起用した派手なキャスティング。
自分はプロの声優さんバージョンの方が聴きやすくて良かったが、ウチの子どもたちはタレントさんバージョンの方が好きだったみたい。耳に馴染みやすい演技をする、日本のプロの声優さんの、いい意味で没個性の芝居の技術の高さに関心してしまう。声優という声だけの芝居をする演者は、日本独特のものだ。
『ボス・ベイビー』は、子どもにとって切実な問題を描いている。主人公の7歳半の少年ティムはひとりっ子。ある日スーツを着た変な赤ん坊が我が家にやって来た。
赤ん坊は家中を仕切って乗っ取り出す。まるで彼のために我が家が機能しているみたい。この赤ん坊にパパとママは、完全に振り回されている。みんなは赤ん坊を「かわいい」と言うけれど、なんだよ表情や仕草はおっさんみたいじゃないか。はやくこの「おっさん赤ん坊」を、家から追い出さないと大変なことになるぞ。
実はこれ、ファンタジーでもなんでもない。新しく赤ちゃんが生まれて、若いパパとママがてんやわんやになっているだけ。いままで両親の愛情を独り占めしてきたティムにとっては、突然侵略者がやって来たようにしか見えない。第二子が生まれたときの、第一子が迎える悲劇。
自分はひとりっ子だったので、この映画みたいな葛藤の経験はない。だけど自分の子どもたちをみていると、特に幼少期はこのような静かな攻防戦があったのが見受けられる。小さなうちから人間関係の荒波に揉まれ、我が子ながら、親よりはるかに高いスキルを獲得している。
第一子は第二子に愛情を奪われまいと必死だが、まだ赤ん坊の第二子だって、親が自分の面倒をみてくれなければ、生死に関わる。無意識下で親の気を引こうと、泣いてみたり、新生児微笑を浮かべてみたりといろいろ試してくる。親の愛情を得んがためとはいえ、親の気持ちと裏腹に、残酷なやりとりがなされているものだ。人の行動にはすべて裏表がある。
第二子の写真をパパとママが撮っていると、すかさず第一子が「自分も撮って」とせがんでくる。第一子の支度をパパとママが手伝っていると、突然第二子がギャン泣きしてその邪魔をする。この騒ぎは毎日24時間、おかまいなしで連続される。パパとママはたまったものじゃない。
子どもたちには風刺や比喩はわからない。ボス・ベイビーという特殊な赤ん坊がティムの家にやって来たんだと、目に見えるそのままを受け入れる。この映画はファンタジーでもなんでもないんだよと、親として補足しなければならない。
物語が作られる動機には、必ず起源がある。ただ作られたものを受動的に観るだけでなく、作っている人の人柄や背景を洞察していく力は子どもたちにつけて欲しい。
最近思うのは、観たり聞いたり読んだりしたものを、自分自身で咀嚼して言葉にできるようにしていくことがかなり重要だということ。それが本当の「身になる鑑賞」だと。ただ情報のシャワーに溺れるだけでは、感覚が鈍ってしまう。これができないとただのオタクになってしまう。エンタメには中毒性があるので「もっともっと」と類似物のジャンキーになっていく。オタクの人生があまりハッピーなものでないのは、我々は実生活でよく知っている。気をつけなければいけない。
関連記事
-
-
『ふがいない僕は空を見た』 他人の恋路になぜ厳しい?
デンマークの監督ラース・フォン・トリアーは ノルウェーでポルノの合法化の活動の際、発言して
-
-
『百日紅』天才にしかみえぬもの
この映画は日本国内よりも海外で評価されそうだ。映画の舞台は江戸時代。葛飾北斎の娘
-
-
『キングスマン』 威風堂々 大人のわるふざけ
作品選びに慎重なコリン・ファースがバイオレンス・アクションに主演。もうそのミスマッチ感だけで
-
-
『HAPPYEND』 モヤモヤしながら生きていく
空音央監督の長編フィクション第1作『HAPPYEND』。空音央監督の前作はドキュメンタリー音
-
-
『ダイナミック・ヴィーナス』暴力の中にあるもの
佐藤懐智監督と内田春菊さん[/caption] 今日は友人でもある佐藤懐智監督の『ダイナミッ
-
-
『若草物語(1994年)』本や活字が伝える真理
読書は人生に大切なものだと思っている。だから自分の子どもたちには読書を勧めている。 よ
-
-
『きゃりーぱみゅぱみゅ』という国際現象
泣く子も黙るきゃりーぱみゅぱみゅさん。 ウチの子も大好き。 先日発売され
-
-
『推しの子』 キレイな嘘と地獄な現実
アニメ『推しの子』が2023年の春期のアニメで話題になっいるのは知っていた。我が子たちの学校
-
-
『ベルサイユのばら』ロックスターとしての自覚
「あ〜い〜、それは〜つよく〜」 自分が幼稚園に入るか入らないかの頃、宝塚歌劇団による『ベルサイユの
-
-
『ハイキュー‼︎』 勝ち負けよりも大事なこと
アニメ『ハイキュー‼︎』の存在を初めて意識したのは、くら寿司で食事していたとき。くら寿司と『
- PREV
- 『希望のかなた』すべては個々のモラルに
- NEXT
- 『犬ヶ島』オシャレという煙に巻かれて
