*

『ボス・ベイビー』新しい家族なんていらないよ!

公開日: : 最終更新日:2020/03/28 アニメ, 映画:ハ行

近年のドリームワークス・アニメーションの作品が日本では劇場公開されなくなっていた。『ヒックとドラゴン2』や『カンフー・パンダ3』は日本以外の海外では大ヒット。『トロールズ』のジャスティン・ティンバーレイクが歌う主題歌こそは日本でも有名だが、これがドリームワークスのアニメ映画のオリジナル曲だなんて、ほとんどの日本人が知らない。もう日本は世界的に文化の鎖国をしてしまったのだろうと失望していた。

ドリームワークスのアニメ作品は、劇場公開こそされなくなったが、忘れた頃にビデオスルーで、ひっそりとレンタル店に並んだり配信がされている。今回の『ボス・ベイビー』から配給が20世紀フォックスからユニバーサルに移行した。これによって晴れて日本でも、ドリームワークス・アニメーション作品が劇場公開されるルートを取り戻した。

ウチの子たちも『ボス・ベイビー』は、ずっと観たいと言っていた。自分は最近の日本のアニメには首を傾げてしまうが、海外作品ならば観てもいいかと思える。それを子どもたちも知っていて、『ボス・ベイビー』を選んでいるようだ。

ドリームワークス・アニメーションの作風は、『ヒックとドラゴン』みたいな大人の鑑賞にも耐え得る映画的なものもあれば、『マダガスカル』みたいな小さな子どもに向けて作っているような作品と、完全に線引きされている。『ボス・ベイビー』は、ひと昔のCGアニメのような、ソフトビニールみたいにデフォルメされた表現がされている。あえていまローテク?と一瞬訝ったが、これは子ども向けに作った作品だとすぐ理解した。子どもは、シンプルな分かりやすい世界が好きだ。

レンタルしてきたブルーレイには、日本語吹き替え版が2パターン収録されている。ひとつは機内上映用の20世紀フォックスが作成したもの。もうひとつはユニバーサル版の日本劇場公開版。

前者はチョーさんとか、上手い子役さんとかで構成されている。後者はボス・ベイビー役にムロツヨシさんを配して、配役もタレントさんを起用した派手なキャスティング。

自分はプロの声優さんバージョンの方が聴きやすくて良かったが、ウチの子どもたちはタレントさんバージョンの方が好きだったみたい。耳に馴染みやすい演技をする、日本のプロの声優さんの、いい意味で没個性の芝居の技術の高さに関心してしまう。声優という声だけの芝居をする演者は、日本独特のものだ。

『ボス・ベイビー』は、子どもにとって切実な問題を描いている。主人公の7歳半の少年ティムはひとりっ子。ある日スーツを着た変な赤ん坊が我が家にやって来た。

赤ん坊は家中を仕切って乗っ取り出す。まるで彼のために我が家が機能しているみたい。この赤ん坊にパパとママは、完全に振り回されている。みんなは赤ん坊を「かわいい」と言うけれど、なんだよ表情や仕草はおっさんみたいじゃないか。はやくこの「おっさん赤ん坊」を、家から追い出さないと大変なことになるぞ。

実はこれ、ファンタジーでもなんでもない。新しく赤ちゃんが生まれて、若いパパとママがてんやわんやになっているだけ。いままで両親の愛情を独り占めしてきたティムにとっては、突然侵略者がやって来たようにしか見えない。第二子が生まれたときの、第一子が迎える悲劇。

自分はひとりっ子だったので、この映画みたいな葛藤の経験はない。だけど自分の子どもたちをみていると、特に幼少期はこのような静かな攻防戦があったのが見受けられる。小さなうちから人間関係の荒波に揉まれ、我が子ながら、親よりはるかに高いスキルを獲得している。

第一子は第二子に愛情を奪われまいと必死だが、まだ赤ん坊の第二子だって、親が自分の面倒をみてくれなければ、生死に関わる。無意識下で親の気を引こうと、泣いてみたり、新生児微笑を浮かべてみたりといろいろ試してくる。親の愛情を得んがためとはいえ、親の気持ちと裏腹に、残酷なやりとりがなされているものだ。人の行動にはすべて裏表がある。

第二子の写真をパパとママが撮っていると、すかさず第一子が「自分も撮って」とせがんでくる。第一子の支度をパパとママが手伝っていると、突然第二子がギャン泣きしてその邪魔をする。この騒ぎは毎日24時間、おかまいなしで連続される。パパとママはたまったものじゃない。

子どもたちには風刺や比喩はわからない。ボス・ベイビーという特殊な赤ん坊がティムの家にやって来たんだと、目に見えるそのままを受け入れる。この映画はファンタジーでもなんでもないんだよと、親として補足しなければならない。

物語が作られる動機には、必ず起源がある。ただ作られたものを受動的に観るだけでなく、作っている人の人柄や背景を洞察していく力は子どもたちにつけて欲しい。

最近思うのは、観たり聞いたり読んだりしたものを、自分自身で咀嚼して言葉にできるようにしていくことがかなり重要だということ。それが本当の「身になる鑑賞」だと。ただ情報のシャワーに溺れるだけでは、感覚が鈍ってしまう。これができないとただのオタクになってしまう。エンタメには中毒性があるので「もっともっと」と類似物のジャンキーになっていく。オタクの人生があまりハッピーなものでないのは、我々は実生活でよく知っている。気をつけなければいけない。

関連記事

no image

『ローレライ』今なら右傾エンタメかな?

  今年の夏『進撃の巨人』の実写版のメガホンもとっている特撮畑出身の樋口真嗣監督の長

記事を読む

『呪術廻戦』 邪悪で悪いか⁉︎

アニメ映画『呪術廻戦0』のアマプラ独占配信の予告を観て、『呪術廻戦』をぜんぶ観たくなった。実

記事を読む

『ベニスに死す』美は身を滅ぼす?

今話題の映画『ミッドサマー』に、老人となったビョルン・アンドレセンが出演しているらしい。ビョ

記事を読む

no image

『バトル・ロワイヤル』 戦争とエンターテイメント

深作欣二監督の実質的な遺作がこの『バトル・ロワイヤル』といっていいだろう。『バトル・ロワイヤル2』の

記事を読む

『映画大好きポンポさん』 いざ狂気と破滅の世界へ!

アニメーション映画『映画大好きポンポさん』。どう転んでも自分からは見つけることのないタイプの

記事を読む

『ブラック・クランズマン』明るい政治発言

アメリカではBlack Lives Matter運動が盛んになっている。警官による黒人男性に

記事を読む

『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』 25年経っても続く近未来

何でも今年は『攻殻機動隊』の25周年記念だそうです。 この1995年発表の押井守監督作

記事を読む

『ドラえもん のび太の宇宙英雄記』 映画監督がロボットになる日

やっとこさ子ども達と今年の映画『ドラえもん』を観た。毎年春になると、映画の『ドラえもん』が公

記事を読む

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』 これぞうつ発生装置

90年代のテレビシリーズから 最近の『新劇場版』まで根強い人気が続く 『エヴァンゲリオン

記事を読む

no image

『裸足の季節』あなたのためという罠

  トルコの女流監督デニズ・ガムゼ・エルギュヴェンが撮ったガーリームービー。一見した

記事を読む

『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』 映画鑑賞という祭り

アニメ版の『鬼滅の刃』がやっと最終段階に入ってきた。コロナ禍の

『ひとりでしにたい』 面倒なことに蓋をしない

カレー沢薫さん原作のマンガ『ひとりでしにたい』は、ネットでよく

『舟を編む』 生きづらさのその先

三浦しをんさんの小説『舟を編む』は、ときどき日常でも話題にあが

『さらば、我が愛 覇王別姫』 眩すぎる地獄

2025年の4月、SNSを通して中国の俳優レスリー・チャンが亡

『ケナは韓国が嫌いで』 幸せの青い鳥はどこ?

日本と韓国は似ているところが多い。反目しているような印象は、歴

→もっと見る

PAGE TOP ↑