*

『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』その扇動、のるかそるか?

公開日: : 最終更新日:2020/03/03 映画:ハ行,

『ハリー・ポッター』シリーズのスピンオフ『ファンタスティック・ビースト』の第二弾。邦題は『黒い魔法使いの誕生』とまた覚えずらい。原題は『Fantastic Beasts: The Crimes of Grindelwald』だから『グリンデルバルドの犯罪』といったところか。グリンデルバルドはこのシリーズの悪役の名前。ジョニー・デップが演じてる。作品を知ってる人なら、原題の方がわかりやすい。

スピンオフ作品は大抵つまらないものが多いものだが、この『ファンタスティック・ビースト』は面白い! というかこの第二作は、オリジナルの『ハリー・ポッター』をより一層パワーアップさせたような気がする。

『ファンタスティック・ビースト』シリーズは、原作のない映画オリジナルストーリー。脚本は『ハリー・ポッター』の原作者J.K.ローリングが自ら担当している。正当な関連作品だ。

実のところ自分は、第一作目の『ファンタビ』では、あまりノレずにいた。でもこの二作目からは、面白くてワクワクしっぱなしだった。『ハリー・ポッター』で登場した名称やキャラクターが所々に登場する。あれ、これってあの人なの? どこで登場したっけ? と、前シリーズを知ってる人には、推理小説を読んでいるような楽しさ。そうか自分はニュート・スキャマンダーにはあまり興味がなかったのだな。エディ・レッドメインさんごめんなさい。

本作では、若き日のダンブルドア校長が登場する。ジュード・ロウが演じてるから、若者ではなくすでに中年。いままでのダンブルドアと繋がらないくらいイケメン。『ファンタビ』は、イケメン中年ばかりが出てくる。これってローリングの趣味なのかしら?

当初、「ジュード・ロウ、ダンブルドアじゃないよな〜」って思っていたけど、実際に演じている姿を見ると、なんだか同一人物に見えてくるから不思議。ジュード・ロウが、かつてこの役を演じたマイケル・ガンボンやリチャード・ハリスを意識してるのがわかる。とくにマイケル・ガンボン。

ダンブルドアは賢者だけど、自分では何もしない抜け目ないところもある。人は彼に好感を抱くけど、ずるいところもある。かつては危険思想の魔法使いだったとか。ローリングの描くキャラクターは一筋縄ではいかない。

ジュード・ロウも、自分の家に来ているベビーシッターとデキてしまったこともあるらしい。容姿がいいとそれだけで人から好かれる。その他者からの反射的な好意をすべて受け入れていたら、それはそれで身がもたない。おそらくジュード・ロウは、その無差別な好意にいちいち応えているのかも。なんとも人たらしな!

話は戻って『ファンタビ2』。

映画は魔法使いと、そうでない普通の人間との対立を描いている。いま世界中が閉塞感を感じている。ファンタジーのスタイルを取りながらも、作品は差別問題に触れている。

人間の愚かしさを伝えるグリンデルバルドの演説。魔法使いたちはそれに賛同し始める。グリンデルバルドの演説では、この映画の未来にあたる第二次世界大戦のヴィジョンをプレゼンテーションに使っている。それはホロコーストだったり原爆投下だったり。黙示録の予兆だ。

なんでも最初に撮影したこの演説が、あまりにも説得力がありすぎて、悪役であるグリンデルバルドの方が正しいのではと思えてしまうくらいだったらしい。撮影した後で、脚本を書き直したり、演出し直したりしたとか。

実際の戦争も、民衆の不満や不安を煽り、勇ましい言葉で導いていくものだ。人を騙すには、その人の弱さにつけこむこと。99パーセントの事実を積み重ねて、相手の信頼を得てきたところで、最後の1パーセントで取り込む。それが詐欺師のテクニック。

『ファンタビ』や『ハリポタ』のテーマは、差別から生まれる確執の戦争。実際の過去の戦争での優生学にも繋がる恐ろしい考え方。悪い魔法使いたちは、人間の愚かしさを唱えている。それは頷けるものばかり。ただ、この悪い魔法使いは、その愚かしい人間たちと同じような優生学のロジックにも進んでいる。正義とはそんなものなのかと、皮肉でもある。

ローリングの『ハリポタ』シリーズは、いつからか社会風刺を孕んだ、深みのあるファンタジーになっていった。果たして処女作の『賢者の石』のころから、ここまで構想が膨らんでいくとは、作者本人も夢にも思っていなかったことだろう。

ひとえにこれは、ローリングがシングルマザーで貧困をなめた苦労が、問題意識の高さへと繋がっていったのだろう。その時代の問題にむきあった作品は、たとえ児童書であろうと100年読み継がれていく。まさに未来の子どもたちも、このシリーズに胸ときめかせるのかと想像するとロマンがある。

『賢者の石』の頃、ハリーと同年代で、リアルタイムで成長してきた世代がちょっと羨ましい。『ハリポタ』から『ファンタビ』へ。児童文学から大人の読み物へとの変遷。ぴったりシンクロしてる世代がある。自分の世代では『スターウォーズ』がそれにあたる。名作ファンタジーは、ウェルメイドでありながらも、その時代の風潮をはっきり反映している。

今もなお差別や民族紛争が絶えない現実社会。日本でも他人ごとではない。そんな人びとが弱ったときだからこそ、甘い言葉が流布する。それに伸るか反るか? そんなことは考えなくともわかること。

現実逃避のファンタジーが、現実世界をシミュレーションしている。嘘の世界に真実があることもある。

読書量の少ない人ほど、犯罪や紛争に巻き込まれやすいとはよく聞く。たかが物語、されど物語。

あまたある物語を紡いだ、あまたの作者たち。それぞれバラバラの思想が、あるときひとつに繋がる。社会はいろいろな捉え方でできている。そんな世の中の仕組みが見えてきて楽しいものならば、児童文学も侮れない。

机上の空論という言葉があるが、現代人は書物を軽んじすぎたのかもしれない。いまいちど読書の大切さを見直している今日この頃の自分なのである。

関連記事

no image

『ファイト・クラブ』とミニマリスト

最近はやりのミニマリスト。自分の持ちものはできる限り最小限にして、部屋も殺風景。でも数少ない持ちもの

記事を読む

『鬼滅の刃 遊郭編』 テレビの未来

2021年の初め、テレビアニメの『鬼滅の刃』の新作の放送が発表された。我が家では家族みんなで

記事を読む

『かがみの孤城』 自分の世界から離れたら見えるもの

自分は原恵一監督の『河童のクゥと夏休み』が好きだ。児童文学を原作に待つこのアニメ映画は、子ど

記事を読む

『2001年宇宙の旅』 名作とヒット作は別モノ

映画『2001年宇宙の旅』は、スタンリー・キューブリックの代表作であり、映画史に残る名作と語

記事を読む

no image

『鉄道員』健さんなら身勝手な男でも許せちゃう?

  高倉健さんが亡くなりました。 また一人、昭和の代表の役者さんが逝ってしまいまし

記事を読む

『ハウルの動く城』 おばさまに好評のアニメ

スタジオジブリ作品『ハウルの動く城』。 公開当時、大勢から「わけがわからない」と声があがっ

記事を読む

『欲望の時代の哲学2020 マルクス・ガブリエル NY思索ドキュメント』流行に乗らない勇気

Eテレで放送していた哲学者マルクス・ガブリエルのドキュメンタリーが面白かった。『欲望の時代の

記事を読む

『レディ・プレイヤー1』やり残しの多い賢者

御歳71歳になるスティーブン・スピルバーグ監督の最新作『レディ・プレイヤー1』は、日本公開時

記事を読む

『ダンダダン』 古いサブカルネタで新感覚の萌えアニメ?

『ダンダダン』というタイトルのマンガがあると聞いて、昭和生まれの自分は、真っ先に演歌歌手の段

記事を読む

『ピーターラビット』男の野心とその罠

かねてよりうちの子どもたちがずっと観たがっていた実写版映画『ピーターラビット』をやっと観た。

記事を読む

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

『cocoon』 くだらなくてかわいくてきれいなもの

自分は電子音楽が好き。最近では牛尾憲輔さんの音楽をよく聴いてい

→もっと見る

PAGE TOP ↑