『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』その扇動、のるかそるか?

『ハリー・ポッター』シリーズのスピンオフ『ファンタスティック・ビースト』の第二弾。邦題は『黒い魔法使いの誕生』とまた覚えずらい。原題は『Fantastic Beasts: The Crimes of Grindelwald』だから『グリンデルバルドの犯罪』といったところか。グリンデルバルドはこのシリーズの悪役の名前。ジョニー・デップが演じてる。作品を知ってる人なら、原題の方がわかりやすい。
スピンオフ作品は大抵つまらないものが多いものだが、この『ファンタスティック・ビースト』は面白い! というかこの第二作は、オリジナルの『ハリー・ポッター』をより一層パワーアップさせたような気がする。
『ファンタスティック・ビースト』シリーズは、原作のない映画オリジナルストーリー。脚本は『ハリー・ポッター』の原作者J.K.ローリングが自ら担当している。正当な関連作品だ。
実のところ自分は、第一作目の『ファンタビ』では、あまりノレずにいた。でもこの二作目からは、面白くてワクワクしっぱなしだった。『ハリー・ポッター』で登場した名称やキャラクターが所々に登場する。あれ、これってあの人なの? どこで登場したっけ? と、前シリーズを知ってる人には、推理小説を読んでいるような楽しさ。そうか自分はニュート・スキャマンダーにはあまり興味がなかったのだな。エディ・レッドメインさんごめんなさい。
本作では、若き日のダンブルドア校長が登場する。ジュード・ロウが演じてるから、若者ではなくすでに中年。いままでのダンブルドアと繋がらないくらいイケメン。『ファンタビ』は、イケメン中年ばかりが出てくる。これってローリングの趣味なのかしら?
当初、「ジュード・ロウ、ダンブルドアじゃないよな〜」って思っていたけど、実際に演じている姿を見ると、なんだか同一人物に見えてくるから不思議。ジュード・ロウが、かつてこの役を演じたマイケル・ガンボンやリチャード・ハリスを意識してるのがわかる。とくにマイケル・ガンボン。
ダンブルドアは賢者だけど、自分では何もしない抜け目ないところもある。人は彼に好感を抱くけど、ずるいところもある。かつては危険思想の魔法使いだったとか。ローリングの描くキャラクターは一筋縄ではいかない。
ジュード・ロウも、自分の家に来ているベビーシッターとデキてしまったこともあるらしい。容姿がいいとそれだけで人から好かれる。その他者からの反射的な好意をすべて受け入れていたら、それはそれで身がもたない。おそらくジュード・ロウは、その無差別な好意にいちいち応えているのかも。なんとも人たらしな!
話は戻って『ファンタビ2』。
映画は魔法使いと、そうでない普通の人間との対立を描いている。いま世界中が閉塞感を感じている。ファンタジーのスタイルを取りながらも、作品は差別問題に触れている。
人間の愚かしさを伝えるグリンデルバルドの演説。魔法使いたちはそれに賛同し始める。グリンデルバルドの演説では、この映画の未来にあたる第二次世界大戦のヴィジョンをプレゼンテーションに使っている。それはホロコーストだったり原爆投下だったり。黙示録の予兆だ。
なんでも最初に撮影したこの演説が、あまりにも説得力がありすぎて、悪役であるグリンデルバルドの方が正しいのではと思えてしまうくらいだったらしい。撮影した後で、脚本を書き直したり、演出し直したりしたとか。
実際の戦争も、民衆の不満や不安を煽り、勇ましい言葉で導いていくものだ。人を騙すには、その人の弱さにつけこむこと。99パーセントの事実を積み重ねて、相手の信頼を得てきたところで、最後の1パーセントで取り込む。それが詐欺師のテクニック。
『ファンタビ』や『ハリポタ』のテーマは、差別から生まれる確執の戦争。実際の過去の戦争での優生学にも繋がる恐ろしい考え方。悪い魔法使いたちは、人間の愚かしさを唱えている。それは頷けるものばかり。ただ、この悪い魔法使いは、その愚かしい人間たちと同じような優生学のロジックにも進んでいる。正義とはそんなものなのかと、皮肉でもある。
ローリングの『ハリポタ』シリーズは、いつからか社会風刺を孕んだ、深みのあるファンタジーになっていった。果たして処女作の『賢者の石』のころから、ここまで構想が膨らんでいくとは、作者本人も夢にも思っていなかったことだろう。
ひとえにこれは、ローリングがシングルマザーで貧困をなめた苦労が、問題意識の高さへと繋がっていったのだろう。その時代の問題にむきあった作品は、たとえ児童書であろうと100年読み継がれていく。まさに未来の子どもたちも、このシリーズに胸ときめかせるのかと想像するとロマンがある。
『賢者の石』の頃、ハリーと同年代で、リアルタイムで成長してきた世代がちょっと羨ましい。『ハリポタ』から『ファンタビ』へ。児童文学から大人の読み物へとの変遷。ぴったりシンクロしてる世代がある。自分の世代では『スターウォーズ』がそれにあたる。名作ファンタジーは、ウェルメイドでありながらも、その時代の風潮をはっきり反映している。
今もなお差別や民族紛争が絶えない現実社会。日本でも他人ごとではない。そんな人びとが弱ったときだからこそ、甘い言葉が流布する。それに伸るか反るか? そんなことは考えなくともわかること。
現実逃避のファンタジーが、現実世界をシミュレーションしている。嘘の世界に真実があることもある。
読書量の少ない人ほど、犯罪や紛争に巻き込まれやすいとはよく聞く。たかが物語、されど物語。
あまたある物語を紡いだ、あまたの作者たち。それぞれバラバラの思想が、あるときひとつに繋がる。社会はいろいろな捉え方でできている。そんな世の中の仕組みが見えてきて楽しいものならば、児童文学も侮れない。
机上の空論という言葉があるが、現代人は書物を軽んじすぎたのかもしれない。いまいちど読書の大切さを見直している今日この頃の自分なのである。
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