*

『この世界の片隅に』 逆境でも笑って生きていく勇気

公開日: : 最終更新日:2021/05/28 アニメ, 映画:カ行,

小学生の頃、社会の日本近代史の授業で学校の先生が教えてくれた。「第二次大戦中は、今と教育が違っていて、国のために死ぬのは当たり前だとされていたんです」

自分はすっかり、戦時下の人たちはまったく理解しがたい別次元の人たちという印象を受けてしまった。戦争をしてしまう時代の人たちは愚かだったのだと思い込み、恐ろしい戦争という状況を必死で封じ込めようとしていた。戦争はわからない人たちが起こす、わからない行為なのだと。

じゃあ戦争時代を生きてきた自分のおばあちゃんが、自分とはまったく違う種類の人間だったのかというと、決してそんなわけはない。自分たちは戦争を生き残った人たちの血をひいて生まれてきたのだから。

この映画は戦争映画なのにあたたかい。

人はどんな状況下であっても生きていかなければならない。戦争という究極の不幸な時代であっても。

おいしいごはんをみんなで食べて、いっぱいおしゃべりして、たくさん笑って、きれいなものをあつめて、ときどき愚痴を言ったりしてたのしく生きていく。人間らしい生き方。人が人らしく生きるのには知性がいる。この映画には、戦時中に必死でたのしく生きてきた人たちへ対する深い敬意がある。

この映画はクラウドファウンディングで一般の人からも出資者が集められている。こうの史代さんの漫画原作や、片渕須直監督のファンたちの作品への愛を感じる。映画はまじめなことをやろうとしているのが一目してわかる。不真面目な作品が横行する現代には珍しい。戦争映画でも勇ましい好戦的なテーマだと、わかりやすいので企業は資金を出しやすい。逆に本作のような、地味だけど志の高い作品を理解できるような企業家はほとんどいないだろう。クラウドファウンディングに協賛した人たちが、エンドロールで自分の名前を見つけたとき、どんなに誇らしい気持ちになっただろうか。ちょっぴり羨ましい。

日本の原作モノの映画化ブームに、自分は懐疑的だ。しかしこの映画は原作への敬意が大きなモチベーションにある。敬意や愛のある幸せな映画化。自分も数年前に原作を読んでいたが、まだまだこの作品の魅力を読み込めていなかったと反省。原作は戦時中の市井の人々の生活を淡々と描いたエッセイテイスト。果たして映画になったら退屈なのではとの心配もなんのその。速いテンポでクスクス笑わせ、いつしか登場人物の全員を好きになってしまう。

心優しい愛すべき人たちに、戦争という圧倒的に理不尽な暴力が叩き降ろされる。とても悲しい。自分は後半では嗚咽するほど泣いてしまった。目が腫れるほど泣いたので、劇場をでるのがホントに恥ずかしかった。普段は裸眼なんだけど、仕事用のブルーライトメガネかけて、顔隠しながら帰りましたとも。

と言っても、近年はやりの『泣けるエンタメ』のような野暮なものではない。演出はとことんドライ。笑いも泣きも、気がつかなければ映画はどんどん先へ進んでしまう。ゆったりとした女性的な世界観なのに、ものすごい情報量。過度に共感は求めない。観る人の感性を信じて、成熟した距離感をたもっている。これも敬意。

自分も小さな子を持つ親なので、子どもたちが悲惨な経験をする場面がホントに辛い。子どもを守りきれずに死んでいかなければならなかった当時の親たちの無念を想像するだけで胸が痛い。それでも子どもたちの存在が、映画を明るい方へ持っていく。

戦争映画は鑑賞後、肩を落とすのが常だけど、この映画は、まだもっと続きが観たい、この登場人物たちとずっと一緒に笑っていたいと思えてならなかった。

ヒット作だからといって、必ずしも名作とは限らない。ヒットしなくとも名作はたくさんある。『この世界の片隅に』は、海外の人にも観てもらいたい日本映画だ。

さて、これから自分たちの世界はどこへ向かっていくのだろう? 残念ながらあんまりハッピーな未来は想像しがたい。それでも自分の子どもたちも、まだ見ぬ孫の世代の子どもたちも生きていかなければならない。この映画に出てくる登場人物たちのように、おいしいものをみんなで食べて、笑って生きていこう。たのしいものをみつけたり、つくったりしていこう。そしたらこの世界の未来も明るくなっていくのではないだろうか? 未来へ立ち向かう勇気をもらえた。

ふと、自分の第一子が生まれた日の朝を思い出した。朝焼けが綺麗だったっけ。

関連記事

『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』 自立とはなんだろう

イラストレーターのヒグチユウコさんのポスターでこの映画を知った。『ルイス・ウェイン 生涯愛し

記事を読む

『ゴーストバスターズ』ファミリー向け映画求む!

ずっと頓挫し続けてた『ゴーストバスターズ』の新作が、今年の夏公開される。ものごとって決まった

記事を読む

no image

『作家主義』の是非はあまり関係ないかも

  NHKでやっていたディズニーの 舞台裏を描いたドキュメンタリー『魔法の映画はこ

記事を読む

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チェンソーマン』が映画になって帰

記事を読む

『機動戦士ガンダム』 ブライト・ノアにみる大人のあり方

『機動戦士ガンダム』は派生作品があまりに多過ぎて、 TSUTAYAでは1コーナー出来てしま

記事を読む

『鬼滅の刃 遊郭編』 テレビの未来

2021年の初め、テレビアニメの『鬼滅の刃』の新作の放送が発表された。我が家では家族みんなで

記事を読む

no image

『ローレライ』今なら右傾エンタメかな?

  今年の夏『進撃の巨人』の実写版のメガホンもとっている特撮畑出身の樋口真嗣監督の長

記事を読む

『(500)日のサマー』 映画は技術の結集からなるもの

恋愛モノはどうも苦手。観ていて恥ずかしくなってくる。美男美女の役者さんが演じてるからサマにな

記事を読む

『髪結いの亭主』 夢の時間、行間の現実

映画『髪結いの亭主』が日本で公開されたのは1991年。渋谷の道玄坂にある、アートを主に扱う商

記事を読む

『未来少年コナン』 厄介な仕事の秘密

NHKのアニメ『未来少年コナン』は、自分がまだ小さい時リアルタイムで観ていた。なんでもNHK

記事を読む

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

→もっと見る

PAGE TOP ↑