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『帰ってきたヒトラー』 これが今のドイツの空気感?

公開日: : 最終更新日:2021/09/13 映画:カ行, 映画館,

公開時、自分の周りで好評だった『帰ってきたヒトラー』。毒のありそうな社会風刺コメディは大好物なので、とても興味の沸く作品だった。上映館も少なく、混んでいるとの噂も聞いていた。

ヒトラーが現代にタイムスリップして、ジェネレーションギャップにぶつかるというシンプルなプロット。コメディなので、映画の始めは笑ってられる。現代に現れたヒトラーが、マスコミにモノマネコメディアンとしてあつかわれ、現代の一般人たちと触れていく。それをロードムービーの手法で綴っていく。どこまでフィクションで、どこまでドキュメンタリーなのかわからない。画面にでてくる人たちは役者さんなのか一般人なのか? ヒトラースタイルの男に政治的な質問をされる人びとのリアクションがリアル。さまざまな意見はまさに今のドイツの姿を伝えている。この空気感をとらえたこの映画の存在は、今後歴史記録としても貴重だろう。

ドイツの話なのに、今の日本人の感覚とよく似てる。ヒトラーと写メを撮ろうとする若者もいれば、今まさに襲いかからんと威圧する者もいる。ヒトラーの「政治家はお前らの税金をくすねてるのに、なぜ怒らない」なんて言葉はズキンとする。「私がなんとかしよう!」なんて言い切られたら、「お願いします!」って気持ちになっちゃう。テレビのワイドショーで、会場の観客にアジテーションする姿なんて、感動すらしてしまう。

ヒトラーが極右団体の事務所に行く場面は見もの。「どちらさまでしょう?」「ヒトラーだ」「は? どちらのヒトラー様でしょう?」「アドルフ・ヒトラーだ。責任者を出せ」またおかしな奴がきたぞ。ヒトラーはこの団体のリーダーに「何をやっとるか!」と突然怒鳴る。で、リーダーがシュンとしちゃうの。「私の著書は読んでいるのか!」「ドイツでは入手不可能なんです」と。

確か数年前、ヒトラーの著書『我が闘争』を再発行しようという動きがあった。あくまで歴史の反面教師として。でもそのヒトラーの過去の言葉に扇動され、感化されて何かやらかす人がでてくる危険性があるのではと、再発は撤回された。本は作者と読者が一対一で直接対峙するもの。言霊ではないけれど、強い意図のある文章に触れて、何も感じないでいられるなら、それはそれで感性に問題がある。ヤバそうなものには関わらない方が身のためだ。

ヒトラーがフェイスブックを通して、親衛隊志願者を募集する。集まったのはポンコツばかり。最初は笑ってられるのだが、映画の後半になると、ダメダメな彼らも、ギラギラした人殺しの目つきになっている。

暴力的なものに食いつくのは、あらゆる意味で貧しい立場に追いやられている人たち。ネットで暴言を吐く人たちも、きっと行き場のない思いがあるのだろう。

DVをしてしまう人は、たいてい幼少期に自分自身も親から虐げられた経験を持っている。ヒトラーも父親にDVを受け、母親からは無知な溺愛の中で育ったらしい。学業もおちこぼれ。画家になると言うが、芸術に逃げこんだだようなもの。逃げ場所に芸術というのはやっかいだ。

天才肌の芸術家はエキセントリックな変わり者と思われがちだが、本来はものすごく真っ当な、道理をわきまえた人が多い。奇異に見えるのは、彼らの先見の明が、凡人の我々に理解できないだけのこと。そうでなければ、人の心にうったえる作品をいくつもつくれない。

ただ、そのエキセントリックな部分が、おちこぼれたちの隠れ蓑になりやすい。日本のように芸術を低くみる国では、芸術家を目指すタイプは天才かおちこぼれと、格差は激しい。日本では芸術ではなかなか食っていけないので、才能も集まりにくい。

ヒトラーの人生の選択肢の理由は、父親を否定すること。父と間逆のことをすることが最善のモチベーション。自身のコンプレックスが行動の動機だから、コンプレックスを持つ者の心理を掴むのはお手のもの。

この映画がヒトラーをただの愛されキャラに刷新してしまうのは、いちばん懸念していたこと。作り手はそんな悪趣味な展開はしなかった。もしそんな映画なら、プロパガンダに過ぎないから、日本で上映されないだろう。

『ターミネーター』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などのタイムトリップものや、ブルーノ・ガンツがヒトラーを演じた『ヒトラー 〜最期の12日間〜』のパロディも交えている。それも会社のトップが事業に失敗して錯乱しているところを、ヒトラーとかぶらせる皮肉。時代や状況は変われど、人のやることは変わらない。

ドイツは貧富の格差問題やら、移民の問題やら近隣国の戦争など、国民の不満もギリギリまで追い込まれていると。経済的心理的に貧しくなると、人は暴力的な道を選んでしまうなら、独裁者ヒトラーはひとりで生まれた訳ではない。国民が緩やかに許して選んでいった。

この映画『帰ってきたヒトラー』は、日本ではまだなんとか笑ってられる。でもその境目は薄皮一枚ほどの差しかない。転がるときは一瞬だ。

ドイツは戦後70年以上、世界に対して戦争で犯したことに謝罪し続けた。その結果、ようやく独立国家として認められ始めた矢先で、元の木阿弥に戻ろうとしている動きもあるのだろう。

映画は物語が進んでいくほどにキナ臭さプンプンになっていく。ファシズムも最初は笑いから始まったらしい。でもだんだん笑えなくなってくる。これは作り手の成熟した大人のブラックユーモアセンス。

コメディはいつしか社会へ対する警鐘になっていく。ヒトラーの亡霊によって歴史は繰り返す。決してそんなことにならないようにと。

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