『マッシュル-MASHLE-』 無欲という最強兵器
音楽ユニットCreepy Nutsの存在を知ったのは家族に教えてもらってから。メンバーのDJ松永さんがDJバトルの世界大会で優勝したという話題を聞いていた。おとなしそうなルックスのDJ松永さんが、DJバトルで優勝するという快挙。
DJバトルといえば、MCバトルを描いたエミネム主演の『8マイル』みたいな、音楽のプロレスみたいなかなりバイオレントなイメージ。憂いた感じの優しそうな日本人が、バトル相手をイラつかせるようなDJをかます。『8マイル』でも、ヒップホップという黒人文化の中で、白人のエミネムがMCバトルのリングの上に向かう姿が意外だった。アメリカという白人至上主義が根強い国の中で、主人公が白人にも関わらず、マイノリティとして黒人と戦っていく。貧困に人種は関係ねえだろと。
DJ松永さんは日本人。黄色人種の日本人は、ここでは最底辺の差別の対象。小柄で細身のDJ松永さんが、いかつい欧米人相手に打ち負かしていく姿はなんとも爽快。世界に通用する日本人は、本当に尊敬してしまう。そのDJ松永さんとCreepy Nutsが自分の中で繋がっていくのはまだまだ先のこと。
クドカンこと宮藤官九郎さんが脚本担当したドラマ『不適切にもほどがある』の主題歌がCreepy Nutsだと知っても、まだピンと来ていない。ただその頃どこへ行っても聴こえてくる『Bling-Bang-Bang-Born』は、いい曲だなぁと思っている。Creepy Nutsと聞いても、クリスピー・ドーナツだと勘違いしている。ほんとに「それ美味いんか?」と思っているしまつ。
そして我が家族の中ではアニメの『マッシュル』も話題となっていた。そのアニメの主題歌がCreepy Nutsの『Bling-Bang-Bang-Born』なのだとそこで繋がる。この曲はセカンドシーズンから起用されているとのこと。YouTubeに流れているノンクレジットOPの動画はめちゃくちゃカッコいい。『マッシュル』のファーストシーズンは岡崎体育さんが担当している。この曲もカッコいいのだけれど、『Bling-Bang-Bang-Born』のOPは、映像と音のクールさが半端なかった。これは、アニメの『マッシュル』を観なければならないとなる。ただ家族の忠告として、そんなに期待するなと言われた。くだらないアニメだからと。
コロナ禍以降、配信サービスが浸透して、世界中で同時期に新作動画が観られるようになってきた。日本のアニメも配信人気の追い風に乗って、世界中から注目を浴び始めている。アニメの主題歌なので、当然その内容に沿った曲がつくられている。それでも最近では曲先にありきの独り立ちしてしまうくらいの人気の勢いがある。それこそ『チェンソーマン』の『kickback』や、『【推しの子】』の『アイドル』なども、日本のみならず世界的な大ヒット曲になってしまっている。『Bling-Bang-Bang-Born』のPV再生回数は、とんでもない数を日々更新している。子どもたちもカラオケでこの曲を歌っている。あんなに早口なラップなのにすごい。曲を知ってその主題歌となっている作品にと、遡って観始める自分のような観客も多かっただろう。きっといちばん驚いたのは『マッシュル』の製作関係者たちだったのではないだろうか。ここまで作品がヒットするとは夢にも思っていなかっただろう。まさにCreepy Nuts様々。
自分が知っている90年代のアニメ作品の主題歌は、雑なものが多かった。70〜80年代のアニメ主題歌は、子ども向けにつくられていて、サビでは作品のタイトルを連呼するようなものが多かった。それでも曲の歌詞は、作品の内容に沿ったオリジナル曲だった。90年代くらいから、作品の内容と主題歌の内容がまったく関係のないものをあてがうようになっていった。人気の歌手をアニメ主題歌にすれば、アニメファンとその歌手のファンがCDを買うから儲かるじゃないかと、無理矢理なタイアップ。主題歌にあてがわされた曲は、もちろんそのアニメのためにつくられた曲ではない。そこで描かれている心情は、本編とはまったく無関係なもの。もしかしたらこの主題歌の歌手は、そのアニメを観たことがないどころか、そんな作品の主題歌にされていることすらも知らないかも。心無い雑な態度でも商売が成り立っていたのだから、ある意味呑気でいい時代だったのかもしれない。
そんな雑なアニメ主題歌へのパロディも、この『マッシュル』のエンディングでやってみせている。私立恵比寿中学の『トーキョーズ・ウェイ!』がそれ。『マッシュル』は魔法学校の話なのに、映像は関東の走り屋アニメみたいな映像。『マッシュル』本編は架空のヨーロッパみたいな場所が舞台なので、東京なんて出てこない。しかも『トーキョーズ・ウェイ!』というタイトル。絶妙にダサい。
大昔でタイトルに東京とつく作品は名作が多かった。小津安二郎監督の『東京物語』などの影響も大きい。近年の東京オリンピックくらいからか、表題に「東京」とつくと、なんだか胡散臭い印象しかしてこなくなってきた。やはりこれも先代が創り上げたイメージの濫用のせい。雑な扱いが原因だろう。もう東京はダサいのか? 東京ヤバい? 東京イタい?
すっかり主題歌が先行してしまった『マッシュル』。本編のアニメを観てみたら、なんだ、面白いじゃないですか。内容はほとんど『ハリー・ポッター』と同じ世界観。魔法学校での話。校長先生のルックスが『ハリー・ポッター』のダンブルドア校長とほとんど同じ。これ、どこまで権利の許可を受けているのだろう? はたしてローリングは『マッシュル』の存在を知っているのだろうか? まさかローリングが快諾していたらと想像すると楽しくなってきてしまう。
『マッシュル』の世界観は、「魔法使いでなければ人ではない」という優生学がはびこる世界。この世界では、人はある程度の年齢になると、魔法が使えるようになるという。その証明が顔にあざが出ること。主人公・マッシュは、あざの出ていない非魔法使い。魔法が使えない人は抹殺されてしまう暴力的な社会。こんな暗い舞台背景でありながら、アニメはとことんくだらなくバカバカしい。しかもマッシュの顔に書かれたあざは、大槻ケンヂさんが筋肉少女帯をやっているときのメイクと同じ。もっとルーツを遡れば、永井豪さんのマンガ『デビルマン』に辿り着く。
マッシュは魔法以外の鍛え抜かれた腕力で、ものごとを解決し乗り越えていく。この狂気の優生学の世界では、マッシュはマイノリティの障害者でしかない。そのマッシュが有能なのが楽しい。育ての親のじいちゃんと、静かに暮らしたい以外の欲のないマッシュ。自分をいじめてきた相手も、すぐ倒してしまう。でもなにせ無欲なので、復讐まではする気がない。「なんだかあんたも可哀想になっちゃって」なんて言って見逃してあげる。そんなこと自分の人生でも言ってみたいものだ。無欲のカッコいいマッシュは、当然ながら仲間も増えてくる。それは少年ジャンプ系作品の鉄則の流れ。
マッシュの育ての親のじいちゃんがいい。「あの子はいい子なんだよなぁ」と、しみじみ泣く。声を担当しているのはチョーさん。親世代はご存じ、Eテレの『いないいないばぁっ!』の人気着ぐるみキャラクター・ワンワンの中の人だ。通常、着ぐるみキャラの声優さんは、声だけの出演。ワンワンはチョーさん直々スーツアクトとしている。だから着ぐるみの芝居と声がシンクロしている。どんなアドリブにもその場で返せる。しかもワンワンは歌って踊る。初老のチョーさんが、激しいダンスを踊っている。観ていてハラハラしてくる。いつかワンワンが引退するか『いないいないばぁっ!』の番組終了したとき、チョーさん本当にお疲れさまとなるのだろう。ちなみに操り人形のウータンは、現在は別のキャラクターに交代している。幼児番組で担当者が代わると、その時代のひと区切りがついてしまったような感じがする。
『マッシュル』のじいちゃんのチョーさんの演技が楽しい。このじいちゃんは、魔法こそは使えるが劣等生だったため、魔法使いの世界でやっていけなくなった人。本来ならもっとダメ男風のキャラクターデザインにするべきなんだるけど、なんだかイケメン。あれ、もしかしたら書き手はイケメンしか描けないのかしら? 登場人物がみんなルックスがいいのも無個性になってしまう。他の声優さんも豪華な顔ぶれ。いろいろな作品とキャスティングが被ってきて感慨深い。
『ハリー・ポッター』で描かれていた魔法の世界も、初めのうちは楽しい夢の世界の話でワクワクしていた。いつしかこの楽しい世界も、闇だらけだとわかってくる。結局人間が集まれば、損得勘定や派閥が生まれてくる。みんなが楽しい世界など存在しないのだと見せつけられる。『ハリー・ポッター』の世界は、理想の世界かと思いきや、過去の歴史や社会風刺したブラックな展開へとなっていく。
『マッシュル』は『ハリー・ポッター』のオマージュが基盤となっているから、自然とその暗い舞台背景も辿っていくことになる。基本的に『マッシュル』はコメディだから、笑いに繋げていく。ハリーは暗い性格だったけど、マッシュはバカがつくほど明るい性格。細かいことは気にしないので、ものごとは好転していく。楽しい。魔法能力がなくとも強いマッシュでも、出来上がってしまった悪い社会は早々簡単には変えられない。一筋縄ではいかない巨大な悪があるからこそ、連載は進んでいけるという皮肉。シリアスな社会をおちょくることのカタルシス。
きっと『マッシュル』の制作陣は、社会風刺まで考えて作品をつくってはいないだろう。『ハリー・ポッター』的な世界観を追いかければ、記号的にそこへ辿り着いたくらいのこと。インテリぶらないところがいいのかもしれない。近年の社会では、弱いものいじめがまかり通っている。大きな力に物申すマッシュの生き様は、ファンタジーとして理想的。
少年マンガの鉄則なので仕方がないが、自分はバトルシーンが退屈で仕方がない。マッシュは正直に生きているだけなのに、自然と権力や慣例に楯突くかたちになってしまう。そのとぼけたやりとりが面白い。小ネタで小さな笑いにクスクス笑っていられる場面が好きだ。
これはハリウッド映画でも同じなのだけれど、クライマックスのスペクタクルシーンになったとき、しばらくこれに付き合わなければならないのねと、パターン化した展開にがっかりしてしまうことがある。実のところ事件が起こらない日常的な場面の方がずっと面白い作品もある。『マッシュル』は暗い世界観の中で、いかにくだらなくてバカをやっていくこと、明るく生きていくことが楽しいことなのだと、無意識的に訴えかけている。他人から見下されたとしても、自分が楽しく生きているのが、心理的にはなによりラクだということ。幸せの定義は人それぞれなのだから。
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