『リアリティのダンス』ホドロフスキーとトラウマ
アレハンドロ・ホドロフスキーの23年ぶりの新作『リアリティのダンス』。ホドロフスキーと言えば、70年代に発表したカルトムービー『エル・トポ』が有名。なんでもジョン・レノンが心酔して、映画の権利を独占したため、しばらく一般公開ができなくなったとか。自分もそういった逸話ばかりが先に耳に入って、伝説の映画なんだな〜と、よくわかりもしないで高校生のとき観たきり。いま『エル・トポ』を観直したら、どう感じるだろうか。
ホドロフスキーは23年間なにをしていたのかというと、タロット占いだとか、セラピストだとか、スピリチャル方面の仕事をしていたらしい。漫画原作者として、フランスでも活躍していた。日本の『風の谷のナウシカ』や『AKIRA』の実写映画化をしてみたいなんて話もよくしていたような。
スピリチャルな仕事をしていたこともあるからか、作品もかなり抹香臭いところがあるし、本作公開時に来日したときのインタビューの様子はまさに高僧のようだった。狂気に満ちた作品を作る人は、本当に頭のおかしな人もいるが、たいていは道理をわきまえた知的な人物だったりする。ホドロフスキーはまちがいなく後者だろう。
この『リアリティのダンス』は、自身の少年時代を描いている。子どもの視点からみた親たちの様子。ホドロフスキーの少年時代は、本当に悲惨な経験ばかり。厳格な共産主義者の父親からの厳しい教育。これは虐待と言っていい。映画の舞台はチリ、ホドロフスキー一家は移民のユダヤ系。ホドロフスキー少年は、友だちからもいじめられている。
この辛い現実から、空想だか妄想だか区別もつかない、生と性と死の世界が交錯する。田舎町の建物の配色がかわいらしい。それもあってか、悲惨な物語なのになぜか明るい印象。お母さんはオペラ口調で、暇さえあればオペラで心情を歌い出す。まさにエログロナンセンスな悲喜劇。でもホドロフスキー曰く、実際のお母さんはオペラ歌手になりたかったが道半ばで諦めたので、この映画で夢を叶えさせてあげたかったらしい。
アーティスティックだけど、根幹はとてもシンプルで、スジが一本通っている映画。
この映画からみると、ホドロフスキーの父親はかなりラディカルで危なっかしい人。波乱の人生をおくるのも自業自得な感じがする。本人はそれで本望だろうが、その家族はたまったものでない。ホドロフスキー少年も、何度も死にたくなっただろう。それは映画でも伺えるように、悲劇を喜劇にもっていける、明るい前向きな性格が、生命力となっていたのだろう。
ホドロフスキー少年の父親役を彼の息子ブロンティス・ホドロフスキーが演じている。『エル・トポ』で素っ裸の子役だった人だ。おっさんになってもまた全裸にされて拷問されてる。ヘンなの。音楽もホドロフスキー監督の息子、大統領暗殺の共謀者役もやっている。まさにファミリービジネス。
ホドロフスキー監督はインタビューで、映画を通してやっと父と和解できたような気がすると言っている。パーソナルな理由で映画の企画が始まったのだろう。生命力の強いホドロフスキーでさえも、少年期のトラウマにはずっと苦しめられていたことになる。老人となったいま、人生の締めくくりに、その頃の気持ちを清算しようと、やっと向き合えたのかもしれない。皮肉にもこのトラウマが、彼の創作の原動力でもあったはず。子どもの頃の心の傷は、それほどしぶとい。死ぬ前にこれだけはケリをつけなければという、ホドロフスキーの強い意志を感じさせる映画だ。
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