*

『ロード・オブ・ザ・リング』 ファンタージーがファンタジーのままならば

公開日: : ドラマ, 映画:ラ行, , 配信

Amazonのオリジナル・ドラマシリーズ『ロード・オブ・ザ・リング 力の指輪』が配信開始になった。なんでもドラマシリーズ過去最大の制作費がかかっているらしい。月額550円のAmazon primeが、このドラマのせいで価格高騰するのではないだろうかと不安視されているくらい。どんなに配信サービスが便利でも、高額ならば距離を取らざるを得ない。2022年の今期、Netflixは創業以来初めて会員数が減ったらしい。Disney+に越されてしまったとのこと。

NetflixやDisney+は、自社のオリジナル作品で成功している。Amazon primeは、自社作品こそ少ないけれど、会費が安いのが最大の魅力。NetflixやDisney+は、辞めたり入りなおしたりを繰り返す人が多いなか、Amazon primeを退会したという話はあまり聞かない。この不景気なご時世で、いかに安く楽しめるか。多くの人が厳選しているのがわかる。高額なものはもってのほか、でも安かろう悪かろうではダメ。安くても良いものでなければ生き残れない。庶民の審美眼が、どんどん鍛えられている。

Amazonオリジナルドラマ『ロード・オブ・ザ・リング 力の指輪』は、今までの配信作品のスタート視聴者数の記録をつくったらしい。Amazonも、社運を賭けた今シリーズの好調な始まりに、胸を撫で下ろしていることだろう。ネットの感想を見ると、本編について差別的な発言ばかり。人気のあるコンテンツは、最近いつもこんな感じ。自分はこのドラマ、かなり面白かった。どうかこんなネガティブ・キャンペーンに、作品が影響されないで最後まで頑張って欲しい。

『ロード・オブ・ザ・リング』といえば、ピーター・ジャクソン監督の三部作がすぐ浮かぶ。今回の『力の指輪』は、ピーター・ジャクソンは制作に直接絡んでいないが、表現の方向性は以前の三部作と同じ。あたかもピーター・ジャクソンが監督しているかのよう。みんなピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』がお好きなようで良かった。

近年は古い映像をレストアしたドキュメンタリー作品の専門監督みたいになったピーター・ジャクソン。今回のドラマ版をどう思っているのだろう? 「たいへんだから『ロード・オブ・ザ・リング』はもういいよ」と言うだろうけど、反面「最初からこれだけ制作費くれたら、もっと良いものつくれたよ」って怒るかもしれない。

『力の指輪』は、前シリーズと同じニュージーランド・ロケーション。スタッフ・キャストはみな入れ替わるなか、テーマ曲だけハワード・ショアが担当している。『ロード・オブ・ザ・リング』のイメージは、このスタイルで定着した。安心の鉄板演出。

自分は以前のピーター・ジャクソン版の『ロード・オブ・ザ・リング』が大好き。これまで何十回も観ている。後からDVDで発表される、1時間以上の追加場面が加わった『エクステンド・バージョン』までコレクションしていた。このロングバージョンは、オリジナル劇場版ではどうしても駆け足だった展開を、もっとゆっくり丁寧に描いたもの。物語は分かりやすくなるけれど、映画としてのテンポは悪くなる。ファン向けに限定された、二次作品なのは否めない。

今でこそ大作映画はみなスーパー・ヒーローものばかりになってしまったけれど、『ロード・オブ・ザ・リング』が公開されていた2000年代は、大作映画といえばファンタジーものがブーム。『ハリー・ポッター』は始まったばかりだし、『スター・ウォーズ』はエピソード1〜3が展開していた。日本では『千と千尋の神隠し』が流行っていた。自分はどの作品もめちゃくちゃハマっていた。

『ロード・オブ・ザ・リング』三部作も、最近まで毎年必ず一回は三作通して鑑賞していた。子どもができて、一緒に観るようにもなった。さすがに子どもが小さかったころは怖がっていた。強引な英才教育。赤ちゃんだった子どもたちも、最近では「レゴラス、かわいい」と、多面的な感想が出てくるようになった。子どもと映画を観るようになってから、吹替版でも観るようになった。それまで吹替で洋画を観るのは邪道と思っていた。しかしこの『ロード・オブ・ザ・リング』の吹替版はとても良かった。プロの声優さんで固められた演技が、登場人物のイメージにピッタリだった。

『ロード・オブ・ザ・リング』の原作はJ.R.R.トールキンによる大作小説『指輪物語』。小学生の頃、この『指輪物語』というタイトルから、プリンセスもののファンタジーだとばかり思っていた。自分には関係のない作品かと勘違いしてしまう。最初にこの邦題をつけた人のセンスや如何に⁈

トールキンは本来は言語学者。小説を読んでいると、登場する架空の民族の文化について、細かく記述されている。だから物語がなかなか先に進まない。ファンタジーというよりは学術書。架空の文化の解説なので、メタ学術書。文章を読むのが好きな人はいいけど、普通に読み込むのはちょっと難解。映画版のスタッフは、この原作を深く読み込んで、映像化にあたって情報の取捨選択を上手にしている。ある意味『指輪物語』の解読論を映画化でしている。原作への深い敬意を感じる。

ピーター・ジャクソン監督はじめ、同じスタッフ・キャストで制作された『ホビット』は、自分には合わなかった。『ロード・オブ・ザ・リング』は、長い原作を咀嚼&濃縮還元して、三時間三部作にした。『ホビット』の原作は、児童文学の『ホビットの冒険』上下巻をムリくり三時間三部作の前シリーズと同じフォーマットに落とし込んでいる。内容が薄くなってあたりまえ。同じテイストで描かれているのに響かないという不思議。

そもそも『ロード・オブ・ザ・リング』がハリウッド映画ではないところがいい。ハリウッドのスタジオが多くあるニュージーランド。スタッフの技術は申し分ない。ニュージーランドの映画屋魂を世界に見せつけてやらんと、反骨精神のスピリットが映像から伝わってくる。映画の成功は、ニュージーランド観光にも影響が出た。映画も完結編の『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』は、アメリカ本家のアカデミー賞を総ナメにした。

『ホビット』は、「あの成功をもう一度」と周りからいろいろ言われて、仕方なくつくった感がしてきてしまう。『ロード・オブ・ザ・リング』のプロデューサーは、Mee too運動のきっかけになったワインスタインが絡んでいたし、内情はいろいろあったのだろう。

Amazonの新シリーズについてSNSでは差別的発言が繰り返されている。どうもヘイトの人たちは、黒人俳優の起用がお気に召さないようだ。でもまだこの作品にアジア人が主要キャラクターに起用されていない。日本でヘイト発言してる人は、そこに気づかないのかしら?

トールキンが白人ということもあって、前シリーズでは白人ばかりのキャスティングだった。今回のシリーズでの有色人種のキャスティング、自分はちっとも違和感がなかった。むしろ黒人のエルフの兵士、カッコいいなと大好きになってしまったくらい。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの魅力は、登場人物にある。あまりに感情移入しすぎて、前シリーズの完結編では、ずっと号泣してしまっていた。

むしろ前シリーズで気になったのは、悪に寝返った人間役に、中東系のエキストラがキャスティングされてたところ。果たして偏見なのか偶然なのか?

あと、女性の登場人物が少ないところ。数少ない女性キャラクターが、みな魅力的で見せ場も多かったので、なんとなく中和されてしまっていた。今回のテレビシリーズでは、重要な登場人物に女性が多くなっているのが特徴的。

前シリーズでは、どちらかというと男どもがわちゃわちゃ集まって、「お前と一緒で良かった」とか、「其方とともに討死なら本望!」など、互いに褒め合う場面が多かった。基本的にはホモソーシャル。これはトールキン自身がゲイだったというのが起因しているだろう。男性俳優たちは、男同士で甘い言葉を掛け合うセリフのたび、こそばゆい思いをしていたのではないだろうか。

ガンダルフを演じるイアン・マッケランが、自身もLGBTQであることをカミングアウトしていた。「グレイのガンダルフ」にちなんで「ゲイのガンダルフ」と揶揄されていた。今だと差別的発言と炎上してしまいそう。

トールキンは第一次世界大戦に出征している。戦争に参加させられることは美談ではないということが、作品を通して伝わってくる。たとえ生き残って、英雄になれたからといって、良かったねではすまされない。戦争によるPTSDが、残りの生涯に影響を与える。もう今までのように、はしゃげない。『ロード・オブ・ザ・リング』の英雄譚は、物悲しく進んでいく。

ファンタジーは、現実問題を写す鏡。ノンフィクションと謳ったドキュメンタリーの方が、制作者の意図が強く込められていたりする。ファンタジーはそもそも架空の世界を描いている。嘘の世界の中に、現実問題への警鐘や風刺が込められている。フィクションだからこそ、真実が語りやすい。

現代社会は、疫病に戦争、分断がはびこっている。ファンタジーが描く世界よりも混沌としている。SNSに流れているような、悪意の表出化は、荒んだ心の表れ。偏った思想やヘイトに流れてしまう心理。そんな発信をしている人たちは、自分が倫理観や社会性に反しているとも自覚していないかもしれない。

ファンタジーに登場する悪の力に染まった世界の方が、勧善懲悪がはっきりしているので分かりやすい。ファンタジーも、平和な世の中であることが前提でないと楽しむことができない。世の中が行き詰まってくると、エンターテイメントがエンターテイメントではなくなってしまう。そうならないためにはどうしたらいいか?

大きな世界の流れの中では、個人ではどうすることもできない。ただ個人でもできることは、こんな世界だからこそ、幸せに生きてやるということ。悪の力は、幸せな心が苦手。幸せなフリをしているだけでも、きっと幸せは後からついてくる。そうそうサウロンの手中に、みすみすはまってはならないのだ!

ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪 2022 Prime Video

ロード・オブ・ザ・リング (字幕版) Prime Video

ロード・オブ・ザ・リング [Blu-ray]

関連記事

『若草物語(1994年)』本や活字が伝える真理

読書は人生に大切なものだと思っている。だから自分の子どもたちには読書を勧めている。 よ

記事を読む

『聲の形』頭の悪いフリをして生きるということ

自分は萌えアニメが苦手。萌えアニメはソフトポルノだという偏見はなかなか拭えない。最近の日本の

記事を読む

『君の名前で僕を呼んで』 知性はやさしさにあらわれる

SF超大作『DUNE』の公開も間近なティモシー・シャラメの出世作『君の名前で僕を呼んで』。イ

記事を読む

『藤子・F・不二雄ミュージアム』 仕事の奴隷になること

先日、『藤子・F・不二雄ミュージアム』へ子どもたちと一緒に行った。子どもの誕生日記念の我が家

記事を読む

no image

『オール・ユー・ニード・イズ・キル 』日本原作、萌え要素を捨てれば世界標準

  じつに面白いSF映画。 トム・クルーズのSF映画では 最高傑作でしょう。

記事を読む

『デッド・ドント・ダイ』 思えば遠くへ来たもんだ

エンターテイメント作品でネタに困った時、とりあえずゾンビものを作れば、それなりにヒットする。

記事を読む

no image

夢は必ず叶う!!『THE WINDS OF GOD』

  俳優の今井雅之さんが5月28日に亡くなりました。 ご自身の作演出主演のライ

記事を読む

『まだ結婚できない男』おひとりさまエンジョイライフ!

今期のテレビドラマは、10年以上前の作品の続編が多い。この『結婚できない男』や『時効警察』な

記事を読む

no image

高田純次さんに学ぶ処世術『適当教典』

  日本人は「きまじめ」だけど「ふまじめ」。 決められたことや、過酷な仕事でも

記事を読む

『ボーはおそれている』 被害者意識の加害者

なんじゃこりゃ、と鑑賞後になるトンデモ映画。前作『ミッドサマー』が面白かったアリ・アスター監

記事を読む

『ウェンズデー』  モノトーンの10代

気になっていたNetflixのドラマシリーズ『ウェンズデー』を

『坂の上の雲』 明治時代から昭和を読み解く

NHKドラマ『坂の上の雲』の再放送が始まった。海外のドラマだと

『ビートルジュース』 ゴシック少女リーパー(R(L)eaper)!

『ビートルジュース』の続編新作が36年ぶりに制作された。正直自

『ボーはおそれている』 被害者意識の加害者

なんじゃこりゃ、と鑑賞後になるトンデモ映画。前作『ミッドサマー

『夜明けのすべて』 嫌な奴の理由

三宅唱監督の『夜明けのすべて』が、自分のSNSのTLでよく話題

→もっと見る

PAGE TOP ↑