*

『スリー・ビルボード』 作品の意図を煙にまくユーモア

公開日: : 最終更新日:2021/03/28 映画:サ行

なんとも面白い映画だ。冒頭からグイグイ引き込まれてしまう。

主人公はフランシス・マクドーマンド演じる、娘を暴行惨殺された母親。操作がまったく進まない警察に対して、抗議文を町の「3つの看板」に掲載したことから、さまざまな波紋が生まれてくる。

あらすじを聞いただけでは、あまりにも重苦しい内容で、鑑賞するにはそれなりのパワーが必要だろうと覚悟していた。実際に観てみると、ただただ悲劇的な暗い映画ではなく、ヘビーな内容を笑いのセンスで描きだしている。死人がでてる事件や、怖い場面もある映画なのに、どことなくコメディタッチ。シリアスなテーマと笑い。ともすると、ただ不謹慎な作品になりそうなものを、そうならずに描ききる演出のバランス感に知性を感じる。

自分がこの映画『スリー・ビルボード』の予告編を観たとき、実話を元にした作品なのかと思ってしまった。でもこれは脚本も書いているマーティン・マクドナー監督のオリジナル作。なんでも監督が、作中に出てくるような警察への抗議文を張り出した看板を見かけたことがきっかけとか。

この看板広告を掲げた人はどんな人か? そんな想像から、この『スリー・ビルボード』の構想が膨らんだらしい。久しぶりに、作品が生まれるきっかけの理想的な状況のエピソードを聞いた。インスピレーションは、なにげない日常生活の中こそに潜んでいる。

この映画の興味深いところは、事件の真相を追求するスリラーの要素があるのに、勧善懲悪ではないところ。ヒールかと思っていたヤツが善人だったり、イヤなヤツが主人公の味方になったりもする。主人公だって、悪いことをたくさんやったりする。観てる方は「あれ? いつもの映画の人物描写のパターンと違うぞ」ってなってくる。それでもそんな登場人物たちをみて、嫌いになっていくどころか、なんとなく好きにさせてしまうところに、演出家や演者たちのユーモアのセンスある。

この映画は、役者先にありきで当て書きしているのだろう。この役者さんだからこそ、この役を演じてもらいたいというモチベーション。役者側も演出家を信じて、安心して役を楽しんでいるようだ。この映画を作りたい人が集まって作っていく。余裕すら感じる。

フランシス・マクドーマンドのインタビューで言っていた。普段、夫のジョエル・コーエンのところに、「あなたの映画に出たい」と言ってくる若手役者を横目で見ていたけれど、私自身がマーティン・マクドナー監督に、「あなたの作品に出させてもらえないかしら?」って頼んじゃったのよ。マクドナー監督からしても、名女優からのラブコールを無限にするわけにはいかない。

人気の原作があって、それを映画化すればいい。配役は今人気の役者を使えばいい。話題になって儲かればいい。というのが最近の映画製作の流れ。その中で、『スリー・ビルボード』は、本来あるべき幸せな映画製作の過程を経ているのかもしれない。映画は「はじめに人ありき」なのだと。

人間、良いところもあれば悪いところもある。ものごとは早々シロクロはっきりつくものではない。やるせないかな人生。それでも腐らずに生きていくには、あまりこだわらずにユーモアで笑い飛ばしていくことが大切なんだろう。

映画にはレイシズムや性犯罪、DVやら、小さな田舎町の村社会の閉塞感など、社会問題がてんこ盛りに織り込まれている。それでも作品は、声高に何かを訴えることもなければ、すんなり問題解決するような安直な結末も、あえて用意してない。派手さやセンセーショナルな方向にもいかない。『スリー・ビルボード』のカタルシスは、予想してものとは違ったカタチで静かに現れる。

『スリー・ビルボード』は、背負っている暗いテーマがあるのに、鑑賞後にはなんだか楽しい気分にさせられる明るい感覚がなんとも言えない。

暗いのに明るい。問題提起してるのに、声が小さい。いろいろ言ってるみたいだが、煙に巻いてる。悲しみとおかしみ。人なんてシロとクロを行き来するいい加減なもの。目に見えない内側がどんなに激しくとも、人生は静かに進んでいく。各自の体温は、本人にしかわからない。

関連記事

no image

『一九八四年』大事なことはおばちゃんに聞け!

『一九八四年』はジョージ・オーウェルの1949年に発表された、近未来の完全管理社会を描いたディストピ

記事を読む

no image

『ジュブナイル』インスパイア・フロム・ドラえもん

  『ALWAYS』シリーズや『永遠の0』の 山崎貴監督の処女作『ジュブナイル』。

記事を読む

『サタンタンゴ』 観客もそそのかす商業芸術の実験

今年2025年のノーベル文化賞をクラスナホルカイ・ラースローが獲得した。クラスナホルカイ・ラ

記事を読む

『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』ディズニー帝国の逆襲

自分は『スター・ウォーズ』が大好きだ。小学1年のとき、アメリカで『スター・ウォーズ』という得

記事を読む

『スカーレット』慣例をくつがえす慣例

NHK朝の連続テレビ小説『スカーレット』がめちゃくちゃおもしろい! 我が家では、朝の支

記事を読む

『しあわせはどこにある』おじさんが旅に出る理由

サイモン・ペッグが観たい! ハリウッドのヒットメーカーであるJ.J.エイブラムス監督作品に

記事を読む

no image

『ソーシャル・ネットワーク』ガキのケンカにカネが絡むと

  ご存知、巨大SNS・Facebookの創始者マーク・ザッカーバーグの自伝映画。

記事を読む

『SHOGUN 将軍』 アイデンティティを超えていけ

それとなしにチラッと観てしまったドラマ『将軍』。思いのほか面白くて困っている。ディズニープラ

記事を読む

『SUNNY』 日韓サブカル今昔物語

日本映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』は、以前からよく人から勧められていた。自分は最近の

記事を読む

no image

ソフトもハードも研究も、あらゆる転機になった『ジュラシック・パーク』

  リチャード・アッテンボロー監督が亡くなりました。 90歳でした。ご冥福をお祈り

記事を読む

『Ryuichi Sakamoto: Diaries』 こうしてすべてが変わっていく

『Ryuichi Sakamoto: Diaries』という映

『M3GAN ミーガン 2.0』 ゆるぎないロボ愛よ永遠に

自分はSFが好き。友だちロボットのAIがバグって、人間を襲い出すS

『ナミビアの砂漠』 生きづらさ観察記

日曜日の朝にフジテレビで放送している番組『ボクらの時代』に俳優

『サタンタンゴ』 観客もそそのかす商業芸術の実験

今年2025年のノーベル文化賞をクラスナホルカイ・ラースローが

『教皇選挙』 わけがわからなくなってわかるもの

映画『教皇選挙』が日本でもヒットしていると、この映画が公開時に

→もっと見る

PAGE TOP ↑