『茶の味』かつてオタクが優しかった頃

もうすぐ桜の季節。桜が出てくる作品で名作はたくさんある。でも桜ってどうしても死のメタファーとして使われがち。この『茶の味』は桜の季節から始まる。桜が使われていてもこの作品はコメディー。石井克人監督はトンガッたサブカル・バイオレンスモノが作風として多かったのだけれど、この『茶の味』は家族コメディー。『茶の味』というタイトルも小津安二郎監督作品風。静かだけど、やっぱりシュールでトンガッた映画。
自然の多い環境の中で、大きな日本家屋に住むという、都会人からしてみれば憧れてしまう生活。しかもサイコーなのは、この田園生活にはサブカルが満ち溢れていること。これ理想ね。都会に住めば、息苦しくても欲しいモノはすぐ手に入る。田舎暮らしは心身には良い反面、刺激が少ない。この映画の生活は両方の良いところが共生している。
ひとつの家族の群像劇。この親族はサブカルのクリエイターが多い。おじいちゃんとお母さんはアニメーター。しかもそこそこポジションの存在らしく、都心のアニメ業界ではちょっとしたレジェンドっぽい扱い。小さな子どもが縁側でぼーっとしていると、「そのポーズおもしろいね。もういちどやって。描いちゃうから」みたいな会話が家庭内で飛び交う。うまい絵が家中のあちこちに転がっているのは、何かを教えなくとも子どもにとって刺激になるのは間違いない。
アニメは好きなんだけど絵が描けないのに業界に来ちゃう子が時々いるらしいが、ベテランアニメーターと一緒に毎日仕事をしているうちに、「絵ってこうやって描くんだ」と感覚的につかんで、数年すると絵がうまくなってくるなんてことはよくある話。
この映画には大きなストーリーはない。シュールなコネタのオンパレード。コント番組みたい。浅野忠信さんの『野糞デビュー』の話を淡々と文芸作品のような口調で語る場面なんか、狙った演出にドストライクしてしまった。
この映画を観たのは、今年の1月に閉館となった渋谷のシネマライズ。幕間の休憩時間には、映画のサントラがかかっている。普段なら、これから始まる映画がどんな作品なのか、BGMを聴きながらワクワクして待っている時間。劇場側も観客に対しての演出としてとても気遣ってくれているのがわかる。しかし! この映画のサントラはヤバかった!! 劇中でおじいちゃんを演じている我修院達也さんのハナウタがかかってくる。「♪なんであなたは三角定規なの〜」の歌や、入浴中に歌う「♫あなたお湯ですね〜」の歌が劇場内に流れてくる。『山よ』なんて歌もある。これはネタバレレベルの危機でもある。もう吹き出しそうなのを必死でこらえ、ポーカーフェイスを装って、チラシとか見てるフリしてごまかしたものです。
劇中で、フィギアやコスプレをしたオタク男子2人組がでてくる。自分なんかはとても共感してしまう。本物の自然をバックに、リアルジオラマだと、ロボットフィギアの撮影会をしたり、アニメの戦闘シーンのクサくてキザなセリフの掛け合いをマネしたりするのは、自分もよくやった遊び。きゃあきゃあ言いながらはしゃぐのだが、周囲からの冷たい視線は否めない。で、このわるふざけばかりしてる幼稚な連中が、死にかけた人を必死で助けたりする。そうなのよ、オタクって自己表現が下手なだけで、基本的には人に親切なんだと自己弁護。
最近はオタクといえば、反社会的なイメージばかり。この映画が公開された2004年ごろは、まだオタクはそれほど市民権を得てなかった。偏っていても、自分の趣味嗜好にお金をかけられた時代。ちょっとしたステイタスでもあった。独身貴族なんて言葉もあったくらいだし。
あれから12年経ち、世の中は変わった。「〜しなければいけない」みたいな風潮が最近の特徴かな。本来時代が進めば、ライフスタイルの選択肢が増えて当然。人に迷惑をかけていないならいいじゃないの。誰かの顔色を伺ってばかりだと生きづらい。結局自分の人生は、自分自身しか責任とれない。幸せの定義は人それぞれのはずだしね。
2000年代前半は、アニメやサブカルに、いい意味でまだ恥じらいがあった。サブカルはちょっと後ろめたい気分の方がちょうどいい。あの頃はクリエイターにとっても、ファンにとっても、いちばん夢があった時期だったのかもしれない。
関連記事
-
-
『ファインディング・ドリー』マイノリティへの応援歌
映画はひととき、現実から逃避させてくれる夢みたいなもの。いつからか映画というエン
-
-
『ディファイアンス』他力本願ならカタルシス
事実は小説よりも奇なり。 第二次大戦中のナチスドイツのユダヤ人迫害を描いた
-
-
『トレインスポッティング』はミニシアターの立位置を変えた!!
スコットランドの独立の 是非を問う投票が終わり、 独立はなしということで決着
-
-
『トロピック・サンダー』映画稼業はいばらの道よ
ベン・ステラーが監督主演したハリウッドの裏側をおちょくったコメディ映画『トロピック・サンダー
-
-
『映像研には手を出すな!』好きなことだけしてたい夢
NHKの深夜アニメ『映像研には手を出すな!』をなぜか観始めてしまった。 実のところなん
-
-
『デューン/砂の惑星(1984年)』 呪われた作品か失敗作か?
コロナ禍で映画業界は、すっかり先行きが見えなくなってしまった。ハリウッド映画の公開は延期に次
-
-
『ボス・ベイビー』新しい家族なんていらないよ!
近年のドリームワークス・アニメーションの作品が日本では劇場公開されなくなっていた。『ヒックと
-
-
『推しの子』 キレイな嘘と地獄な現実
アニメ『推しの子』が2023年の春期のアニメで話題になっいるのは知っていた。我が子たちの学校
-
-
『STAND BY ME ドラえもん』 大人は感動、子どもには不要な哀しみ?
映画『STAND BY ME ドラえもん』を 5歳になる娘と一緒に観に行きました。
-
-
『TOMORROW 明日』 忘れがちな長崎のこと
本日8月9日は長崎の原爆の日。 とかく原爆といえば広島ばかりが とりざたされますが、
- PREV
- 『ゴーストバスターズ』ファミリー向け映画求む!
- NEXT
- 『はじまりのうた』 音楽は人生の潤滑油
