*

『茶の味』かつてオタクが優しかった頃

公開日: : 最終更新日:2022/05/22 アニメ, 映画:タ行

もうすぐ桜の季節。桜が出てくる作品で名作はたくさんある。でも桜ってどうしても死のメタファーとして使われがち。この『茶の味』は桜の季節から始まる。桜が使われていてもこの作品はコメディー。石井克人監督はトンガッたサブカル・バイオレンスモノが作風として多かったのだけれど、この『茶の味』は家族コメディー。『茶の味』というタイトルも小津安二郎監督作品風。静かだけど、やっぱりシュールでトンガッた映画。

自然の多い環境の中で、大きな日本家屋に住むという、都会人からしてみれば憧れてしまう生活。しかもサイコーなのは、この田園生活にはサブカルが満ち溢れていること。これ理想ね。都会に住めば、息苦しくても欲しいモノはすぐ手に入る。田舎暮らしは心身には良い反面、刺激が少ない。この映画の生活は両方の良いところが共生している。

ひとつの家族の群像劇。この親族はサブカルのクリエイターが多い。おじいちゃんとお母さんはアニメーター。しかもそこそこポジションの存在らしく、都心のアニメ業界ではちょっとしたレジェンドっぽい扱い。小さな子どもが縁側でぼーっとしていると、「そのポーズおもしろいね。もういちどやって。描いちゃうから」みたいな会話が家庭内で飛び交う。うまい絵が家中のあちこちに転がっているのは、何かを教えなくとも子どもにとって刺激になるのは間違いない。

アニメは好きなんだけど絵が描けないのに業界に来ちゃう子が時々いるらしいが、ベテランアニメーターと一緒に毎日仕事をしているうちに、「絵ってこうやって描くんだ」と感覚的につかんで、数年すると絵がうまくなってくるなんてことはよくある話。

この映画には大きなストーリーはない。シュールなコネタのオンパレード。コント番組みたい。浅野忠信さんの『野糞デビュー』の話を淡々と文芸作品のような口調で語る場面なんか、狙った演出にドストライクしてしまった。

この映画を観たのは、今年の1月に閉館となった渋谷のシネマライズ。幕間の休憩時間には、映画のサントラがかかっている。普段なら、これから始まる映画がどんな作品なのか、BGMを聴きながらワクワクして待っている時間。劇場側も観客に対しての演出としてとても気遣ってくれているのがわかる。しかし! この映画のサントラはヤバかった!! 劇中でおじいちゃんを演じている我修院達也さんのハナウタがかかってくる。「♪なんであなたは三角定規なの〜」の歌や、入浴中に歌う「♫あなたお湯ですね〜」の歌が劇場内に流れてくる。『山よ』なんて歌もある。これはネタバレレベルの危機でもある。もう吹き出しそうなのを必死でこらえ、ポーカーフェイスを装って、チラシとか見てるフリしてごまかしたものです。

劇中で、フィギアやコスプレをしたオタク男子2人組がでてくる。自分なんかはとても共感してしまう。本物の自然をバックに、リアルジオラマだと、ロボットフィギアの撮影会をしたり、アニメの戦闘シーンのクサくてキザなセリフの掛け合いをマネしたりするのは、自分もよくやった遊び。きゃあきゃあ言いながらはしゃぐのだが、周囲からの冷たい視線は否めない。で、このわるふざけばかりしてる幼稚な連中が、死にかけた人を必死で助けたりする。そうなのよ、オタクって自己表現が下手なだけで、基本的には人に親切なんだと自己弁護。

最近はオタクといえば、反社会的なイメージばかり。この映画が公開された2004年ごろは、まだオタクはそれほど市民権を得てなかった。偏っていても、自分の趣味嗜好にお金をかけられた時代。ちょっとしたステイタスでもあった。独身貴族なんて言葉もあったくらいだし。

あれから12年経ち、世の中は変わった。「〜しなければいけない」みたいな風潮が最近の特徴かな。本来時代が進めば、ライフスタイルの選択肢が増えて当然。人に迷惑をかけていないならいいじゃないの。誰かの顔色を伺ってばかりだと生きづらい。結局自分の人生は、自分自身しか責任とれない。幸せの定義は人それぞれのはずだしね。

2000年代前半は、アニメやサブカルに、いい意味でまだ恥じらいがあった。サブカルはちょっと後ろめたい気分の方がちょうどいい。あの頃はクリエイターにとっても、ファンにとっても、いちばん夢があった時期だったのかもしれない。

関連記事

no image

『トンマッコルへようこそ』国は反目してても心は通じるはず

国同士が争うと、個人が見えなくなってしまう。もしかしたら友達になれるかもしれない人とも傷つけ合わなけ

記事を読む

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』 言わぬが花というもので

大好きな映画『この世界の片隅に』の長尺版『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』。オリジナル

記事を読む

『アンブロークン 不屈の男』 昔の日本のアニメをみるような戦争映画

ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが監督する戦争映画『アンブロークン』。日本公開前に、

記事を読む

no image

社会風刺が効いてる『グエムル ー漢江の怪物ー』

  韓国でまたMERSが猛威を振るっていると日々の報道で伝わってきます。このMERS

記事を読む

『超時空要塞マクロス』 百年の恋も冷めた?

1980年代、自分が10代はじめの頃流行った 『超時空要塞マクロス』が ハリウッドで実写

記事を読む

no image

『ファインディング・ドリー』マイノリティへの応援歌

  映画はひととき、現実から逃避させてくれる夢みたいなもの。いつからか映画というエン

記事を読む

no image

『作家主義』の是非はあまり関係ないかも

  NHKでやっていたディズニーの 舞台裏を描いたドキュメンタリー『魔法の映画はこ

記事を読む

『クラッシャージョウ』 日本サブカル ガラパゴス化前夜

アニメ映画『クラッシャージョウ』。1983年の作品で、公開当時は自分は小学生だった。この作品

記事を読む

『ドライブ・マイ・カー』 綺麗な精神疾患

映画『ドライブ・マイ・カー』が、カンヌ国際映画祭やアカデミー賞で評価されているニュースは興味

記事を読む

no image

アーティストは「神」じゃない。あなたと同じ「人間」。

  ちょっとした現代の「偶像崇拝」について。 と言っても宗教の話ではありません。

記事を読む

『Ryuichi Sakamoto: Diaries』 こうしてすべてが変わっていく

『Ryuichi Sakamoto: Diaries』という映

『M3GAN ミーガン 2.0』 ゆるぎないロボ愛よ永遠に

自分はSFが好き。友だちロボットのAIがバグって、人間を襲い出すS

『ナミビアの砂漠』 生きづらさ観察記

日曜日の朝にフジテレビで放送している番組『ボクらの時代』に俳優

『サタンタンゴ』 観客もそそのかす商業芸術の実験

今年2025年のノーベル文化賞をクラスナホルカイ・ラースローが

『教皇選挙』 わけがわからなくなってわかるもの

映画『教皇選挙』が日本でもヒットしていると、この映画が公開時に

→もっと見る

PAGE TOP ↑