*

『沈黙 -サイレンス-』 閉じている世界にて

公開日: : 最終更新日:2021/06/21 映画:タ行, , 音楽

「♪ひとつ山越しゃホンダラホダラダホ〜イホイ」とは、クレイジー・キャッツの『ホンダラ行進曲』の歌詞。青島幸男氏によるこのノーテンキな歌詞の着想のきっかけは暗くて重い。

当時の地方の山村で、差別にあっていじめられた家族が無理心中をしたニュースがあったらしい。小さな子どもも含めて全員亡くなったとのこと。もしその家族がその山村から抜け出して、ひと山越えた隣村へ移ることをしていたら、もしかしたら別の生き方があったかもしれない。やるせない気分がこの曲の着想のきっかけらしい。

マーティン・スコセッシ監督による『沈黙-サイレンス-』は、遠藤周作氏の小説が原作。日本が舞台で、江戸時代の宗教弾圧がテーマ。

マーティン・スコセッシには、キリストが普通の人間として迷う姿を描いた『最後の誘惑』という作品がある。「なんたる冒涜か!」と、一部の保守的クリスチャンが、上映反対デモをしたり、劇場で暴動まで起こしだす。スコセッシは映画人生命どころか、身の危険も感じただろう。そんなさなかにこの『沈黙』の小説に出会ったらしい。

スコセッシ映画のテーマは、ほぼ一貫して「信仰心」と「暴力」に絞られる。それが極東の国・日本が舞台が移ったとしても、ちっともブレてない。

この映画での日本のイメージは、野蛮なモンスターの国。ひとたび足を踏み入れたなら、二度と生きては帰れないような地獄。かといって自分たち日本人がみても違和感を感じない。

昔の日本の話と言っても、現代日本にも通じるところがある。ものごとを計る基準は「それ自体が正しいとか間違っているから」ではなく、「上がこうだと言うのだからこうなのだ」というもの。上が言うこと以外は認めないという、完全なる縦割り社会。その排他的な思想では革新は望めない。今この時代にこの作品を、海外作家が描く意味はある。

宣教師役に、スーパーヒーローの経歴のある役者たちを起用しているのも皮肉。ここではどんなヒーローがやって来ても非力な存在でしかない。むしろ彼らの存在が、救いを求める民を一層不幸に陥れてしまう。

日本は一応仏教国だが、基本的に無宗教の人ばかり。宗教観なんて正直ピンとこない。ましてや殉教なんて共感するのは難しい。当時に思いをめぐらせ、キリシタンになるしか選択肢がなかった心情を想像してしまう。

劇中の若い宣教師たちは、人間らしい美しい生き方を求めていたはず。この映画での日本の民は、人間である権利すらない。高尚な精神を練磨するための信仰というよりは、すがる思いでの信心。生まれ変わりを語りだしたら、その人は相当追い込まれている。もうこの身今生では救われないので、せめて来世に望みをかける。同じ信仰をしていながらも、宣教師たちと日本の民とのズレがある。

宣教師たちが聖職具を民たちに与えると、皆が群がるように欲しがり喜ぶ。宣教師たちが、モノにすがるのではなく、心の中に信心を築かなければならないのにと戸惑う。物質に頼るのは日本人らしい。好きなものをなりふり構わずすべて買い占めてしまうオタク的考え方は、日本人の遺伝子みたいなもの。しかし熱量を物質で表現するのは、あまりセンスのいいことではない。

宣教師たちは、この国には宗教は根付かないと嘆く。これは400年近く経った今現在の日本が証明している。日本で宗教といったら、残念ながらカルトか妄信的なイメージが強い。まだまだ日本にとって信仰を持つことは、日常的な風景ではない。劇中の言葉を借りるなら、この国ではまさに主は沈黙を守り続けている。宣教師たちは神の声を聞いたようだが、それは極限状態が作り出した幻覚や幻聴でしかなさそうだ。殉死した隠れキリシタンたちの最期は、とても救われているようには見えない。

日本人気質は、新奇探索的な外側へ目を向ける視点は低い。現代日本は鎖国こそはしていないが、カルチャーのヒットチャートをみる限り、国内完結型のガラパゴス化したものばかりが並んでいる。ここまでドメスティックに止まるお国柄も珍しい。

日本人キャストが、国内作品では見せないような魅力を本作では放っている。この映画の撮影のほとんどは台湾で行われたらしい。監督がイメージする江戸時代の長崎の原風景が見つからなかったのだろうか? 少なくとも大人の事情で日本ロケができなかったなんて情けないことがなればいいが。

本作の最大の見せ場は、生々しい拷問や惨殺の場面だ。もしこの時代に自分が生きていたら、弾圧される側になる可能性の方が高い。他国が舞台ならまだ冷静になれるが、そのフィルターがなくなるとかなりキツい。登場人物全員がアンハッピーの狂気の中にいる。この映画を観た日の晩は、悪夢を見てしまうかもしれないので要注意。

関連記事

no image

『リップヴァンウィンクルの花嫁』カワイくて陰惨、もしかしたら幸福も?

  岩井俊二監督の新作『リップヴァンウィンクルの花嫁』。なんともややこしいタイトル。

記事を読む

no image

『ダンケルク』規格から攻めてくる不思議な映画

クリストファー・ノーランは自分にとっては当たり外れの激しい作風の監督さん。 時系列が逆に進む長

記事を読む

『天気の子』 祝福されない子どもたち

実は自分は晴れ男。大事な用事がある日は、たいてい晴れる。天気予報が雨だとしても、自分が外出し

記事を読む

『ゲゲゲの女房』本当に怖いマンガとは?

水木しげるさんの奥さんである武良布枝さんの自伝エッセイ『ゲゲゲの女房』。NHKの朝ドラでも有

記事を読む

『リメンバー・ミー』 生と死よりも大事なこと

春休み、ピクサーの最新作『リメンバー・ミー』が日本で劇場公開された。本国アメリカ公開から半年

記事を読む

『ジョジョ・ラビット』 長いものに巻かれてばかりいると…

「この映画好き!」と、開口一番発してしまう映画『ジョジョ・ラビット』。作品の舞台は第二次大戦

記事を読む

no image

『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』賢者が道を踏み外すとき

  日本では劇場未公開の『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』。DVDのジャケ

記事を読む

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』 カワイイガンダムの積年の呪い

アニメ『機動戦士ガンダム 水星の魔女』が面白い。初期の『機動戦士ガンダム』は、自分は超どスト

記事を読む

『PERFECT DAYS』 俗世は捨てたはずなのに

ドイツの監督ヴィム・ヴェンダースが日本で撮った『PERFECT DAYS』。なんとなくこれは

記事を読む

no image

『トゥモロー・ワールド』少子化未来の黙示録

  人類に子どもが一切生まれなくなった 近未来を描くSF作。 内線、テロ、人

記事を読む

『ブラッシュアップライフ』 人生やり直すのめんどくさい

2025年1月から始まったバカリズムさん脚本のドラマ『ホットス

『枯れ葉』 無表情で生きていく

アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』。この映画は日本公開されてだ

『エイリアン ロムルス』 続編というお祭り

自分はSFが大好き。『エイリアン』シリーズは、小学生のころから

『憐れみの3章』 考察しない勇気

お正月休みでまとまった時間ができたので、長尺の映画でも観てみよ

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』 あらかじめ出会わない人たち

毎年年末になるとSNSでは、今年のマイ・ベスト10映画を多くの

→もっと見る

PAGE TOP ↑