『リップヴァンウィンクルの花嫁』カワイくて陰惨、もしかしたら幸福も?
岩井俊二監督の新作『リップヴァンウィンクルの花嫁』。なんともややこしいタイトル。岩井俊二監督といえば、かつて新宿武蔵野館で観た中山美穂さん主演の『Love Letter』からすっかりファン。当時「アイドル映画が好きなんて、センスないね~」とさんざっぱらバカにされて悔しい思いをした記憶がある。
岩井俊二監督作品で撮影監督をされていた篠田昇さんが亡くなられてから、しばらくご無沙汰していた日本での長編作品。2004年の『花とアリス』からすると、自分の環境も大きく変わった。
岩井俊二作品は、自分の中では「ハイテク少女マンガ」と勝手にジャンルづけている。いっけんラフそうでいて、脚本や撮影に映画的な高度な技術や仕掛けが、巧みに織り込まれているから。岩井俊二監督は、映画づくりのひな形を壊しながらも、映画的なアイディアをふんだんに使って魅せるトリッキーな作風。変化球で芸術的だけど王道は外さない。この映画はいうなれば「少女マンガ風犯罪映画」。
『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、上映時間が3時間もある。自分は上映時間が長い映画って正直苦手。もしかしたら飽きちゃうのも心配だし、なによりトイレがストレス。もう映画館へ行くべきかずっと悩んで、結局映画を観に行く数時間前から水分控えて観に行きましたよ。
映画の主要人物は全員なにかしらの嘘をついている。その嘘がもつれてどんどん物語が転がっていく。SNSの匿名アカウントで、普段言えないことを言ってしまうのも嘘のうち。人は生きている限り大なり小なり嘘はつく。それは人を傷つけるものもあるが、人間関係を円滑にするためにつく嘘だってある。
ペルソナの仮面というユングの言葉がある。人はその場に応じて、自分を演じ分けるというもの。あたかも要所要所でそれに適した仮面かぶるかのよう。本当の自分がいて、あちこちに合わせて嘘の人格を作っていると勘違いされがちだけど、実はどれも本当の自分。家にいる時も、学校や会社にいる時も、それぞれ演じ分けているようで、その演じているのも自分ということになる。そう考えれば、嘘の自分を意識して装う必要もなくなる。そもそもそんな垣根はないのだから。
この映画の冒頭、あまりに登場人物達が仮面をかぶりすぎているので、いや〜な気分になっていた。好きになれない人たちだな〜って。ファンタジーのような描き方をしているけど、登場人物たちは現実逃避をしているだけで、映画自体は現実的。カワイイ雰囲気だけど、陰惨で怖い犯罪映画でもある。ある意味、登場人物みんなビョーキ。SNSやら詐欺やら、本音と建て前、匿名の乖離とか、孤独とか、現代人の精神の病根をテーマにしていながらも、観賞後は重く暗くなるどころか清々しい気分になる。
人気の役者さんが出て来てるけど、みんな自分が抱いてるイメージ通りのキャラクターを演じてる。最近の映画は、大人の都合で、どう考えてもこのキャラクターにこの役者は合わないだろうという人がキャスティングされたりする。映画がつまらなくなる原因だし、そもそも観客が混乱して、感情移入が出来なくなる。この映画は役者の人となりの雰囲気も反映されている。あて書きもかなりしているんだろう。
で、主人公の黒木華さんだけがどうしても、役ではそうだろうけど、本人がもし同じシチュエーションに立ったなら、別のリアクションするだろうなと思えてならなかった。黒木華さん演じる七海は、「すいませんすいません」といつもしたてにでてる。でも行動は大胆。なんかしっくりこない。確かに岩井作品の可愛らしい女の子像ではあるけれど……。と思っていたらエンディングで猫のお面をかぶってる彼女が登場する。猫っかぶりは確信犯だったのね!!
嘘をつこうがつくまいが、現実はひとつ。嘘をつくことで、物事は好転することはなく、こじらすばかり。映画を観終わって感じるのは、やっぱり嘘はほどほどにしないと、痛い目を見るってことにつきる。腹を決めて正直に生きた方が、ラクにやっていけるのは確かでしょうね。
関連記事
-
-
『ホドロフスキーのDUNE』 伝説の穴
アレハンドロ・ホドロフスキー監督がSF小説の『DUNE 砂の惑星』の映画化に失敗したというの
-
-
『クラフトワーク』テクノはドイツ発祥、日本が広めた?
ドイツのテクノグループ『クラフトワーク』が 先日幕張で行われた『ソニックマニア
-
-
『風が吹くとき』こうして戦争が始まる
レイモンド・ブリッグズの絵本が原作の映画『風が吹くとき』。レイモンド・ブリッグズ
-
-
『進撃の巨人』 残酷な世界もユーモアで乗り越える
今更ながらアニメ『進撃の巨人』を観始めている。自分はホラー作品が苦手なので、『進撃の巨人』は
-
-
『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』妄想を現実にする夢
映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、女性向け官能映画として話題になった
-
-
『映画から見える世界 上野千鶴子著』ジェンダーを意識した未来を
図書館の映画コーナーをフラついていたら、社会学者の上野千鶴子さんが書いた映画評集を見つけた。
-
-
『ジョジョ・ラビット』 長いものに巻かれてばかりいると…
「この映画好き!」と、開口一番発してしまう映画『ジョジョ・ラビット』。作品の舞台は第二次大戦
-
-
『赤毛のアン』アーティストの弊害
アニメ監督の高畑勲監督が先日亡くなられた。紹介されるフィルモグラフィは、スタジオジブリのもの
-
-
『欲望の時代の哲学2020 マルクス・ガブリエル NY思索ドキュメント』流行に乗らない勇気
Eテレで放送していた哲学者マルクス・ガブリエルのドキュメンタリーが面白かった。『欲望の時代の
-
-
『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 +(プラス)』 推しは推せるときに推せ!
新宿に『東急歌舞伎町タワー』という新しい商業施設ができた。そこに東急系の
- PREV
- 『アントマン』ちっちゃくなってどう闘うの?
- NEXT
- 『パンダコパンダ』自由と孤独を越えて