*

『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』夢を現実にした最低で最高の男

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 アニメ, 映画:ア行,

芸能界は怖いところだよ。よく聞く言葉。
本書は『宇宙戦艦ヤマト』のプロデューサーで、実質的な生みの親である西崎義展氏の人生を綴っている。

『宇宙戦艦ヤマト』は、SFアニメブームの先駆けの作品。当時アニメは子どものためのものという概念を吹き飛ばしたらしい。このアニメの放送時は自分はまだ未就学児。幼心に「大人がアニメを観るなんて、ヘンなの」と思っていた。幼稚園でも、ヤマトは子どもより親が観ているアニメというので、園児仲間でも話題にしていた。さぞかし難しい内容なのかと思いきや、さにあらず。本書の言葉を借りれば、戦艦を宇宙に飛ばすという、小学生でも浮かぶアイデアを、大の大人が大まじめに語り合い、実現することに意味があったのだろう。

本書は西崎義展氏の人となりを赤裸々に記している。それこそ『宇宙戦艦ヤマト』という作品を心から愛し、その映像化に全身全霊をかけた。カネやオンナに溺れ、資金繰りのためなら政治家でも宗教団体でもなんでも利用する。暴力団にも臆することはない。それらがほぼほぼ実名で載っている。西崎氏は銃刀法違反や覚せい剤で逮捕もされている。多少の不正など、己のヤマトのためなら気にもしないといったところか。

家庭を顧みず、愛人を何人も抱えていながら、「お前は愛のために死ねるか!」としゃあしゃあと言える図太さ。そりゃあひとつの社会現象も起こせるだろう。人事を強引に尽くして、天命とも言えるか時代の追い風を受け、一大ヤマトブームの奇跡を呼び起こす!

読み進めるうちに、なんだか戦国武将の伝記でも読んでいるかのような勇ましさで楽しくなる。もちろんその先の顛末には、破滅が待っているのは重々承知。

当時もアニメやマンガを志す人たちは、夢に夢みて集まっていた。良くも悪くも世間知らずでお人好し。そんななかに、無頼漢の西崎氏が入り込むのは容易いことかもしれない。

音楽の才覚はあれど、アニメは素人。芸術的センスはある。審美眼もある。カネを作る才能もある。そこに怖いもの知らずの度胸。周りにいた人はたまったものではない。でも、だからこその成功。

映画版の冒頭、音楽だけがかかっている宇宙空間の映像を延々みせられる。当時では珍しいステレオ音響。なかなかストーリーが進まない。音楽に力を入れているから、楽曲を聴かせたい! そんなセオリーからズレた演出も、素人ならではのヘタウマの世界。

ただ奇跡はそうそう起こるものではない。人気にあやかり、幾度も続編が作られたヤマト。前作で死んだキャラクターが、新作では何事もなく生きていたり、ストーリーの破綻に、子どもだった自分でさえ苦笑いしていた。うまくいっていない裏事情は、そのまま作品に反映される。遺作となった『復活編』では、もう時代遅れのセンスは否めない。でもよくぞつくったものだと、70代の西崎氏の生命力の底力は確かに感じた。

『復活編』の不発の直後の西崎氏の事故死。誰もが、何者かに消されたのではと疑ったのは記憶に新しい。

日本は個人の成功はなかなか認めない。そのなか、作品への愛情だけで突っ走ったロクデナシの天才。作品の成功は、いかに作り手がその作品を愛しているか、情熱にかなうものはない。「オレが好きなんだから、お前も好きに決まってる!」という強引さ。それほど作り手に愛された作品はそうそうない。

例えばスタジオジブリの成功も、プロデューサーの鈴木敏夫氏が、いかに宮崎駿監督の作品のファンだという熱量が、ここまで国民的ブランドへ伸し上げたのだろう。だからこそ宮崎駿監督が引退宣言すれば、スタジオジブリがのれんを下ろすのも至極当然。

作品を作るという夢の作業は、現実の世界で行われる。そこにないものをカタチにするのは、いばらの道。きれいごとではすまされない。理想の美しいものを描くには、自分が汚れる覚悟も必要なのかもしれない。

夢見る夢子や夢男に、夢から叩き起こさせるほどの威力がありそうなパンチの効いた本だった。

関連記事

『東京卍リベンジャーズ』 天才の生い立ちと取り巻く社会

子どもたちの間で人気沸騰中の『東京卍リベンジャーズ』、通称『東リベ』。面白いと評判。でもヤン

記事を読む

『すずめの戸締り』 結局自分を救えるのは自分でしかない

新海誠監督の最新作『すずめの戸締り』を配信でやっと観た。この映画は日本公開の時点で、世界19

記事を読む

『崖の上のポニョ』 子ども目線は逆境を超える

日中二歳の息子の子守りをすることになった。 『風立ちぬ』もBlu-rayになることだし

記事を読む

『マグノリアの花たち』芝居カボチャとかしましく

年末テレビの健康番組で、糖尿病の特集をしていた。糖尿病といえば、糖分の摂取を制限される病気だ

記事を読む

『パフューム ある人殺しの物語』 狂人の言い訳

パトリック・ジュースキントの小説『香水 ある人殺しの物語』の文庫本が、本屋さんで平積みされて

記事を読む

no image

『スノーデン』オタクが偉人になるまで

スノーデン事件のずっと前、当時勤めていた会社の上司やら同僚がみな、パソコンに付属されているカメラを付

記事を読む

『海よりもまだ深く』足元からすり抜けていく大事なもの

ずっと気になっていた是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』。覚えずらいタイトルはテレサ・テンの歌

記事を読む

no image

『作家主義』の是非はあまり関係ないかも

  NHKでやっていたディズニーの 舞台裏を描いたドキュメンタリー『魔法の映画はこ

記事を読む

『SHOGUN 将軍』 アイデンティティを超えていけ

それとなしにチラッと観てしまったドラマ『将軍』。思いのほか面白くて困っている。ディズニープラ

記事を読む

『おおかみこどもの雨と雪』 人生に向き合うきっかけ

『リア充』って良い言葉ではないと思います。 『おおかみこどもの雨と雪』が テレビ放映

記事を読む

『ケイコ 目を澄ませて』 死を意識してこそ生きていける

『ケイコ 目を澄ませて』はちょっとすごい映画だった。 最

『SHOGUN 将軍』 アイデンティティを超えていけ

それとなしにチラッと観てしまったドラマ『将軍』。思いのほか面白

『アメリカン・フィクション』 高尚に生きたいだけなのに

日本では劇場公開されず、いきなりアマプラ配信となった『アメリカ

『不適切にもほどがある!』 断罪しちゃダメですか?

クドカンこと宮藤官九郎さん脚本によるドラマ『不適切にもほどがあ

『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン

→もっと見る

PAGE TOP ↑