『推しの子』 キレイな嘘と地獄な現実
アニメ『推しの子』が2023年の春期のアニメで話題になっいるのは知っていた。我が子たちの学校でも話題になているらしい。家族からこの『推しの子』を観るように勧められた。でも自分は萌えアニメが苦手。現実逃避したオタクのおじさんが、萌えアニメにかぶりつくイメージがあった。でもその偏見はもう古い。ひと昔のイメージでは、アニメイトの客層はオタクのおじさんばかりだった。でも今は小中高生の女子がその店を賑わせている。むしろおじさん層のアニメファンは、アウェイで入店がなかなか難しい。自分のようなおじさんがもしアニメイトに行きたいのなら、子どもをダシにして、さも「私はアニメに興味がないフリ」を演じ切らなければならない。自分が若い頃のアニメのイメージは、オシャレとは無縁なコアなオタク文化でしかなかった。いまではアニメはカジュアルなものとなっていて、誰でも気軽に観れる敷居の低いジャンルとなってきているようだ。
それでもなかなか『推しの子』を観る気になれなかった。メディアでも、BTSのRMがこの『推しの子』を観ているとか。硬派そうな人が『推しの子』を推している。家族にも「真面目な内容だよ」と言われた。あの絵柄で「真面目」という違和感たっぷりの響き。それでちょっと興味が湧いた。自分がアニメ作品を選ぶときは、SFやファンタジーが好きだからにすぎない。アニメが観たいというよりは、たまたまそれがアニメだったからという感じ。アイドルが主人公のアニメなんて、自分の中の偏見の検閲が許可しようとしたない。
『推しの子』の第1話は90分もある。映画並みの上映時間じゃないか。「とりあえず1話だけは観てみて」とよく言われるが、果たして自分が90分も萌えアニメを観れるのだろうか。自信がない。文字通り「とりあえず観てみる」と、自分が普段からキモチワルイと感じているものを、そのままはっきりキモチワルイと認めて描いている。よかった。そもそも日本のアニメは、どれもこれもキモチワルイ要素は孕んでいる。もう慣れている。芸能界という嘘の世界、夢という名のやりがい搾取。メディアという、もっとも大衆に影響を与える業界が、もっとも汚い場所であることは、誰もが薄々気づき始めている。むしろこんな芸能界の闇を、エンターテイメント作品に落とし込んでも大丈夫な時代が来たのかと感心した。アニメ作品で今流行りの転生モノの要素はあるものの、なんだか芸能界のルポでも読んでいるかのよう。とてもリアル。
日本ではここ最近になってようやく「失われた20年」と言われるようになり、ずっと止まっていた経済発展を批判するようになってきた。メディアでもこの20年間、とにかく暗い現実を感じさせる作品の企画には、企業がお金を出すことはなかった。アニメ作品なら、ずっとスタジオジブリか『エヴァンゲリオン』の焼き直しのようなものばかりだった。それでも「日本ズゴイ」とか「クールジャパン」とか、何もかも順風満帆で上手くいっているような社会演出がなされていた。でももし日本のアニメが本当に売れて儲かっているのなら、当時もっとも稼いでいたはずのスタジオジブリが、いちど暖簾を下すこともなかったはず。この20年間日本は、サブカルチャーも停滞していた。モヤモヤした感情をこの『推しの子』は、真正面から作品のテーマにしている。やっと日本の作品も、ちょっと本音で語る姿勢をみせてくれた。
自分もかつてクリエーターを目指して、その隅っこで細々と生業を築いていた。『推しの子』で描かれている世界は、自分も肌で感じている。子役タレントのオーディションや、アイドル養成学校の経営の姿を見たことがある。『推しの子』は、近年の日本サブカルチャーのモヤモヤした部分のツボを上手に突いている。マンガ原作のネットオリジナルドラマ化や人気マンガの舞台化、リアリティーショーとネットの炎上、ルッキズム重視のキャスティング、アイドルへのストーカー行為など、本当にあったザワザワする事象を取りあげている。事象の選択が巧み。駆け出しタレントは、ほとんど給料も貰えずに、夢という人参をぶら下げられて搾取される。日本人は優しいとかつては言われていたけれど、ネットは言葉の暴力に溢れている。なんでもネット上でもっとも多い言語は、英語ではなく日本語とのこと。イーロン・マスクもびっくり。陰湿な国民性を、すっかり世界に露呈してしまった。言葉で人は殺せてしまう。芸能人など赤の他人に凶暴になる人が多いということは、いかに世の中生きづらいということの現れでもある。日本のストレスがネットの海になだれ込んでいる。
この20年間隠し通していたことを、面白おかしく描いていく『推しの子』。自分もかつては映像業界に入ることを目指していた。人生の選択肢でその道は断念している。主人公のひとりであるアクアに、映像技術を伝授する五反田さんというディレクターがいる。収入は低くとも志は高い。勇ましいことをアクアの前で語っていても、実家暮らしの独身中年。子ども部屋おじさんのスタジオには、夕食どきになると年老いたお母さんが「お友だちもご飯食べてくでしょ!」と声をかけてくる。クリエーターや芸能界でやっていくには、実家が太くなければ継続不可能。氷山の一角しか日の目を見ない下克上。もしかしたら自分も五反田さんみたいになっていたかもしれない。カッコ良いんだかカッコ悪いんだかわからない。極端な人生。永遠に続くモラトリアム。
原作者のひとり赤坂アカさんの動画を観た。アニメ化にあたって原作者自ら、絵コンテに赤を入れたり、アフレコ収録に立ち会ったりしているとのこと。そこまで原作者が映像作品に介入できるのも珍しい。題材が芸能界だから、そのまま作品の取材にもなる。でもやっぱり、安易な映像化によって自分の作品を汚されるのを予防しているのだろう。赤坂アカさんが、第1話のスタッフ試写会で、上映後にみんながなかなか帰らなかったと話していた。みんなが携わったこの作品について語りたい。なんて幸せなんだろうと言っていた。
自分が映像学校に通っていたときも、講師が「打ち上げで盛り上がる作品はほとんどない」と言っていた。何十本何百本と作品に携わって、たった一本でも手ごたえがある作品に出会えるかどうかと言っていた。ただその「幸福な作品」に一度でも出会ってしまうと、もうこの業界から抜け出せなくなってしまうらしい。人生の大博打。ものづくりの神に乗っ取られる。きっと『推しの子』のスタッフたちも、普段はどうしようもない仕事に携わっていたのに違いない。ダメな企画をどうやって魅力的に仕上げるか。それは『推しの子』のテーマのひとつでもある。
『推しの子』の主人公のひとり星野アイは、作中ではっきり発達障害だと言われている。人の名前が覚えられないとか、相手の気持ちがわからないなど、日常に弊害が起きている。でもその生活感がまったくない、つかみどころのない印象が、神秘的な魅力となり、彼女をアイドルたらんとさせている。アニメやマンガの登場人物は、みな発達障害の傾向があるものだけど、この作品でははっきり主人公は発達障害だと言い切っている。マスメディアが大衆の嗜好を掌握している現代なら、国民的アイドルは神にも近い存在。きっと歴史に残るカリスマ性のある人物は、アイドルみたいな絶対的な存在だったのだろう。卑弥呼やクレオパトラ、ジャンヌ・ダルクなんかも、みんなアイドル。教祖様も女王も魔女もみんなアイドル。YOASOBIの主題歌『アイドル』が、そんな星野アイの存在を歌ってる。YOASOBIの曲はいつも英語版もつくられる。日本のアイドルとアメリカのアイドル。日本語と英語のぶりぶりした歌い方の演じ分けが皮肉いっぱいで楽しい。
作中で役作りのためにプロファイリングを使うという場面がある。一時期プロファイリングを扱ったエンタメ作品が多かったけど、最近プロファイリング自体聞かなくなった。情報を集めて学問的にその人となりを読み解いていく。占いよりも活用しやすいと思うのだが、なぜ流行らなかったのだろう。なんとなく人を分析してマウントする。それだけにとどまってしまったのではないだろうか。プロファイリングを利用して、他人をどうにかするというよりも、職業診断や、日常の身の振り方の工夫に活かせば、もっと使えるツールになるのではと思えてならない。
最近のアニメは、プロファイリングのような登場人物の性格分析をきちんとしているように感じる。昔のマンガやアニメの登場人物は言動が支離滅裂で、ただただ派手で破滅的な性格でよくわからないものが多かった。物語の派手な展開のために、主人公が大胆になる。いっけん面白く感じるかもしれないが、感情移入しづらいのは困ったもの。ひと昔前までは、アイドルは普通の人間とは違うと皆が思い込もうとしていた。恋愛なんかして欲しくないし、歳も取らない。ずっと若くて輝いたまま。トイレなんて行くはずもない。でもそんなアイドルのカリスマ性は、精神疾患と紙一重。『推しの子』は、かっとんだ人物の人間性に迫っていく。キレイな嘘をつく、夢をつくっていく作業は、現実の仕事からなるもの。
リアルなドロドロした人間関係のアニメ。暗いものを否定する今までなら、企画すら通らなかった。業界ダメダメ暴露でもある。こんな題材にGOがでるようになだたのは、アニメの客層がおじさんから若い女性にシフトチェンジしたから。現実逃避のおじさんから、現実のシミュレーションを好む女子。現実の汚い部分もエンターテイメントになってくる。しかし1話のエピソードの情報量が多くて、結構体力使う。25分の本編で体感は1時間以上のカロリー消費している。良い意味で濃厚なアニメ。
アニメ『推しの子』の好評で、第二期の制作も決定した。近年のアニメは海外資本もあってか、世界標準クオリティの作品が増えてきた。やっとジブリやエヴァの呪縛から解き放たれてきたようだ。エンターテイメントはその国の社会状況が現れやすい。日本のアニメ業界は、新時代にバトンタッチした。今の子どもたちが大人になるころには、世の中は変化していってくれそうな予感がする。もうすこし、キレイな夢が見れたらいいなと思う。
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