『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』妄想を現実にする夢
映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、女性向け官能映画として話題になった。女性誌やネットではけっこう持ち上げられ、センセーショナルな内容なのかと思いきや、その年の最低と言われる映画を選ぶ祭典『ゴールデンラズベリー賞』で、5部門も受賞していたりする。
ただ、この映画で注目すべきは、映画自体の内容ではなくて、出来上がってきたプロセス。原作はイギリスの一般主婦がネットに書いた小説。それもオリジナル作品ではなく、10代女子に人気のあったバンパイアもの『トワイライト』のパロディ小説。日本で言うなら、コミケで素人が売っている同人誌が、世界配給の映画になってしまったような感じ。
こういったファンによる作品の二次利用ものは、オリジナル作品を理解していなければ、まったくわからないのが主流。いちげんさんお断りの偏った世界でもある。でも侮れないのは、同人誌界にも人気作家がいて、そういった人は、趣味でやっているにしてはけっこう稼いでいたりする。
ファンによる二次利用作品が生まれるには、ファンが望む理想の物語が存在しなければならない。現実のウサを晴らすような夢をみせて欲しいのであって、難しいことや高尚なものまでは求めていない。口あたりのいい、表層的にキレイなものに触れていたい心理。それはエンターテイメントのあり方として、けして間違ってはいない。
素人が人気作の妄想パロディ作を、独自の作品として生まれ変わらせ、世界中でヒットさせるという。それこそが現実のシンデレラストーリーになっている。オリジナルの権利とか大丈夫なのかと、おせっかいにも心配してしまう。素人作家はこだわりが強いので、その折り合いをつけるのは大変だろう。話題の官能場面は、映像美の技術をこれでもかと駆使してる。劇中の音楽も近年のヒット曲がふんだんに使われている。ヘリに乗ったり豪邸暮らしと、オシャレっぽいもので画面は埋め尽くされる。性の倒錯がテーマだが、深入りすればダークな心理に触れなければいけないので、サラッと表層でかわしていく。あくまで興味本位でとどまるスタンス。まるでファッション雑誌をみているかのような憧れの世界。そしてみなどこかで観たことあるものばかり。
腐女子の妄想の世界から、世界標準の作品に仕上がっていく。けっきょくオタクが考えることも、料理の仕方では万人をターゲットにすることもできるということが証明された。そこに着目してビジネスにした人たちが、イヤラシいほどニクい。だが、この新たなビジネスモデルに夢は広がる。
この作品が日本ではR指定なのは当然。もちろん性描写が理由なのだが、描かれているのは表層の世界観なので、案外表現はマイルド。むしろ性行為の場面が問題というよりも、こういった恋愛に若い子が憧れてしまうことの方が心配。ドラマや映画のような恋愛に憧れてしまうと、不幸な人生になってしまう。エンターテイメントは面白おかしくするために、トラブルを積み重ねてストーリーを作る。人生をそんな風につくってはいけない。
R指定の断り文に「保護者の許可や同伴の場合視聴可」というのがある。この手の作品を年頃の子どもと親で観るのはキモチワルイが、子どもがもしこのような作品に夢中になっていたら、親は助言をしてあげた方がいいのだろう。「ここに描かれているのが恋愛のすべてではないんだよ」と。
関連記事
-
-
『勝手にふるえてろ』平成最後の腐女子のすゝめ
自分はすっかり今の日本映画を観なくなってしまった。べつに洋画でなければ映画ではないとスカして
-
-
『怪盗グルーのミニオン大脱走』 あれ、毒気が薄まった?
昨年の夏休み期間に公開された『怪盗グルー』シリーズの最新作『怪盗グルーのミニオン大脱走』。ずっとウチ
-
-
『ゴッドファーザー 最終章』 虚構と現実のファミリービジネス
昨年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の脚本家・三谷幸喜さんが、今回の大河ドラマ執筆にあた
-
-
『愛の渦』ガマンしっぱなしの日本人に
乱交パーティの風俗店での一夜を描いた『愛の渦』。センセーショナルな内容が先走る。ガラは悪い。
-
-
『ピーターラビット』男の野心とその罠
かねてよりうちの子どもたちがずっと観たがっていた実写版映画『ピーターラビット』をやっと観た。
-
-
『父と暮らせば』生きている限り、幸せをめざさなければならない
今日、2014年8月6日は69回目の原爆の日。 毎年、この頃くらいは戦争と
-
-
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』 長いものに巻かれて自分で決める
『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズの劇場版が話題となった。『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』というタイトルで
-
-
『クラッシャージョウ』 日本サブカル ガラパゴス化前夜
アニメ映画『クラッシャージョウ』。1983年の作品で、公開当時は自分は小学生だった。この作品
-
-
『タイタニック』 猫も杓子も観てたの?
ジェームズ・キャメロン監督で誰もが知っている『タイタニック』の音楽家ジェームズ・ホーナーが飛
-
-
『夜明けのすべて』 嫌な奴の理由
三宅唱監督の『夜明けのすべて』が、自分のSNSのTLでよく話題に上がる。公開時はもちろんだが
- PREV
- 『ジュラシック・ワールド』スピルバーグの原点回帰へ
- NEXT
- 『炎628』 戦争映画に突き動かす動機
