*

『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』妄想を現実にする夢

公開日: : 最終更新日:2019/06/12 映画:ハ行, , 音楽

 

映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、女性向け官能映画として話題になった。女性誌やネットではけっこう持ち上げられ、センセーショナルな内容なのかと思いきや、その年の最低と言われる映画を選ぶ祭典『ゴールデンラズベリー賞』で、5部門も受賞していたりする。

ただ、この映画で注目すべきは、映画自体の内容ではなくて、出来上がってきたプロセス。原作はイギリスの一般主婦がネットに書いた小説。それもオリジナル作品ではなく、10代女子に人気のあったバンパイアもの『トワイライト』のパロディ小説。日本で言うなら、コミケで素人が売っている同人誌が、世界配給の映画になってしまったような感じ。

こういったファンによる作品の二次利用ものは、オリジナル作品を理解していなければ、まったくわからないのが主流。いちげんさんお断りの偏った世界でもある。でも侮れないのは、同人誌界にも人気作家がいて、そういった人は、趣味でやっているにしてはけっこう稼いでいたりする。

ファンによる二次利用作品が生まれるには、ファンが望む理想の物語が存在しなければならない。現実のウサを晴らすような夢をみせて欲しいのであって、難しいことや高尚なものまでは求めていない。口あたりのいい、表層的にキレイなものに触れていたい心理。それはエンターテイメントのあり方として、けして間違ってはいない。

素人が人気作の妄想パロディ作を、独自の作品として生まれ変わらせ、世界中でヒットさせるという。それこそが現実のシンデレラストーリーになっている。オリジナルの権利とか大丈夫なのかと、おせっかいにも心配してしまう。素人作家はこだわりが強いので、その折り合いをつけるのは大変だろう。話題の官能場面は、映像美の技術をこれでもかと駆使してる。劇中の音楽も近年のヒット曲がふんだんに使われている。ヘリに乗ったり豪邸暮らしと、オシャレっぽいもので画面は埋め尽くされる。性の倒錯がテーマだが、深入りすればダークな心理に触れなければいけないので、サラッと表層でかわしていく。あくまで興味本位でとどまるスタンス。まるでファッション雑誌をみているかのような憧れの世界。そしてみなどこかで観たことあるものばかり。

腐女子の妄想の世界から、世界標準の作品に仕上がっていく。けっきょくオタクが考えることも、料理の仕方では万人をターゲットにすることもできるということが証明された。そこに着目してビジネスにした人たちが、イヤラシいほどニクい。だが、この新たなビジネスモデルに夢は広がる。

この作品が日本ではR指定なのは当然。もちろん性描写が理由なのだが、描かれているのは表層の世界観なので、案外表現はマイルド。むしろ性行為の場面が問題というよりも、こういった恋愛に若い子が憧れてしまうことの方が心配。ドラマや映画のような恋愛に憧れてしまうと、不幸な人生になってしまう。エンターテイメントは面白おかしくするために、トラブルを積み重ねてストーリーを作る。人生をそんな風につくってはいけない。

R指定の断り文に「保護者の許可や同伴の場合視聴可」というのがある。この手の作品を年頃の子どもと親で観るのはキモチワルイが、子どもがもしこのような作品に夢中になっていたら、親は助言をしてあげた方がいいのだろう。「ここに描かれているのが恋愛のすべてではないんだよ」と。

関連記事

no image

『WOOD JOB!』そして人生は続いていく

  矢口史靖監督といえば、『ウォーターボーイズ』のような部活ものの作品や、『ハッピー

記事を読む

『窓ぎわのトットちゃん』 他を思うとき自由になれる

黒柳徹子さんの自伝小説『窓ぎわのトットちゃん』がアニメ化されると聞いたとき、自分には地雷臭し

記事を読む

no image

『CASSHERN』本心はしくじってないっしょ

  先日、テレビ朝日の『しくじり先生』とい番組に紀里谷和明監督が出演していた。演題は

記事を読む

no image

『ハクソー・リッジ』英雄とPTSD

メル・ギブソン監督の第二次世界大戦の沖縄戦を舞台にした映画『ハクソー・リッジ』。国内外の政治の話題が

記事を読む

no image

育児ママを励ます詩『今日』

  今SNSで拡散されている 『今日』という詩をご存知でしょうか。 10年程

記事を読む

『Ryuichi Sakamoto : CODA』やるべきことは冷静さの向こう側にある

坂本龍一さんのドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto : CODA』を観た。劇場

記事を読む

no image

『やさしい本泥棒』子どもも観れる戦争映画

人から勧められた映画『やさしい本泥棒』。DVDのジャケットは、本を抱えた少女のビジュアル。自分は萌え

記事を読む

『君たちはどう生きるか』 狂気のエンディングノート

※このブログはネタバレを含みます。 ジャン=リュック・ゴダール、大林宣彦、松本零士、大

記事を読む

no image

『初恋のきた道』 清純派という幻想

よく若い女性のタレントさんを紹介するときに「清純派の◯◯さん」と冠をつけることが多い。明らかに清純派

記事を読む

no image

『総員玉砕せよ!』と現代社会

  夏になると毎年戦争と平和について考えてしまう。いま世の中ではキナくさいニュースば

記事を読む

『教皇選挙』 わけがわからなくなってわかるもの

映画『教皇選挙』が日本でもヒットしていると、この映画が公開時に

『たかが世界の終わり』 さらに新しい恐るべき子ども

グザヴィエ・ドラン監督の名前は、よくクリエーターの中で名前が出

『動くな、死ね、甦れ!』 過去の自分と旅をする

ずっと知り合いから勧められていたロシア映画『動くな、死ね、甦れ

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

→もっと見る

PAGE TOP ↑